通学、二人で語る彼女のこと
そんな事があったせいだろうか、電車を降りてから別れ道までの間に姫光と話した話題は主に伊織のことだった。
「あたしもさ、あの子とは高校から疎遠になってるんだよね」
開始早々にとんでもない発言が姫光の口から飛び出して俺は当惑する。
「へ、へぇ……そ、そうなんだ」
意外というか、予想外の事実を知って動揺を隠し切れない。
てっきり今も昔の様に仲良しなのだと思っていたから。
「そーなのよ。露骨に避けられてるっていうか……ちょっと前の何処かの誰かさんみたいに見えても
ジトーっと恨めしそうに俺を見やる姫光。
「……なんていうか、その件についてはごめんとしか言いようがないけど……本当にごめん」
「ん、べつに気にしなくてもいいのよ?」
「……え? 気にしなくてもいいのか?」
「ええ、そうよ。その事は“一生”根に持つから」
「…………」
一瞬でも姫光の
「まったく。いつぞやの時も入れて『大和の事を一生許さない案件』が二つに増えたじゃない。あーやだやだ。これ以上増えたらもうあたし大和の事信じられなくなるかも」
「いつぞやの時?」
「小五の春、引っ越し、あたしにだけ内緒」
「ああ……」
端的なヒントのおかげで何のことかすぐさま理解出来た。
「それは当時から何度も謝っただろ? いい加減許してくれよ……」
「駄目よ。謝っても“一生”根に持つから」
姫光は小さな子供の様にチロリと薄紅色の舌を出してベーっと侮蔑の意思を示す。
やだ、何それ超可愛いんだけど!?
「むしろあたしの器の大きさに感謝して欲しいくらいね。あの時はたった一週間で絶交やめてあげたんだからね? あたし優しいでしょ?」
同意を求める姫光の意地悪な視線に俺は
「ああ、そうだな。
一生根に持たれるのは正直嫌だけど。
でも、それだけ姫光の方も嫌な思いをしたって事なんだろう。
もうこれ以上、姫光に嫌われたく無い。
なら、真に許してもらえる日が来るまで姫光に尽くすのが俺の
例えそれが罪悪感から逃れるための自己満足だとしても。
「それで、答えは出たの?」
下から覗き込む様な眼差しで答え辛い問いを俺に投げかける姫光。
何で今も伊織と仲が悪いのか?
「ああ、一応な」
少し間をおいて俺は──。
「多分、俺はまだ伊織のこと、許せてないんだと思う」
そう答えた。
「ふーん? 許せないって具体的には何なのよ?」
姫光は興味深そうに訊き返す。
具体的に、か。
「……アイツも俺のこと犯人だと思ってたから」
数ある理由の中で一番の判断材料を選択したと思っていた。
「ん? あの子って健と一緒でアンタの『味方』だったんじゃないの?」
姫光が怪訝そうな顔でそんな事を言うまでは。
「は? 伊織が俺の味方? 何で?」
「何でって……それは伊織だからよ」
「んんん?」
説明不足というか、言葉足らずな姫光の返しに俺は疑問を抱く。
伊織だから、とか意味がわからん。
B型の人間は説明するのが下手くそという仮説が真実味を帯びてきた。
「いや、アイツは雪雄や他の連中と一緒で俺を糾弾した側……だろ?」
「はぁ? 何言ってんのよ? あの子、あの時は夏風邪で学校休んでいなかったでしょ? 忘れたの?」
「……ああ、そういえば、そうだったな」
言われて思い出す。中三の夏は委員長様一人だけが一足早い夏休みに入っていた事を。
確かにあの断罪の場に伊織はいなかった。
いなかったし、当時はその後も特に何も言わなかったけど。
だけど。
じゃあ、何であんな事を俺に言ったんだ? あんな事──。
『……何言ってるの? 追放なんて人聞きの悪い事を言わないでくれるかな? 君が勝手にそう思い込んでいるだけじゃないか。被害妄想もはなはだしいね』
不意に脳裏をよぎる委員長様の言葉。
「…………」
被害妄想、か。
そうだよな。確かにそうだ。
今なら認められる。
俺の事を助けてくれなかった奴は全て敵って思うのは自分勝手な解釈だよな。
それでも、だ。
「……いや、でも何もしていないからって味方では無いだろ」
俺は。
「本当に味方なら、あの時に、俺の事も、お前の事だって──アイツの力なら──」
伊織に抱いていた本音を語る。
「頭の良いアイツが『協力さえ』してくれれば、あの時の事件は全部解決出来たはずなんだ」
姫光は言う。
「んー、それはちょっと伊織に期待し過ぎっていうか、責任の押し付けなんじゃないの?」
それにさ、と。
「それ言い出したらキリが無いと思うんだけど? あたしだってそうだし『他の子』だってそうじゃない。健も大智も、美夜子は……一個下で無関係だし、美未は……まぁ、美未だし」
