遭遇、シャイニー海賊団、かつての仲間(前編)
私が大和の乗っている電車より一本早い電車に乗るのには、ある一つの理由がある。
いや、この場合は大和と一緒に登校しない理由の方が正しいのかもしれない。
別に大和を避けているわけじゃないんだ。
本音を言えば毎日一緒に登校したい。
仲睦まじく、
許されるなら学校以外でも大和に逢いたい。
大和と同じ時間を共有したい。一秒でも長く、一秒でも離れている時間を短くしたい。
でも私は人目のある場所では大和に接触しない。
人目がある場所だと大和の視線を一人占め出来ないから。
だから、お説教を口実にわざわざ呼び出したりして二人きりの空間を作るんだ。
二人きりにならないと大和は私のことを見てくれないから。
こういう言い回しをすると、まるで恋する乙女の様だ。
私は性別の上では女だけど、乙女かと問われたら、それは多分違うと思う。
私は心が
私の心の中には『魔女』がいる。
醜くて卑しいドス黒い感情を持った悪い子の私。それが魔女。
魔女は乙女では無い。
それでも、だ。
乙女ではないけど恋はしている。
幼稚園のあの日、迎えが中々来なかった時に「一緒に帰ろう」と手を繋いでくれた瞬間から。
私の恋はその日をきっかけに今も続いている。
初恋はまだ終わっていない。
だって私は大和のこと、嫌いじゃないから。
私が大和のことを嫌ったことなんて一度もない。
まぁ、極稀にだけど大和の不遜な態度に苛立つ事はある。お説教中に堪忍袋の緒が切れてうっかり本音が出た事もあるけど。
憤怒と嫌悪は違う感情だと思うから。
私が大和のことを嫌うなんてことは“決して”有り得ないだろう。未来永劫。金輪際。絶対不変。
それだけは絶対に有り得ない。
逆はあるだろうけど。
私が大和を嫌う理由は無いけど大和が私を嫌う理由はある。
だって私は大和と彼女を見捨てたから。
私は理性と欲望を天秤にかけて欲望を選んだ。
友情を軽んじた。
それだけじゃない。
私は常日頃から口うるさくガミガミと大和にお説教している。大和から嫌われるために。私はわざとそうしている。ずっと昔からそうやって大和から嫌われる努力をしてきた。
だって。
私の気持ちを──募らせた恋心を彼女に知られたく無いから。
大和への想いを彼女に知られると彼女が
彼女の機嫌が悪くなると大和の機嫌も悪くなるから。
だから私はわざと大和に険悪な態度を取る。そうすれば彼女の機嫌を損ねなくて済む。
大和の側に居続けるためには彼女の御機嫌を取らないといけない。
大和の側に居続けるためには大和に嫌われないといけない。
そんなの。
そんなの──嫌に決まってる。
……そうだね。そうだよ。
いい加減、ここら辺で白状した方が良いのだろう。回りくどい言い回しにもそろそろ疲れてきた。
いい加減本音を語ろう。
私は大和が好きで彼女のことが嫌いだ。
私もボクも大和のことが大好きだ。
私もボクも彼女のことが大嫌いだ。
だってそうじゃないか。
自分の想い人を奪う奴を好きになる方がおかしいだろ?
間違っているだろ?
恋敵は憎くて当たり前なんだ。
なのに私はずっと真逆の態度で二人に接してきた。
ずっとそうやって嘘に嘘を重ねて生きてきた。
友人関係を維持するために。
心を偽って。顔に仮面をつけて。嘘を吐いて
仲のいい友達ごっこという
だけど、その
ひめちゃんが全てを壊したんだ。
ひめちゃんが大和を信じてあげなかったせいで大和の居場所が無くなった。
大和の居場所は私の居場所なのに。
だから私はひめちゃんが大嫌いだ。
私はひめちゃんが許せない。
そう。
私が避けている相手はひめちゃん──姫川姫光なんだ。
彼女に会いたくないから私は一本早い電車に乗って学校に行く。
高校に上がってから今までずっとそうしてきた。
そんな理由で私は大和達より一本早い電車に乗る。
なら。
寝坊が原因で同じ電車に乗らなければならない場合はどうする?
答えは簡単だ。
二人の視界に入らない様に距離を取ればいい。
今日も私は二人の仲睦まじい姿を遠目から眺める。
午前八時頃、場所は駅前の広場。
人混みに紛れて横断歩道を渡ると背後から聞き覚えのある声に呼び止められた。
「おーい。伊織」
名前を呼ばれて足が止まる。振り返るとそこには見覚えのある小さな頭。
女子の私よりも頭一つ分くらい背が低い男の子。小動物の様なつぶらな瞳。どこか犬っぽい容姿とその性格。
名前は
「……健?」
旧知の友達との唐突な再会に少し戸惑う私。
「おう、久しぶりだな。元気してたか?」
「う、うん。久しぶり……」
一体、私に何の用だろう?
