2018/07/27『変わらないで、終わらないで』
季節は冬。学校の教室。無人。よく言うと歴史を感じる、悪く言うとちょっと古い。最近付け替えられたのであろう、扉だけは教室の雰囲気から浮き上がったように新しい。その扉が勢いよく開く。
転がり込むように教室に入ろうとした女子生徒は、パッと突然後ろに下がった。続けて入ろうとしたもう一人の女子生徒にもろにぶつかる。更に、跳ねた髪に顔面をぱしんと打たれる。
「ぶぇっ、何、何なの」
「この教室あっつい」
「えっ、むしろそこまでエアコンが効いてることに感謝したらいいんじゃないかなと思う」
「冬は寒いじゃん」
「うん」
「でもここは暑い」
「あったかいねぇ」
「おかしい」
「あー、確かに」
「ねぇちょっと二人とも」
新たな声が聞こえて二人は振り返る。学生服をしっかりと着た男子生徒が立っている。
「寒いのがいいなら廊下にいろよ、充分寒いから。というか入って閉めるか出て閉めるかどっちかにしてくれない? 勿体ない」
「あーまたそういうこと言う〜つまんない〜」
「いやもっともでしょ……」
とりあえず、とぶつかられた女子生徒はもう一人の肩を掴む。そのまま廊下に下がらせて、手を伸ばして肩越しに扉を閉めた。
「さっむい」
「まぁ冬だからな」
「冬だねぇ」
窓の外は暗い。冬の夕方特有の、灰色の空気が広がっている。昨日まで僅かに積もっていた雪は、この土地特有の強い風によって吹き飛ばされていた。風が吹くたび、廊下の窓はかたかた揺れる。
その音がよく聞こえるほど、学校は静かだった。
「ねぇなんでこんなに人いないの? 怖いんだけど」
「放課後だから当たり前だろ」
「……ってことは誰かこっそりエアコンつけてたんだ、しかもそのまんま帰ってるし。ははっ贅沢〜」
「えっ、なんでわたしたち廊下にいるの。寒いのに」
「いやお前が教室暑いって言うから出たんだろ!?」
「ちがうよ〜〜こいつが勝手に廊下にわたしを出したんだよ〜〜」
「勝手にって。電気代の節約のために私は動いたまでなんですけど」
「もう入っていい? つか俺入る、寒いわ」
扉をごく一般的な速度で開けて教室に入ろうとした男子生徒の背中を、勢いよく白い手が押す。だが男子生徒は動じることなくそのまま教室に入った。
教室にこもった暖かい空気が揺らめく。背中をぐいぐい押しながら、押されながら、二人は進む。最後に入ったもう一人は扉を閉めて、冷えた肌が温まる感覚にため息をついた。そのまま二人の方に歩みを進める。
「二人はいつ帰るの?」
「別にいつでもいいかな。部活も無いし」
「わぁ暇人〜〜」
「お前もだろうが」
「私も正直どうとでもなるから、あなた次第だね」
「えっ、じゃあ帰って」
「うわ冷たっ」
「あらー。まぁあなたがそう言うなら帰りましょうか」
そう言い、女子生徒は自席に向かい帰りの支度を始める。机の上にリュックを置いて、ものを順に詰めていく。白い筆箱、オレンジの小物入れ、教科書、本、手帳、ピンクの大きな水筒。詰め終わると、灰色のコートを着てそれを背負った。
「ねぇ」
「何?」
「いや、こっちにきいてる」
「あっそう」
「……えっ私? 帰るよ?」
「えーー。なんで帰るんだよ」
「いやお前が言ったんだろ」
「このやり取り何回目?」
「いっぱい」
「そうだね、いっぱいだね。……で何?」
「いや、特にないけど」
「無いんかい」
「無いけど?」
「やっぱもうちょっと喋ろうぜ」
「おー。いいよ」
リュックのまま机に腰掛ける。今の教室に、それを咎める者は居なかった。
その代わり男子生徒はもう一人の女子生徒を見て、呆れた顔を浮かべている。
「お前ほんと勝手というかなんというか。すごいな」
「あっ褒められた。どうも〜〜〜」
「いや褒めてないから」
「聞こえないーーーわーーー」
「聞こえてるじゃん」
冬の夜は早々とやってきて、もう窓の外は暗くなろうとしている。煌々と明るい教室の室温は、小さな機械音と共に保たれている。
ふわりふわりと三人の言葉が、暖かな空気を揺らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます