第4話 いれ蚊わり


 風呂場に駆けつけると、そこにはパンツ一丁で腰を抜かしている弟の姿があった。


 「きゃああああ、なにこれ!?なにこれぇ!なんで私男になってんのぉ??」


 弟はベタベタと自分の体に触り、ひたすらに困惑している。


 遅かったか。口調的に、妹と入れ替わったようだ。


 「あー…、大丈夫か?」


 俺はできるだけ落ち着いた声音で混乱する弟姿の妹に声をかける。


 「ひゃぁ!?え?私ぃ!?私がいるぅ!!」


 妹は俺を見ると飛び上がり、その拍子にシャンプーやリンスががたがたと音をたてて落ちた。


 ああ、そうだった。今は俺は妹の姿になっていたんだった。思わず眉間に皺が寄る。なんて面倒な。


 「俺だ、俺。わかるか」


 俺は眉間の皺を抑えながら妹に声をかける。その姿と声音で妹は気づいたのか、素っ頓狂な声をあげる。


 「ええ…?もしかしてお兄ちゃん!?」

 

 「ああ。人格が入れ替わったらしい。それと…」


 おれは辺りを見渡す。バスルームにふらふらと飛ぶ一匹の蚊を発見した。ゆっくりとやさしく、俺は蚊を手で包みこんだ。


 「大丈夫だ、殺しやしない」


 優しく声をかけてやる。


 「え?なあにそれ?虫…?」


 「弟」


 「はぁあ!?」


 「蚊になってるんだ。なぜかはわからんが」


 俺はため息をつく。


 「おとなしくしてろよ、絶対に血は吸うな。これ以上入れ替わったら面倒で敵わん」





 すこし時間が経過した居間。


 俺は居間で妹と弟に現状の推測を語った。


 蚊に血を吸われると「吸った者」と「吸われた者」で精神が入れ替わること。

 俺 → 妹 → 弟 の順で血を吸われ、現在は、

 俺(妹の体)、妹(弟の体)、弟(蚊の体)になっていること。


 理由は不明だが、現状として推察できることだ。


 「そしてこれらの現状を元に戻すためには、今度は逆に血を吸うしかない」


 俺は2人に言い放った。


 「まず弟よ、おまえは妹の、自分の体の血を吸うんだ」


 弟はわかった、というように小さくプゥンと飛び跳ね、それから妹に飛び移った。


 弟は妹の血を吸う。すると、予想どおり、入れ替わりが起こった。


 弟の体は一瞬白目を剥き、がくりと頭を垂れる。そのあとすぐに目を覚ました。


 弟はまず手を握り、開いて、体が動くのを確認すると、今度は体を隅々まで確認をした。


 「も…、戻った!僕の体だよ、お兄ちゃん!」


 実感できた弟が目を輝かせて叫ぶ。


 「よし、次は妹が俺の血を吸え」


 俺はふらふらと浮遊する蚊に向かって声をかけた。蚊は俺の体まで飛んでいき、腕に降りると、血を吸った。


 次の瞬間、世界が回転し、俺は意識を失った。




 気がつくと、俺は蚊の姿でテーブルの上で突っ伏しており、居間では妹が歓声をあげていた。


 よし。これで妹弟の体の問題は解決できたな。


 「やったね。お兄ちゃん!うまくいったよ」


 喜ぶ妹。しかし、あることに気づき、首をかしげる。


 「あれ?でもお兄ちゃんは?…お兄ちゃんはどうするの?

  お兄ちゃんを刺したのは誰?」


 そう、そうなのだ。問題はあと一つだけ残っていた。


 一番最初に俺を刺し、俺の体を乗っ取った人物、いや、蚊がいる。


 目が覚めた真っ先に俺を殺そうとしたあいつが––––––!


 そいつと入れ替わらなければならない。



 ガタリ



 俺の部屋から物音がした。

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