第2話 血への蚊つぼう


 ベットの上で起き上がったのは俺だった。


 正確にいうと俺の体、だった。


 そいつはまだ状況が理解できていないようだったが、きょろきょろとあたりを見渡して蚊の姿の俺を見定めると、にやりと笑った。


 ぞくりとする笑顔だった。


 俺は身の危険を感じた。


 そして予感どおり、そいつはベッドの上の俺に平手を振り下ろした。なんのためらいもなく。


 パァン!


 乾いた音がした。


 しかし俺は間一髪、避けていた。無我夢中で羽を動かし、飛んでいた。


 飛行機にすら乗ったことない俺が、生まれて初めて空を飛んでいた。しかし感動している余裕はない。


パァン!パァン!!


 俺の姿をした男は続けざまに俺を狙って手を叩く。恐ろしいほど鋭い轟音がなり、ビリビリと辺りの空気が振動した。


 俺は慣れないながらもふらふらと飛行し、それを避ける。


 男の股をくぐり、背後に回り込んだ。すると奴は俺を見失ったらしく、辺りをきょろきょろと見渡しはじめた。


 なんだこいつは?なんて危ないことをするんだろう。一刻も早くここから逃げ出さなければ。


 俺は奴に見つからないように注意しながら飛行し、ドアを通って部屋から逃げ出した。


 部屋の外は廊下になっており、居間へと繋がっている。


 幸い、ドアは開いており、居間へと逃走できそうだ。


 俺は慣れない体を飛行させながら居間へ向かう。


 ふと、嗅覚に今まで嗅いだことのない匂いを感じた。匂いは居間の方から漂ってきたいる。


 なんだろうか、これは?デミグラソースのかかったハンバーグをぎゅっと濃縮して煮詰めたような、そんな濃く、魅力的な香りだった。


 俺は急に疲れと空腹を感じた。


 今すぐにでも、口に何かいれたい。


 それは強烈な渇望だった。


 俺は突き動かされるように居間へと入った。


 居間では妹がソファー座り、テレビを見ていた。妹はテレビを見ながら長い付け爪にマニキュアを塗っている。


 ああ––––


 俺は思わずため息をついた。


 なんて耽美な香りなのだろう。宮廷音楽家の演奏する魅惑の音楽のようだ。


 部屋は素晴らしい匂いに包まれ、輝かんばかりだ。そしてそれは妹の全身から放たれていた。


 知らなかった。人間からはこんなにもいい香りがしていたなんて。


 俺は妹に気づかれぬよう、慎重に、しかし速やかにその肢体へと飛行。急降下する。



 太ももへ着陸すると、俺は口元の針をその肌へとつきたてた–––––。

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