遭遇、シャイニー海賊団、かつての仲間(中編)

 テストの暇つぶしにちょっとだけ昔の話をしよう。

 昔の話というより『ボク』の人格形成に影響を与えた話、というべきかな。

 ボクの誕生秘話。私の中にボクが生まれた切っ掛け。

 それを語る上でどうしても外せない物がある。それはシャイニー海賊団だ。

 ボクの誕生秘話はシャイニー海賊団結成秘話に繋がる部分がある。

 シャイニー海賊団の家訓その5、採長補短さいちょうほたん

 それが当時の『私』が考えた家訓スローガンだ。

 最初それを言った時はみんな揃って「伊織は一体何を言ってるんだろ?」みたいな顔をしていたけど。

 採長補短。当時その意味を理解していたのは月岡先生くらいだったから、当然のこと船長キャプテンからやり直しを食らった。「もっと分かり易いヤツにして」って。

 だから、みんなにも分かる様に言い直したんだ。

 シャイニー海賊団の家訓その5、他人の良い所を真似しましょう。

 どうしてそんな物をスローガンにしたのか? 

 そう誰かに問われたら当時の『私』はこう答えるだろう。

 自分に自信が持てないから。人の真似をして自分以外の誰かになりたかったから。

 つまるところ、当時の『私』は帯織伊織という人間が信用できなかったんだと思う。

 絶対的な信頼を寄せていたお母さんの死。

 行動の指針であるお母さんを失くして空っぽになった自分。

 足場が急に崩れて進む道が分からなくなった感覚。閉ざされた世界。襲い来る喪失感。何をしても満たされない虚無感。双肩にのしかかる見えない責任。

 まぁ、小学四年生の子供がそんな『重い事』を感じていたとは到底思えないけど。

 正直な話、お母さんが亡くなった小学四年生の春から夏休みになるまでの数ヶ月の間、自分が何をしていたか良く覚えて無いんだ。

 間違いなく生きてはいたんだろうけど。身体が日常生活を送っていても“心”が死んでいたら些細な事柄なんて、あまり記憶に残らないのかもしれない。

 なんせ、十歳の誕生日に七夕兼用でパーティをしたことすら、おばあちゃんに言われるまで忘れていたんだから。

 日常生活を繰り返すだけの機械人形。栄養を摂取して成長するだけの植物状態。心が死んで空っぽになった私。

 そんな。

 そんな空っぽになった私を満たしてくれたある一つの転機。

 それが他でも無いシャイニー海賊団の結成なんだ。

『あたし達で海賊団を作るのよ』

 夏休みに入ってから少し経った八月上旬。小学四年生の夏。塾の先生も巻き込んで始まった友達の輪。

 にぎやかで、あわただしくて。

 無茶苦茶で行き当たりばったりの無計画。

 指針コンパス地図マップも無い、先の見えない冒険。

 それなのに何故か楽しい。

 シャイニー海賊団、かけがえのない大切なもの。居心地のいい空間。 みんなで過ごした濃密な時間。記憶に残る数々の思い出。

 そんな環境の中で過ごすうちに私から『ボク』が生まれた。

 大切なものを忘れないために。失ったものを取り戻すために。疲れた『私』を休ませてあげるために。

 尊敬していた月岡先生を骨組みベースにして好きなもので肉付けした第二の人格キャラクター

 新しい私。人の真似をする私。先生を尊敬していて、大和にちょっかいをかけて意地悪をしたい私。それが『ボク』なんだ。

 この際だからはっきり言うけど、ボクって結局のところ他人のパクりなんだ。

 模造品。劣化コピー。月岡先生と大和の猿真似をする帯織伊織。

 大和を叱る時は先生の真似。何か行動する時は大和の良いところを積極的に真似をする。中身のない安っぽい行動原理。

 そんな私だからこそ。そんなボクだからこそ。そんな自分だからこそ。

 帯織伊織は無能な自分が許せない。自分の犯した罪が許せない。

 大切な存在を真似てその程度の価値しかないのか。人として恥ずかしくないのか。

 そんな風に自分を責めていたせいだろうか、帯織伊織は知らないうちに自分のことが嫌いになっていた。

 良いところだけを真似したはずなのに悪くなるという矛盾。

 自己嫌悪。回避したはずなのに回避できていない矛盾。

 ボクに大和の追放に対する責任を押し付ける私。

 私に学校内での大和の孤立に対する責任を押し付けるボク。

 何やってたんだ私、何やってたんだボク。

 終いには『魔女』なんてありもしないものを作って責任逃れする始末。

 そうだよ。

 そんな自分のことすら好きになれない人間が他人から好意なんて抱かれるわけがないんだ。

 当たり前だよね。

 自分のことすら好きになれない奴が誰かを好きになる資格なんて無いんだ。

 だからこそ。だからこそなんだ。

 帯織伊織は自分の犯した罪を償うために募らせた恋を諦めなければならない。

 責任を果たして罪悪感から解放されたい。もうウジウジと悩みたくない。

 そのはずなのに。

 どうしても最後の一歩が踏み出せない。

 一声かけて謝れば終わるはずなのに。

 なんでだろうね。

 こうやって自分のことを語っているのに自分じゃない誰かのことを語っているみたいだ。

 他人行儀に自分のことを帯織伊織とか言うからかな。

 本当、なんでだろうね。

 自分のことを一番知っているのは自分のはずなのに、自分のことが全然分からないよ。

 帯織伊織は結局何がしたいんだろ?

