第一話 社畜1

 えっ、アンタ、俺の話を聞きたいの?


 別に話してもいいけど、あんまり面白い話じゃないぜ。なに、それでも聞きたいって?

 ならしょうがないな。ところでアンタ高校生?まだ就活はしてないの?だったら、社会人の先輩として、一つ忠告しておく。仕事はちゃんと、考えて選べ。


 無職よりはマシだから、とにかく就職しなくちゃいけないって考えだと、とんでもない仕事をさせられることになるぞ。まあ、俺がそうだったんだけどな。

 これから話すのは、そんな俺の働き先で起きた出来事なんだ……




             ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇





 まだ外は暗いというのに、俺は暑さで目が覚めた。まったく、夏は寝苦しくて嫌になる。

 枕元にある時計を見ると、三時五十五分。後五分で起きなければならない時間だ。

 働いているのだから、当然起きて仕事に行かなければならない。たとえどんなに気が乗らなくても、それが社会のルールなのだから。


 月曜の朝は、いつも憂鬱になる。それは学生の頃から変わらない。いや、むしろ今の方がより一層憂鬱かもしれない。

 あの頃は良かったな。仲のいい仲間たちと毎日ワイワイ騒いで。それに比べて今は、毎日上司にガミガミ言われてばかり。


 俺が今勤めているのは、とある製造業の会社。工場をいくつも持っていて、仕事もちゃんと取れているから、収入は安定している。しかし、俺はどうもこの仕事が自分に合っているとは思えないのである。こんな仕事、続けていて意味があるのかなあ。まだギリ二十代、転職するなら今のうち……


 いや、何を考えているんだ、社会に出れば少なからず嫌な事なんてあるものだ。そう言い聞かせながら自分を奮い立たせる。

 こう考えるのも学生時代に先生から『ちょっと嫌な事があったからって止めるような根性無しにはなるな』と、耳にタコができるくらい言われていたのが原因かもしれない。俺は人の影響を受けて、流されやすいからなあ。


 おっと、物思いにふけっている場合じゃないか。早く出勤しないと。




 俺が働いている工場は、町から離れた山の中にポツンとある。

 生産ラインを増やしたいけど、町にある工場にはもう増設するスペースが無かった。だからわざわざ離れた場所にこうして新たな工場を建設したのだと、先輩から聞いた事がある。


 俺がここに配属されたのは先月の始め。遠いし、山の中だし、周りに何も無いしで、立地条件は最悪。出来ることなら、こんな所に配属されたくはなかった。そしてもう一つ、ここにはある噂があった。

 こっちへの配属が決まってすぐに、同僚の一人が教えてくれたのだ。あの山の中の工場には、何でもらしいと。

 最初は笑い飛ばしたけど、その同僚は真剣な顔で言っていた。


『これ、マジだからな。お前も知ってるだろ、あそこに飛ばされた人が次々に辞めているって話を』


 それはよく知っている。どんなに働きなれたベテラン社員でも、あそこに行ってしばらくすると退職、もしくは転属願を出すという話は、社員の中でも有名だった。それじゃあ、本当に?


『俺の聞いた話では、倉庫の中に幽霊が出るそうだ。何でも探し物をしていた社員が、棚の上から落ちてきた荷物で頭を打って。すぐに病院に運ばれれば助かったかもしれないけど、発見が遅れてな。それからずっと倉庫の中をさ迷っているらしい』


 よくある怪談。しかし、これから自分が行かなければならない職場でそんな事があったのかと思うと、やはり気分が悪い。何もこんなよけいな話をしてくれなくてもいいのに。

 しかしいくら嫌がったところで、決定は変えられない。。しぶしぶ山の工場で働くことを受け入れた。辞めるわけにもいかなかったからな。




 さて、工場職員の朝は早い。まだ暗いうちから起きて出社し、朝の6時には機械を動かさなければならない。

 こんな話をすると、朝は大変だろうと言われることが多いけど、慣れてしまえばあまり苦にならない。それよりも問題なのは終わる時間だ。


 この工場では、終業時間が決まっていない。一応定時はあるものの、その日のノルマが終わっていなければ、いくらでも残業しなければならないのだ。遅くまでかかるか、ちょっと遅い程度で終わるかは、やってみないと分からないというのは、精神的に参る。


 この日も一生懸命働き、ノルマを達成させることができた時には、時刻は一時になろうとしていた。


 ……一時というのは、夜の一時の事である。






 ※麗子さんのコメント


 朝の六時から深夜一時まで働かされるなんて、とんだブラック企業ね。

 言っておくけど、これからちゃんと幽霊は出てくるから安心してね。こんなに働かせる会社が怖いって言う話じゃないから。

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