2018/07/23『百回目の物語』-C
五分ほど、ヤクは天井に向かって話し続けた。いつ息継ぎをしているのかわからないほどに切れ目なく、台詞を諳んじているかのようにとめどなく、ヤクは話し続けた。
話し終わったヤクは、くっと首を奇妙に傾けて僕の方を見た。その顔にはいつもの笑み。蝋燭の灯りに照らされて揺ら揺らと揺れる。
「ひとーつ」
首を比較的正常な位置に正して立ち上がったヤクは最寄りの蝋燭をふっと消した。
振り返って、二本指で僕のことを指さして言う。
「ふたーつ」
次はお前が話せということらしかった。
*
「きゅうじゅうきゅー」
ヤクが楽しそうに両手でパンっと燃えている芯を挟んで火を消す。絶対に熱いはずだがその様子は一切無い。
通算99話目である、ヤクの50話目が終わった。
やっぱり面倒だったから、話を極力短く終わらせることを徹底していたら案外あっさりここまで来てしまった。
火を叩き消したその勢いで、ヤクは奇妙なリズムで手を叩きながら朗々と話し出した。
「えぇ、百物語は、百話目が終わると本物の”怪”が来ると言いますね。はい、ということで、というわけで、これにて、我らの百物語はおひらきでございます」
そう言うなり、ヤクは床に座って僕の大腿骨に頬を乗せた。百物語をしようと言い始めた前のように。
ヤクのやけに冷たい頬の温度を太腿に感じながら、僕はどろりと溶けた蝋燭の残骸の中でまだ灯っている、最後の1本を見つめていた。
揺蕩う。ゆらゆらと揺れる。揺れ続ける蝋燭のひかり。
「ヤク」
呼びかけるも、ヤクは目を閉じて答えない。その代わり頬を擦り寄せた所を見ると、大腿骨からの愛の言葉でも囁かれている最中なのかもしれない。完全に忘れていたけれど、この百物語は僕の大腿骨が提案したものだった。
百物語。
始めたのならやっぱり、百話話さなければ。
これじゃ終われない。偶然にも、まだ僕らの世界は夜の中にある。
久々に本心から笑った。百物語の百話目、最後の話をしよう。
太腿の上に落ちたヤクのぱさぱさした三つ編みを見下ろしながら僕は話し始める。
「ヤクは僕が面倒だから何もしたくないって言った時『生きるのに向いてない人間』って僕のことを呼んだね」
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