姫光が少し呆れ顔になったのは主に美未のせいだろう。
まぁ、美未は美未だからな。しょうがない。
「なんていうか、アンタは伊織にだけやたら厳しいわよね」
姫光の「何でなの?」という問い掛けに俺は上手く答えられなかった。
「べつに、厳しく接してるつもりはねーよ」
強いて理由を挙げるなら、アイツが昔から俺に対して厳しいから俺も変に突っ張っているんだと思う。そこら辺は自分でもよく分からないけど。
「ふーん。まぁ、そこら辺は当人同士の問題だし、あんまり口出ししないけど。伊織もアンタとずっと一緒にいる『幼馴染』なんだから少しは大切にしてあげなさいよね」
「……は? 伊織が俺の幼馴染?」
何言ってんだコイツ。
伊織が俺の幼馴染? そんな馬鹿なことあるかよ。
幼馴染は健とか姫光とか、あと大智くらいはギリギリ入れてやってもいいけど。なんていうか、小さい頃から仲良しな感じの関係だろ。
伊織とは別に仲良しでは無いし。昔も今も。仲良しだった記憶がない。
追加するなら美夜子も幼馴染では無い。アイツはなんかムカつくし。
「え? 何そのリアクション。伊織はアンタの幼馴染でしょ? しかも誕生日が一緒のお隣さんだったじゃない」
「…………」
「え? 何、その嫌そうな顔。アンタ、どんだけ伊織のこと毛嫌いしてるのよ。意味分かんないんだけど?」
「いや、べつに……」
そういえば、あの委員長様、生まれた日が俺と同じ七月七日なんだよな。
母さんの話だと生まれた病院も一緒らしいし。ほんと、何の因果で一緒の日に生まれたんだろな。
「てゆーかさ、健やあたしは許せて伊織が駄目なのがよく分からないのよねー」
「あん? 何の話だよ?」
だって、と姫光は言う。
「健ってアンタの事をハブった雪雄や中学時代の友達と今も仲良くしているじゃない。それってアンタ的には面白くないでしょ?」
それっていわば裏切り行為みたいなもんじゃん? と、姫光は俺が思いもしていなかった事を口に出した。
「いや、それは……」
それは健にも立場ってものがあるから。
健にとっては俺も雪雄達も同じ大切な友達だから。
「……それは違うだろ。健は何も悪いことなんてしてないし」
「ふーん。そっか、アンタがそれで良いならあたしは別にいいけど」
「…………?」
なんだ? 姫光のヤツ、やけに意味深なリアクションするな。何かあったのか?
「まぁ、アンタが雪雄の事を嫌いになった理由はあたしも分かるし、それに関してはあたしにも色々と考えがあるから……それは置いといて。うん、やっぱり先ずは伊織のことよね」
うん? 今、何て言った?
聞き流せない単語が出た気がするんだけど?
「とにかく、よ。アンタはとりあえず伊織とちゃんと仲直りすること。良いわね?」
あれ? 口出ししないんじゃなかったのか?
「いや、ちょっと待って──」
「い・い・わ・よ・ね?」
「……はい」
鶴の一声で伊織との和解を強要された瞬間だった。
「大丈夫よ、いざとなったらあたしも協力するから」
あたしに任せなさい、と言わんばかりに胸を張る姫光。ブラウスのボタンが悲鳴をあげている気がした。
「ああ、本気でヤバイ時は
そうは言っても、おそらく姫光に頼る事は無いだろう。自分の問題は自分で解決しないと。
「とーぜんよ。あたしも伊織とは昔みたいにまた仲良くしたいし。
何より姫光と伊織の仲を取り持つためにも。俺は伊織と対話しなければならない。
それに。
最近のアイツは何処かおかしい。らしくない言動もあったし、らしくない行動もあった。
伊織の真意を確かめずにこのまま終わらせるのは俺も本意じゃない。モヤモヤしたままは気持ち悪い。
「そうよ。元に戻せるものは全部、二人で戻すんだから……」
何かをポツリと呟いて姫光は天を仰いで俺の前を歩く。
「じゃあ、また後でね」
姫光はそう俺に別れを告げる。
気が付けばそこには何時もの別れ道があった。
「……ああ、またな」
手を振りながら遠ざかる姫光の姿を尻目に俺は自分の通う学校に向かう。
姫光の向かう先に見覚えのある顔ぶれが『一人も』いなかった事を──この時から姫光の周りに取り巻きが居なくなった事を、一切疑問に思わなかったのは俺に心の余裕がなかったからだろう。
この日、こんな風に対話した姫光と同じ学校でない事を俺はこれから先も割と本気で後悔するのだが、そんな事はまだ知る由もなく。
この時俺が考えていた事なんて。
「……幸せすぎて車に
そんなしょうもない事くらいだ。
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