第2話 中央寺院へ
「あの男、許せません!成り上がり者のくせに、私を完全に無視していましたね」
ゴダールの館を出たエイダは怒りで顔を紅潮させていた。本来は真っ白できめ細やかな頬が、血を滲ませそうなほどの赤色に染まっている。
「はい、いかにゴダール様とはいえ、先程のなされようには私も違和感を覚えました。ですがあれほどの方です。何か深い考えをお持ちなのではないでしょうか?」
とりなすようなサイファの言い方が気に入らなかったのか、エイダはふんと鼻で笑うと、
「深い考えなどありませんよ。あの男は父上の件で私に嫌がらせをしているのです」
と吐き捨てた。
エイダの父は屈指の名門貴族出身である。血筋からいえば中軸魔術師職にはエイダの父が就任していてもおかしくはなかったのだが、彼はゴダールとの政争に破れていまは閑職に追いやられていた。
サイファから見れば、エイダの父は慈悲心にあふれる人格者だ。候補者の誰よりも中軸魔術師に相応しいように思える。だが、政治の世界というのは人がいいだけでは務まらないらしい。今や魔術界はゴダールとその一派に牛耳られていた。
「ゴダールは父に勝利しました。だが、あの男はただ勝利しただけでは満足できない卑しい心の持ち主なのです。娘の私までいたぶって優越心を更に満足させたいのでしょう」
「だからエイダ様にあのような態度をとって侮辱したと?」
「それだけではありません。恐らく、私を罠にかけようともしています」
「罠、ですか?」
その可能性はサイファも考えている。だがここでしたり顔に仮説を述べることは僭越というものだ。サイファは黙ってエイダの意見を聞くことにした。
「記憶にある限り、不死者が死んだなどという事例はかつて起こったことがありません。いかに”秀才”のお前がいたとしても、必ずしも原因を突き止められるとは限らない」
エイダの「秀才」という言葉には必要以上の力が籠もっている。ゴダールにはもちろんだが、彼女は秀才と褒められたサイファにまで腹を立てているのだ。
「調査がうまく行かなかったら、ゴダールはそれを理由に私達を降格するつもりでしょう。私は上級魔術師からただの魔術師に、お前は魔術師見習いに逆戻りです。そうなれば、もう私達が魔術省で日の目を見ることはできません。父ともども一生飼い殺しです」
重度の魔術依存社会であるこの国を動かしているのは魔術省である。この国には幾万もの魔術師が存在しているが、魔術省の本省で政治に関われるのは上級魔術師以上の役職を持つ者と決められている。
現在のエイダは父の威光の名残もあり、どうにか本省へ出向くことのできるぎりぎりの地位にいる。だが、もし一段階でも降格となればもう本省への出入りは許されない。政治的に死んだも同然の身となるのだ。
「では、そうならないようにこちらも必死でやるしかありませんね。早速死体のある中央寺院へ出向きましょう。エイダ様」
「どう調査するかの手順は私が決めます!お前は私に黙ってつき従っていればいいのです」
促すサイファにエイダがぴしゃりと返した。
「これは、失礼いたしました」
一歩下がってサイファは深く頭を垂れた。でしゃばり過ぎたようだ。
「不死者の死、私はこの事件を自分の力で解決します。ゴダールの思い通りになどさせてたまるものですか!行きますよ!」
大股でエイダは歩きだす。濃紺の術服の間から白い脛が見えるのも構わないほどの急ぎようだった。エイダの父がこの場に居たらこの無作法にさぞ怒るだろうとサイファは思った。
「まずは、どちらに向かわれるのですか」
問うサイファにエイダは足を止めた。宙を見つめ、額に手をあてながらじっと考える仕草をする。もう一度声をかけようとしたとき、彼女は何かに納得したように手を打つと、
「ここはやはり、中央寺院ですね」
と、さもあたりまえのように答えた。
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