 行動も言動も支離滅裂じゃないか。

 そんな事をうだうだと考えているから。

 普段やっている習慣ルーティーンすら忘れるんだ。

 中間考査三日目。重い目蓋まぶたわずらわしく思うテストの時間。

 眠りたいのに眠れない状況。明らかに健康状態コンディション精神状態メンタルも不安定な自分。

 普段ならしない『眠るフリ』をして隣人の気を引こうとする私。

 ねぇ、なんでなの?

 昔はちゃんと気付いてくれたじゃないか。

 具合が悪いと先生を呼んで保健室に連れて行ってくれたよね?

 席が隣同士になってから。中学三年生のあの時だって。

 やっぱり、もう私じゃ駄目なのかな?

 もう私のこと、見てくれないの?

 ひめちゃんと仲直りしたから?

 私は必要じゃ無くなったの?

 ねぇ、教えてよ大和。

 青海大和にとって帯織伊織はどんな存在なのかな?


 ■ ■ ■


 テストが終わり放課になると我慢していた睡魔が一気に襲って来た。

 正午。放課後の教室。

「帯織さん、具合悪そうだけど大丈夫?」

「わわっ、オリオリちゃん。目の下が薄っすらパンダになってるよ? それ大丈夫なん?」

 椅子に座って目頭をほぐしていたら前と横から私のことを心配する声が聞こえてきた。

「……うん。大丈夫だよ、ちょっと夜更かししただけだから」

 私がそう言うと二人は納得しかねた様子で「本当に?」「マジで?」と訊き返す。

「…………」

 そっか、二人は気付いてくれるんだね。

「はは……テスト勉強、ちょっと頑張りすぎたかも」

 そんな乾いた笑いと作った笑顔で私は二人の追求をやり過ごす。

「帯織さんを見ていると学年主席の座を維持するのが大変なんだって事がよく分かるわ……私も見習わないと」

 普段は私から二つ前の席に座っている彼女。私よりちょっと背が高くて、細目で優しい感じの糸魚川いといがわさん。

「身を削ってまで勉強するオリオリちゃんマジパネェ。マジ尊敬の眼差しなんだけど」

 普段は私から左斜め上の席に座っている彼女。私のことをあだ名で呼ぶ元気で活発な長岡ながおかさん。長岡さんみたいな感じの人は世間だと『白ギャル』と呼ぶらしい。

 二人ともこの学校で出来た私の『友達』だ。

「そんな、私なんて全然凄くないよ……」

「またまたー謙遜けんそんしちゃって。オリオリちゃんはパーフェクト委員長なんだからもっとどっしり構えても良いんだよ? イトガワちゃんもそう思うよね?」

 そう言って糸魚川さんに同意を求める長岡さん。

「長岡さん。“い”が一つ抜けてるからね? 私は糸魚川だから……」

「あいあい。わかったよートガワちゃん」

「今度は“い”が全部抜けてる!?」

 二人の小粋な漫才を流し見しつつ、キョロキョロと教室を見渡して隣の席に居ない彼の姿を探す。

「…………」

 もう教室には居ないか。

 相変わらず帰るのが早いなぁ。定時で帰りたい新入社員じゃあるまいし。

 特に最近は普段より帰るのが早い気がする。まぁ、早く帰る理由なんて一個しか無いんだろうけど。

 結局今日も話せず仕舞いか。

 これじゃまた問題の先送りになってしまう。

「…………」

 べつに明日にすれば良いじゃないか。『その事』は急ぎの用事でもないんだから。

 そうやってズルズル引き伸ばして言わないままやり過ごすつもりなんでしょ。

 だから偽善者って言われるんだよ。

 今から追いかければまだ間に合う。いい加減、自己嫌悪に苛まされるこの生活に終止符ピリオドを打とう。

 そう思っていたけど。

 やっぱり今日は巡り合わせが悪かった様だ。

 結局この日は大和とは一言も話せていない。

「いやー、それにしても今回の英語のテストはマジで鬼畜難易度だったよねー。あーし今回のテスト結構ヤバいかも」

「長岡さんの場合は英語うんぬんよりも全体的にテスト勉強が足りていないんじゃないの?」

「富山ちゃんはあーしに厳しすぎ! マジ辛辣しんらつなんだけどっ?」

「今度は川ですらない!?」

 こなれた感じで長岡さんに突っ込みを入れる糸魚川さん。

「あはは、二人とも元気だね……」

 糸魚川さんと長岡さんの終わらない漫談に苦笑いしつつ私は帰りの支度をいそいそと進める。

「帯織さん」

 帰り支度を始めたら、女子グループのリーダー格である東光寺とうこうじさんを中心にクラスメイトの女子数人が私の周辺にわらわらと集まる。

「ちょっといい?」

 糸魚川さんと長岡さんを避けて私の前に来る東光寺さん。

 東光寺さん。普段は真ん中の列の最後尾で私から見て左手に座っている。長い髪を黒いリボンでまとめた清楚な感じの女の子。