高校生になってから今まで一度も話しかけてこなかったのに。
急過ぎて、ちょっとびっくりだよ。
「どうしたの? 私に何か用?」
そんな私の質問に健は相変わらずの気さくさで。
「おう。用事ってわけでもねーんだけどよ」
まるで過去に“私たち”の間で何も無かったかの様に。
「おめーにも参加して貰おうと思ってよ」
無神経なほど昔のままで。
「実はな、夏に『みんな』で集まってデッケー事やろうと思ってんだよ」
私に遊びの誘いをしてきた。
「…………」
その『みんな』って誰の事だろう。
真っ先に浮かんだ疑問がそれだった。
「へぇ、そうなんだ……」
疑問に思ったけど。
聞き返さなくても大体の内容は憶測と考察である程度は予想出来るから。
推理なんて必要無い簡単な謎解き。
みんなはシャイニー海賊団。
健の目的はメンバー同士の和解。
健は大和の親友だから。
大和とひめちゃんが仲直りしたことも多分健ならもう知っているだろう。このタイミングで私に声を掛けてくるという事はつまり──。
「伊織もさ、大和と仲直りしたいだろ?」
つまり、そういう事なんだ。
「…………」
健の問いに私は返す言葉が無い。
答えなんて最初から決まっている。
私だって可能なら仲直りしたい。可能なら元の場所に戻りたい。
でも、それは。
「……ごめん。それはちょっと無理かな」
だって大和の隣にはひめちゃんがいるから。
「うん? 何でだ?」
頭に疑問符を浮かべる健。
「何でって、それは……」
「おめーは大和のこと、嫌いじゃねーだろ?」
「…………ふぇ?」
健は一体何を言ってるの?
大和のこと嫌いじゃない?
「えっと、何の話しかな?」
「いや、だっておめーも大和のこと“好き”だろ?」
「っ!?!?!?」
健の衝撃的な発言に心臓がバクンバクンと跳ね上がる。
「な、な、な、な、何のことかな? わ、わ、わ、私は大和のことなんて、じぇ、じぇんじぇん好きでも無いし、大和の事なんとも思って無いんだからね!?」
「お、おう。そうなんか……」
「そ、そーだよ。それはたけりゅの勘違いだよ」
動揺して噛みまくりだった。
いや、私テンパり過ぎでしょ。
というか。
健は何をもって私が大和のこと好きだと思ったんだろう? 凄く謎だ。
「おれは大和のこと好きだぞ」
「……えっ?」
健のその発言で一瞬、良からぬ妄想が頭に浮かんだ。
大和と健って昔から、なんていうか距離感が異常に近い気がしたけど──まさか!?
「……健は大和のこと好きなんだ?」
浮かんだけど。
「おう。大和は
健の純真無垢なニッコリスマイルでその良からぬ妄想が間違いだとすぐさま気付く。
「…………」
ですよねー。
「……そっか。そうだよね」
一瞬でも『そっち方面』に考えた自分が憎い。
男同士の清い友情を腐った思考で汚してしまった。
最悪だ普通に死にたいっ。
「だからな、大和にはみんなと仲直りしてもらいてーんだ」
健は。
「みんなだって本当は大和のこと好きなはずなんだ」
ポツリと。
「大智だってきっと本当は大和と仲直りしたいはずなんだ……」
そう呟いた。
「……大智、か」
分かってるよ。
中三の一学期終業式の『その事』は夏休みの“あの日”にひめちゃんから相談されたから。
健ただ一人が大和の味方だった事も、大智と美未が事態を静観していた事も、雪雄が大和を糾弾して断罪した事も、ひめちゃんが雪雄の言い分を間に受けたことも。
私がその場にいなかった事も。
分かっているよ。
健と私は違う。
たらればの話はするだけ時間の無駄だ。もしもの話しは後悔しか残らない。仮に私がその場にいても大和の無実を証明出来ただろうか。
あの事件で一番悪いのは誰だろう?
