第二話 一人百物語 2
どれくらいそのお姉さんをを見ていただろう?
ずいぶん長く感じたけど、もしかしたら本の一瞬の出来事だったのかもしれない。金縛りにあったように動くことができなかった俺を動かしたのは、お姉さんの一言だった。
「ふふふっ、そこにいたら暑いでしょう。こっちに来るといいわ」
「は、はひぃ」
緊張のあまり噛んでしまった。恥ずかしい、顔から火が出そうになる。このまま逃げ出してしまいたかったけど、せっかく誘われたんだ。ここで逃げるのはあまりに勿体無い。
恐る恐るお姉さんに近づいて、その隣に腰かける。
「あなた、小学生?この近所の子なの?」
「は、はい。小学生5年生です。近くに住んでいます」
「ふふっ、そうなんだ。君、一人なの?」
「ええ、まあ。友達は皆出掛けているんです」
喋っている間も、汗をかきっぱなしだ。これはきっと、暑さだけのせいじゃない。今まで感じたことの無いドキドキが、身体中を駆け巡っていた。
「それじゃあ、ここでちょっとお話ししていく?」
「は、はい。でも俺の話、つまんないかもしれませんよ。お姉さんを楽しませられるかどうか」
「あらあら、そんなに気を使わなくたって良いのよ。ほんの暇潰しなんだから、気楽にね」
そんなこと言われても。こんなに気楽にできない暇潰しは初めてだ。絶対に失敗するわけにはいかなじゃないか。
何でか知らないけど、お姉さんは俺の話というのを聞きたがっている。ここで下手な話をして、ガッカリさせるなんて嫌だ。
「君、普段は何して遊んでるの?私は本を読むのが好きなんだけど、君は好きな本とかある?」
「ええと、普段はプールに行ったり、虫取をして遊んでいます。好きな本は……今は怪談にハマっています」
だけどそう答えた後、しまったと後悔した。確かに俺は怪談が好きだ。でもこのお姉さんが怪談を好きとは限らない。子供っぽいって笑われたりするかも。そう不安になったけど。
「へぇー、怪談ねえ」
お姉さんは笑っていた。だけどそれは、思っていたようなバカにした笑い方ではなく、興味を持ったような笑み。
「私も好きよ、怪談」
「本当ですか?」
「ええ。よかったら、何か知っている話を語ってくれない?君の好きな怪談話に、興味があるのよ」
「ええっ⁉」
まさかのリクエスト。でも良かった。なんせ怪談は大好きだから、レパートリーは大量にある。
「ダメかしら?」
「いえ、そんなことありません。それじゃあ、どんな話がいいですか?沢山知ってるから、どれを話せばいいか迷っちゃいますよ」
「そんなに知っているんだ、凄いわねえ。それじゃあ、学校の怪談なんてどうかしら。何か知ってる?」
「もちろん知ってますよ」
よし来た!俺は連日『学怖』をやり続けていたから、学校の怪談はそれこそ得意分野だ。
どの話にしようか考えたあげく、夜の学校に出現した、無限に続く廊下の話を語ることにした。
「この話は、夜の学校に忘れ物を取りに行った男子高校生が体験した話なんですけどね……」
そうして俺は語っていく。
話し初めてすぐに思ったことだけど、俺のつたない喋りでは、ゲームで味わったような臨場感や怖さが、あんまり出せていないんじゃないかなあ?
おかしいな、ゲームではもっと怖かったはずなのに、自分で語るとなるとさっぱりだ。
こんな話ではお姉さんが退屈しないか心配だった。だけど途中で話の腰を折ることなく、最後まで耳を傾けてくれたのだった。
「どうでしょうか?」
話を終えて恐る恐る感想を求めると、お姉さんはクスリと微笑んだ。
「ええ、とっても面白かったわ。君、話をするのが上手ね」
「いやあ、それほどでも……」
「ねえ、他には何か知らない?怖い話し」
「ええと、そうですね……」
良かった。再びリクエストするってことは、どうやら楽しんでもらえたらしい。次はもっと、上手に話したい。
そうして俺は、いくつかの怖い話しを語っていった。夢中になって喋ったからか、不思議と暑さは感じなくて。
気がつけば五時を知られる時報が流れ、いつの間にか夕方になっていたことに気付いた。
「えっ、もうこんな時間?本当はもっと話していたいけど、俺もう帰らないと」
名残惜しいけど、これ以上長居して帰るのが遅れてはいけない。するとお姉さんも残念そうな顔をする。
「そうなの?仕方がないわね。私ももっと、君の話を聞きたかったわ。あ、そうだ」
お姉さんは何を思ったのか、そっと耳元に口を近づける。
「明日もここに来て、怪談を語ってくれないかな」
「あ、明日もですか?」
「そう、お願いできるない?私、また君に会いたいの」
吐息が耳にかかってこそばゆい。だけどそれ以上に気になったのは、会いたいと言ってくれたこと。
会いたいって、俺に?聞き違いじゃないよな?
「は、はい大丈夫です。俺、必ず明日もここに来ます」
「ふふふっ、ありがとう。待ってるから、必ず来るのよ。決して裏切らないでね」
「はい、もちろんです!」
返事をしながら、ドキドキしている胸を押さえる。
明日もまたお姉さんに会えるんだ。その事がただ嬉しくて、この日は別れるまで、は顔がにやけないようにするのに必死だった。
お母さんに言われて嫌々外に出たけれど、まさかこんな出会いがあるだなんて。
俺はこの幸運を、一人噛み締めるのだった。
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