第二話 一人百物語 3

 神社でお姉さんと出会ったその日から、俺の生活は変わった。

 あの日から毎日神社に通うようになってしまった。目的はもちろん、あの綺麗なお姉さんに会いたいから……いいや、違う違う。お姉さんが俺の話を聞きたがっているから、仕方無しに足を運んでいるんだ。断じて俺に下心があると言うわけでは無いからな。


 昼過ぎに神社まで行っては、夕方まで怪談を語る。それが日課になっていた。俺は自分の事を面倒くさがりだって思っているけど、意外と続くもんだな。朝のラジオ体操には、三日も行かなかったのに。


 しかし毎日新しい怪談を要求されるのだから、さすがの俺もレパートリーが無くなってくる。

 それでもお姉さんをがっかりさせないよう、怪談話の収集に力を入れた。

 夜は『学怖』をやりまくって、本屋に行ってはホラー関係の本を読みまくった。語った話の中には、前に『まんが日本むかし話』で見たオバケの話しもあったかな。

 怖い話であれば何でも良いんだ、多分。


 お姉さんは毎日、文句一つ言わずに俺の話を聞いてくれる。綺麗な上に、心優しい人なのだなあ。

 そういえば一度、お姉さんの名前を聞いたことがある。何度も会っているのに、いつまでも呼び方がお姉さんではちょっとおかしいから。でもその時のお姉さんの反応はちょっと変だった。


『私の名前?そうねえ、それじゃあヤマシゲ。山、石、下と書いて、山石下やましげよ』


 そう答えてくれたけど、『それじゃあ』って何?なんだか怪しさの残る答えだった。まるでとってつけたような嘘をつかれたような……

 あ、もちろんお姉さんが嘘を言ったなんて思ってないぞ。あんな綺麗な人が、嘘なんてつくもんか。でも、お姉さんはその後こうも言ったっけ。


『あのね。実は私、自分の名前があまり好きじゃないのよ。できれば今まで通り、お姉さんって呼んでくれると嬉しいな』


 もちろん俺は二つ返事でそれをOKした。やっぱり、嫌がってることをするべきじゃないしな。


『ふふふっ、ありがとう。君は良い子ね。それじゃあ約束したから、裏切ったりしないでね』


 当然そんなつもりはない。任せとけって胸を張ってやった。

 そんなわけで呼び方は結局変わらずに、やることも変わらない。俺達は毎日のように会っては、怪談を話すと聞くの関係を続けていた。

 たったそれだけの関係なんだけど、それがとても楽しくて。毎日が幸せだった。


 だけど楽しい時間は長くは続かない。気がつけば今日は、夏休み最終日。お姉さんと会えるのも、もしかしたら今日で最後なのかもしれない。そう考えると、やはり悲しくなる。

 そんな気持ちのまま神社を訪れると、俺の顔を見るなりお姉さんは首を傾げてきた。


「あら、どうしたの?何だか元気無いみたいだけど」


 お姉さんはいつも通りの涼しい表情。明日からもう会えなくなるかもしれないのに、微塵もそんな感じを出していない。


「そりゃ元気もないですよ。夏休みは今日でおしまい、明日からまた学校なんだから」

「ああ、そういえばそうだったわね。それで君は、どうしてそんなに浮かない顔をしているのかしら?」

「どうしてって……」


 そんなの決まってるじゃないか。お姉さんに会えなくなるからだよ。学校が始まるのももちろん嫌だったけど、それは毎年のこと。今年はいつも以上に切ない。


「俺、この夏の間、何もできなかったなと思って。何をやっていたんだろうなって気がして」


 もしかしたら勇気を出して『一緒に町に遊びに行きませんか』なんて言ったら、楽しいデートでもできていたのかもしれないなあ。でも、もう今さらか。

 だけど俺の言葉を聞いたお姉さんは、いつも通り妖艶な笑みを浮かべる。


「そんなことないわよ。君はこの夏、とても偉大なことを成し遂げたわ。ねえ、君は今日まで、私にいくつ怪談を語ったか数えてた?」

「えっ?いえ、数えてないです」


 数多く話したことは確かだけど。十や二十じゃあきかないことだけは間違いない。


「実はね、昨日まで話してくれた怪談の数は全部で九十九。今日も話してくれればそれで百になるのよ」

「ええっ、俺ってそんなに話してた?」

「あら、私の言う事が信じられないのかな?」

「い、いいえ。そんな事無いです」


 しかしビックリだ。いつの間にか九十九も話していただなんて。だから何だってわけでは無いけど、そんなに話したとなるとなんだかやり遂げた感がある。


「それじゃああと一話。最後の話を聞かせてくれるかな」

「は、はい!」


 最後の話と言うと、やはり寂しい気がする。だけどどう転んでも夏休みは今日で終わり、お姉さんと会う機会も無くなるかもしれない。だったらその前に、記念になることをしておきたい。


