when the Sun Goes Down

「寄せろ寄せろ」


 原付の甲高いエンジン音が路上に響く。

 ナカヤマが背後で手にした金属バットを握り直す。 

 鼻息が荒くなり、江頭の腰のあたりを掴む手に力が入り、指が食い込んで痛いほどだ。


 前方には制服を着た女子高生が自転車を漕いでいた。

 急に速度を上げて近づいてくる原付の存在に気がつき、明らかに動揺している。

 何度かこちらを振り返り、漕ぐスピードを上げている。

 江頭はスロットルを目一杯回し、女子高生に近づいて行く。

 赤いフレームの自転車、制服、背中に背負ったラケットのケース、籐籠のバスケットの中にはスクールバッグ、アパレルブランドのショッピングバッグ、少女の横顔。

 必死に自転車を漕ぐその顔の真摯さに江頭は自分たちのしようとしていうことすら忘れて、無垢さや純真さというものについて考え少し感動しさえする。青春、という言葉が頭の中に浮かんで消える。

 少女の額から流れる汗。風になびく長い黒髪。部活動の練習の帰り道だろうか。背中のラケットケースからして、テニスかバドミントンをしているに違いない。早朝に自転車で学校に向かっているところを見ると、朝練にも真面目に通っている生徒と見える。

 厳しい先輩がいて、絆の深い同期がいて、かわいい後輩がいる。厳しいが慕われる顧問と一緒に全国大会を目指す。練習、試合、全国大会。応援、歓声、緊張。


「ほら、逃げろ逃げろ」


 背後のナカヤマが小さく念仏のように唱えている。

 一心不乱に自転車を漕ぐ少女の制服のスカートがめくれて白い太ももが剥き出しになる。

 ナカヤマが金属バットを握り直す気配。


「いくぞ」


と掛け声のように言うと、ナカヤマが身を乗り出し、少女に向かって金属バットを振り下ろした。

 かきん。野球部のグラウンドに響く音がして、少女の自転車が見えなくなった。バックミラーを見ると、自転車ごと少女が路上に倒れて行くのが見えた。


「成功。やったぜ、おい、江頭ちゃん。見たかよ、俺のスイング」


 ナカヤマが背後で大きく体を揺さぶり、バイクが蛇行する。

 対向車線からセダン車がやってきて、すれすれの距離でかわす。

 運転席にいた老人が目を大きく開いて、江頭と背後のナカヤマに視線を投げるのが見えた。

 フルフェイスのヘルメットをかぶっているとは言え、老人の視線に自分の表情を見透かされたような気分になって江頭は不安に駆られる。


「なんだジジイ。てめえもやるか」


 ナカヤマが後ろを振り向きながら叫び、それから大きな声で笑い出した。


 白いボールが放物線を描いてグラウンドを渡る。頭の内側でバットが少女の頭を打つ甲高い金属音が何度も反響していき、江頭の頭の中でやがて原付のエンジン音と混ざって聞こえなくなった。



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