いや、それ以前に。
あの事件は始まりの段階から、何かがおかしかった。
「……どうして大智はあんな事を私たちに言ったんだろうね?」
ポツリと不意に出た疑問。私はそれを健に投げかけた。
「ん? あんな事って何だ?」
首を傾げる健に私は言う。
「ひめちゃんがいじめられるのはひめちゃんが悪いって、さ」
「ああ、それか。それは……何でだろうな?」
「…………」
健に質問したのが間違いだったのかもしれない。
いいや、自分で考えよう。
それは七月に入ってから暫く経った七月六日。時期的にはひめちゃんの体操着が無くなってから二日が経った頃だった。
『ヤマ、タケ、ユキ、イオ、ミミ。お前達は犯人探しから降りろ』
バスケ部の練習が終わった部活からの帰路。
『いじめられるヒッカにも原因がある。この問題はヒッカ一人だけで解決するべきだ』
美夜子を除いた当時三年生だった私たちシャイニー海賊団メンバーを集めて大智はそんな事を言った。
いじめられる側にも問題がある。
『それに俺様たちは大会が近いんだ。ヒッカの事ばかりに構ってらんねーよ』
たしかに大智の言い分には納得出来る部分があった。特にひめちゃんの場合は本人の性格に難があったから。
その言い分にはひめちゃん自身も納得していた。私を含めた他のメンバーも一応はその事に納得していた。
『ふざけんな!』
ただ一人、大和を除いて。
『大智、お前っ、実の妹を見捨てるのかよ!?』
大和だけは大智の言い分に納得していなかった。
『見捨てるとか人聞きの悪いこと言うんじゃねーよヤマ。テメェの起こした問題はテメェの力で解決しろって話だ。分かんねーのか? 俺様たちは今それどころじゃねーんだよ』
多分だけど、大智としてはバスケの大会を優先したかったんだと思う。
後に控えていた県大会が大和達と一緒に出来る最後のバスケになるかもしれないから。
『いいかヤマ。これは俺様との約束だ。お前は大会を優先しろ。破ったら……絶交だからな』
結果的にその約束は守られなかった。
あの時の夏にはそういう事情があった。
だからこそ。
分からない事がある。
どうして、ひめちゃんは大和を信じてあげなかったんだろう。
あの場で大智と大和の口論を間近で見ていたはずなのに。
違和感。疑念。不自然な点。
もしも、大智の言い分に別の意図があったのだとすれば。
ひめちゃんと一緒の家に住む、兄である大智だからこそ知り得た情報があったのだとすれば。
それは恐らく。
「……もしかしたらさ、ひめちゃんって本当はいじめられてなかったんじゃないのかな?」
脳裏をよぎるある一つの可能性。
二年近くの時を経て私が考えた二つの仮説。
その可能性があるから私は──。
私はひめちゃんと雪雄が信用できない。
「ん? それはねーだろ?」
キョトンとした顔で私の憶測を否定する健。
「……どうしてそう思うの?」
「何でって……姫光の持ち物が無くなってるからだろ」
「その持ち物だって結局は見つかってないんだよね?」
「ああ、そうだな」
「その割にはさ、ひめちゃんってあんまり落ち込んで無かったよね?」
「んー……どうだろうな」
「それにさ、ひめちゃんの性格ならその事は“絶対”に学校に言うはずなんだよ」
「うーん。そうかもな」
「…………」
ああ、駄目だ。
この話はもう止めよう。
健じゃ話にならない。こっちの意図をまるで理解していない。
健はそもそも人を疑う事を知らないから。
いい意味でも悪い意味でも純粋だから。
だからこそ大和と今も友達でいられるんだろうけど。
「……ねえ、健はさ、大和の味方だよね?」
「ん、おお。あたりめーだろマブダチだからな」
「そっか。そうだよね」
本当、健が羨ましいよ。
時々、思うんだ。
もしも私が男の子だったらって。
私が男の子として生まれていればいろんな事に対して苦悩しなくても済んだんじゃないかって。
どうして私は女なんだろう。
そんな事をボンヤリと考えていたせいだろうか。
気が付けば上越国際高校と上越商業高校を分ける分かれ道まで私は歩いていた。
「で? 伊織は結局どーすんだ?」
別れ際に投げかけられた質問。健の質問に裏があるとは思えない。
「そうだね。ちょっと考えさせて」
まぁ、そんな事はあり得ないんだけど。大和の隣にひめちゃんがいる限りそれは無理な相談だから。
「なんだ、おめーまで大和みたいなこと言うんだな」
「…………」
大和みたい、か。
それ、素直に嬉しいよ。
「んー……まぁ、それは抜きにしても大和とは仲直りしてくれよ? 大和だっておめーとは仲直りしてーに決まってんだからよ」
そんな言葉を残して健は「じゃあ、またな」と自分の通う高校に向かって歩いて行った。
「……それはどうかな」
独り言ち、私も自分の通う高校に向かって歩いて行く。
「大和と仲直り、ね」
それは無理だよ健。
だって。
私はこれから大和に自分の罪を告白しに行くんだから。
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