 さて、それじゃあどの話をしようか。最後を締めくくるにふさわしい、とっておきの怪談はと言うと……

 悩んだ末俺は、この夏何時間もやり込んだゲーム、『学校であった怖い話』の中で最も怖いと思った話を語る事にした。


 主人公の男子高校生が、学校に住み着いていると言われている呪われた人形に追いかけられ、昼間だろうと家に帰とうと、その人形の影が見え隠れし、だんだんと追い詰められていくという話だ。


 出来るだけ怖く。俺ではゲームで味わったような恐怖を伝えることは出来ないけど、それでもより怖くなるよう、声に強弱をつけて、話す時は間を置き、一言一言語っていった。


 お姉さんは俺の話を、ちゃんと怖いと思って聞いているのだろうか。怖いかどうかはともかく、退屈はしていないだろう。でなければ小学生の話す怪談を、百話も聞いたりはしないはずだ。

 やがて話が終わる。オチまで言い切ったところでお姉さんを見ると、満足そうに笑みを浮かべていた。


「いい、いいわねえ。最後の話に相応しい、とってもゾクゾクする話だったわ。君、才能があるわよ。今度朗読劇でもやってみると良いわ。きっと皆、君の話に釘付けになるはずだから」

「本当ですか⁉」


 初めてお姉さんに認められた気がした。今まではいくら語っても大した感想を言ってくれなかったけど、こんな風に褒められて。俺は天にも昇る気分だった。

 だけどここでふと、お姉さんは俺の目を見て、そして言ってくる。


「ねえ、君は百物語って知ってるかな?」

「百物語?もちろん知っていますよ」


 これだけ多くの怪談を語ってきた俺が、知らないはずが無いじゃないか。

 百物語。それは百本のロウソクに火をともし、集まった人達が次々と怖い話をしていくというもの。一話話が終わる度にロウソクの火を一つ消して行き、やがて全てのロウソクが消えた時、お化けや幽霊が現れると言う、一種の儀式である。


「ふふふっ、当然知っているわよね。けどこれは知らないんじゃないかな。百本のロウソクには、本来大きな意味は無いの。単に百という数を数えるため用意されただけ。本当に大事なのは、百の怖い話を語ること、それだけよ」

「へえー、そうだったんですか。って、あれ?」


 待てよ。だとするとこの状況は……

 俺は百の怖い話を語り終えた。何日にも渡って、日をまたいでではあるけど、語ったことに違いは無い。ということはもしかしたら、これからオバケが出るってこと?

 嫌な想像をしてしまい、思わず身を震わせる。するとそれを見ていたお姉さんがくすくすと笑う。


「ねえ、どうして百物語をすると人ならざるモノが出てくるか、その訳は知ってる?」

「いえ、それも知りません」

「その理由と言うのはね、一つ話すたびにその場に良くない気が溜まるからよ。そうして話を続けていくたびに、気は段々と大きくなる。人ならざるモノにとってその良くない気と言うのは極上の味がするの。食べれば舌を楽しませられるし、同時に大きな力が手に入る。だから彼等はその気を食べるために、百物語の場にやって来るってわけ」


 お姉さんの言いたい事は分かった。けど、それじゃあ。


「ちょっ、ちょっと待って下さい。それじゃもしかして、今からその人ならざるモノがここに来るってことですか?もしかして、もう来てるとか?」


 思わず辺りを見回してみる。しかし辺りはいつもと変わらず、見慣れた社があるばかり。だけど、何故だか嫌な予感がする。


「安心して良いわよ。別に何もやってこないわ」

「で、でもさっき、悪い気を食べるためにやって来るって」

「大丈夫よ。だって君の話す怪談から生まれた悪い気は……」

「悪い気は?」

「……………全部私が、食べちゃったんだもの」


 今までに見たことが無いくらい、にっこりと笑うお姉さん。けどそれって、いったいどういう事?

 しかしそう思った次の瞬間、突如目の前が真っ暗になった。


 なに?いったいどうなっちゃったの?


 一瞬にして夜になっちゃったのかとも思った。だけど普通に考えてそんな事あり得ない。だいたい、夜にしたって普通なら街灯や月あかりで、ある程度周りは見えるはずなのに。だけど今目の前に広がっているのは、一筋の光も見えない漆黒の闇。


 さっきまでそこにあったはずの神社の社も今は無く、まるで別の世界に連れてこられてしまったよう。俺は一人、暗闇の中で立ち尽くしていた。

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