「わたし達、これからファミレスで勉強会するんだけど……帯織さん達も一緒に行かない?」

 唐突に舞い込んで来た勉強会という名目の女子会のお誘い。

「……えっ?」

 こういう言い方をすると誤解を招くかもしれないけど。

 私は女子の集会が苦手だ。

 女子会の主な会話内容は八割方グループ外の女子の悪口と愚痴、残りはだいたい恋バナ。情報元ソースは私。

 その手の話題は聞いてると気分が悪くなるから。

 それに私、東光寺さんは……ちょっと苦手なんだよなぁ。

 べつに嫌ってるわけじゃないんだけど……なんていうか距離感が近いというか。

 同性の割にやたらボディタッチが多いんだよね、東光寺さん。

 邪推かもしれないけど。

 正直言って東光寺さんは百合レズビアンなんじゃないかって思ってる。

 改めて考えると……うん、誤解しか招かないね、この言い方。

 えっとね。

 どういうわけか、私は昔から女子にモテるんだ。

 小学校も中学校も、そして高校でも。

 どういう理屈か、私という人間は同性に好意を抱かれやすい。

 男友達は片手で数えられるくらいしかいないのに。同性の友人は放っておいても向こうの方から寄って来る。

 クラスメイトの女性陣いわく私みたいな感じは『イケメン女子』と呼ぶらしい。

 私の何処が良いんだろう?

 私なんて仮面を着けて自分を偽っているだけの女なのに。

 いや、だからか。

 ここに居る人達は私の本性を知らない。

 だから今も糸魚川さんや長岡さんとは友達でいられるし、他の人達とも仲のいいクラスメイトでいられるんだろう。

 私の中にいる『ボク』が大和の悪口を言う輩を敵視しているのにも関わらず。

 大和を犠牲にして成り立っている友人関係。大和と他人のフリをして得られる恩恵。大和を二回も見捨てている事実。そのせいで抱えている罪悪感と心労ストレスが余計に膨れ上がる。

 それでも。

 やっぱり、独りぼっちは嫌だ。

 孤立した時の辛さは間近で嫌というほど見ているから。

 それに。

 女の子には優しくしないと。

「……うん。私は良いけど?」

 私がそう言うと糸魚川さんと長岡さんも「いいよ」と同意してくれる。

「やった。帯織さんって教えるの凄く上手だから」

「…………」

 なるほど、そういう魂胆か。

 東光寺さんは私に勉強を教えてもらいたいんだ。

 所詮、学校内での人間関係なんて外面とイメージでしか人を見ていないんだ。誰も中身なんて見ようとしない。

 だから偽善者の私でも『人の良い優等生』を演じれば簡単に信頼を得られる。

 ほんと、これじゃ何処かの誰かさんと同類じゃないか。

「じゃあ、行こっか」

 東光寺さんの号令でぞろぞろと女子の群れが教室の出口に向かって移動を開始する。

 私も帰り支度を終えていそいそと出口に向かう。

 その瞬間だった。

「……っ!?」

 ゾワっと背中に言い様のない悪寒が走る。

 誰かに見られている気がする。粘着質で舐め回すような、そんな視線。

 振り返ると、そこには東光寺さんが居た。

「どうしたの帯織さん?」

 心なしか東光寺さんの口元が緩んでいる気がした。

「ううん。なんでも……」

 気のせい。そう、今のは気のせい。

「帯織さん、一緒に玄関まで行こ?」

 そう言って私の横にピタリと寄り添う東光寺さん。何故かやたらと距離が近い。

「…………」

 うん。これは気のせい。クラスメイトなら肩が触れそうなくらい近付いて歩くなんて普通……だよね?

「すーはーすーはー……」

 なんか深呼吸のついでにクンクンと犬みたいに匂いを嗅がれている気がするけど……多分、気のせい。そう、これは気のせい。

「…………ふぅ」

 東光寺さんが『そっちの方』だとか絶対に私の勘違いだから!

「勉強会、楽しみだね。帯織さん」

「う、うん。そうだね……」

 無邪気な笑顔が逆に怖いっ。

 結局、ファミレスに向かう道中も、ファミレスに着いてからも、勉強会の最中も、東光寺さんは私の隣を片時も離れなかった。

 あまつさえドサクサに紛れて私の膝の上に手を置いて太ももを撫で回したり、物を取るフリをして手を握ってきたりもした。

 それでも私はこう思う。

 東光寺さんが百合で私を狙っているとか、私の被害妄想かただの勘違い、だと。

「ふふっ、帯織さんって良い匂いするよね」

 だから匂い嗅ぐのやめてよ東光寺さん!!!

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