2018/07/23『百回目の物語』-D

 どうして僕が何でもかんでも面倒に感じるか話したことは無かったしヤクも聞かなかったね。別に言おうとも思わなかったしどうでもいいだろうって思ってたけどどうなんだろう。まぁヤクは僕の骨が好きだから僕のこと自体には興味が無いかもしれないね。

 僕はよくデジャブというものを見る。見るというか知っているという感覚に近いかな。観たことのあるアニメの再放送を何度も何度も観ている気分。観た事のある顔の男の子が聞いたことのある台詞を言う。観た事のある太刀筋がきらめいて悪役が聞いたことのある叫びを上げて殺される。僕が見るのはそういうもの。

 つまり僕の人生はある意味再放送なんだ。何度目か分からない再放送。どんなことをやっても何をしても結果がわかる。顛末がわかる。自分の性別とか年齢とかそういう細かいところは違ったりするけどその基準はよくわからない。ただ何もかもがわかっているというのは相当心にくるみたいだよ。何度目かの自分は何故自分が再放送されているのかということを突き止めようとしていたみたいだけど僕はやらない。突き止めてみようかと思ったけどその瞬間結果がわかった。わからないんだ。どんなことをしてもわからない。僕が何度も人生を繰り返している理由はわからないということだけはわかる。そんなことわかって意味あるのかって思うよね。過去の自分はますます心がしんどくなって自殺を選んだりした。今の僕は取らない選択肢だね。自殺してもまた再放送されることがわかっているから。だって僕はまたここにいるじゃないか。それが一番の証明。

 だから僕は何もかもが面倒なんだ。何をするにしてもわかってしまうならやらなくても良いだろうと思うんだ。生きていく上で人間が取れる行動のバリエーションって意外と少ないんだよ。何十回目か何百回目かわからないけど繰り返してきたからわかる。

 ただ例外というものはどんなものにも存在する。それは今のところ僕という再放送の中で2人の人間として現れている。

 その1人が君だよヤク。君だけは例外だ。君のすることは全てわからない。

 もう1人は何回か前の再放送の僕と同じ村に住んでいた人だ。正確に言えば定住していた僕と違ってその人はふらりと引越してきた人だった。その人のことは何もかもがわからなかった。何もかもがわかる僕にとって何もかもがわからない存在は僕史上初めてだったから僕はとても嬉しかった。いろんなことをした。話をしたり食事をとったり喧嘩したり賭け事をしたり恋をしたりまぐわったり旅をしたりただ一緒にぼーっとしたり2人で出来ることを僕は何もかもやった。幸せだった。だから他のこともやりたくて僕はその人を殺すことにしたんだ。自分の手でいろんなことをしようと思った。

 勿論僕は人を殺したり罪を犯したことがある。捕まったり死刑になったりしたこともある。酷い目にあったこともあれば馬鹿みたいに稼げたこともある。ちょっと前の新聞をめくればその時の僕の顔が犯人として載ってるよ。だいぶ前の文献には妖怪として書かれてる。それを見た時はさすがに笑った。

 どんな人をどんな風に斬ったり打ったり叩いたり潰したり溶かしたり焼いたり食べたり犯したり埋めたり吊るしたり締めたりなめしたりほぐしたりまぁ色々したりしたらどうなるかはよくわかってる。でもこんなに何をしてもわからない人だからきっとまた僕のわからないことをしてくれると思った。

 最高だったよ。今まで聞いたことない声を上げてくれたし何もかもが味わったことのない感覚だった。わからなさすぎて困ったくらいだった。わからなさすぎて困るなんてそんな幸せなことがあるなんて信じられなくて僕は本当に嬉しかった。

 僕はねヤク。その人の両目を潰した時最高の幸せを感じたんだ。その人はその時僕のことを怖がっていたから捕まえるまでが凄く大変だった。だからなんとか捕まえられたことがまず嬉しかった。相当僕のおかげで身体が痛かったはずなのによくあんなに走れたね。村中走り回って助けや逃げ場を求めてたけどかなり無駄だったんだよ。もう村の人は僕が全員殺していたし逃げられる場所は全て知っていたからね。何回目だったかよくわからないほど僕はあそこで生きていたからそういうことをするのは簡単だったんだよ。村の中を走り回れても山を越えるほどの力は無かったみたいだからヤクが村の外に行くのも無理だったしね。

 捕まえる時はちょっと苦労した。走り疲れて少し遅くなった時を狙ってまず腕を掴んだ。まだ逃げようとしたから僕は腕の骨を握り潰してからもう片手で頬を殴った。そこまでしたら気力が無くなったみたいでくたりと座り込んだから僕はそのまま右肩を押さえて右手で両目を抉った。

 確かにヤクの言う通り言葉では表せない音がしたね。凄い音だった。音以外の感覚も何もかもが凄かった。ひとつひとつは簡単なことなはずなのにわからないことがたくさん詰まっていてその瞬間僕は本当に幸せだったんだよ。だからヤクが夢に見るほど覚えていてくれて僕は嬉しい。

 ただ最後に見えたのが空の青色だったのはちょっと悔しいな。どうせなら僕を見て欲しかったし見てくれていると思っていた。ヤクは逆光で僕のことが黒く見えたみたいだけど僕はヤクの何もかもが見えていたよ。

 結局そのあとヤクは死んじゃったね。死ぬ直前まで僕に向けて言っていたことや死ぬタイミングまで僕にはわからなかった。僕は嬉しくて仕方がなくてヤクの身体を全部食べた。始めて食べる味がした。

 それからしばらくして僕は病気で死んだ。確か五十何回目かの癌だった気がする。それからあとはまたわかることで満たされている僕の一生が何回も繰り返された。

 まぁ長くはなったけどこれで終わりかな。僕が面倒に感じる理由はつまりそういうことだったんだよ。おしまい。

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