2018/07/23『百回目の物語』-A
僕らは色々欠けている。
ヤクの三つ編みにされた質の悪い髪の毛。ニッコニッコと音が出そうなほどに持ち上がった口角、楽しそうな作り笑顔。
それが僕の上で揺れる度、欠けてんなって思う。
ヤクは、僕のことが好きらしい。
正確に言うなら、ヤクは僕の骨が好き。
僕は自分のことそんなにまじまじと見たことが無いから知らないけど、ヤクにとって僕の骨は「雨上がりの虹のように理想的」らしい。
というか生きてて自分の骨について真剣に考える人、病気とかじゃ無い限り居ないんじゃないかな。僕の骨もヤクに告白されるまでは、僕に意識すらされることは無かった。
今のヤクの恋人は僕の右脚の大腿骨。昨日までは左の肩甲骨だったけど、右の肩甲骨と色々揉めて悲しい別れをしたらしい。
らしい、というか僕もその場に居た。詳しいことは知らないけど、ヤクが悲しそうだったのは分かる。ヤクが僕の肩甲骨の上でぼろぼろ泣いてるのを、ベットにうつ伏せで寝ながら聞いていたからだ。
別れてすぐに付き合うのはどうなんだろう、人だったらよく軽いとか言われることもあるみたいだけど、相手が骨だから僕にはいまいちよくわからない。
ヤクは今、ベッドに座った僕の大腿骨に頭を乗せ、幸せそうに目を瞑っている。比較的楽な体勢なので僕も有難い。ヤクが肋骨に一目惚れして猛アタックをしたときや、頭蓋骨とこじれて心中しかけたときはしばらく痛みが続いて大変だった。ヤクも度胸があるのか無いのか、勢いはいいのに完全に遂行できることは少なくて、中途半端だから更に痛い。
痛いのは好きじゃない。痛みというのは一日中、ずっと脳味噌に訴えてくる。うるさい。うるさいからどうにかしようとする、そういう手間が面倒。
色んなことが面倒だから、僕は正直何もしたくない。こうやって考えることも本当は嫌だし、嫌という感情が浮かぶことも面倒で、あぁだから考えることはしたくないんだ。勝手に浮かんでは消えて、そのくせ必要な時には停止する。
ヤクは初めてこの僕の特性を知ったとき、僕のことを「生きるのに向いてない人間」と言った。
大当たりだと思う。
死ぬために何かするのが面倒だから生きてるだけで、僕自身は別に生きたいわけじゃない。誰かに殺してもらうのが一番なのかもしれないけど、何も言わず殺してくれる人じゃないと色々面倒だし、そういう人を探すのも面倒。
食べ物に好き嫌いがあるみたいに、生きるのに好き嫌いがあっても良いだろう。自分はとりあえず生きるのは嫌いだ。ヤクはどうなのだろうか、となんとなく目を向けてみる。
ちょうどその時、目を瞑りながら何かをボソボソ言っていたヤクが、突然声を張り上げた。
「百物語ですか、百物語ですね、えぇ、えぇ、それは、それはとても素晴らしいお考えだと思います。季節は夏、夜とはいえ、暑さは地獄のような昼の残り香のようにじわりと肌を焦がしております。心から涼もうということですね、えぇ、素敵です」
大腿骨から顔を上げて、焦点の合わない目が僕をとらえる。
ヤクの目は常に、焦っているように動き続ける。近くで見ると、瞳孔も収縮を慌ただしく繰り返しているのが分かる。
ヤクの身体は薬漬け。世界に数人しか発症していない奇病を治すために投与された大量の薬は、ヤクの身体をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。だから僕はこの女性のことをヤクと呼ぶ。
「あなたも、参加されませんか、百物語。背筋に氷をつ、と落とされた気分になれますよ」
かすれたり張り上げられたり裏返ったり忙しい声が、僕を楽しそうに誘う。
参加されませんか、というか僕の大腿骨が提案した時点で既に僕の参加決定だよね。
大腿骨はこの流れだと聞いてるだけだろうし、実質二人の百物語。100÷2、50。50話。50話話すか、100話見てるか。
ヤクは静かに僕の答えを待っている。静かなのは口だけで、目や身体はせわしなく動き続けている。ふ、とため息が出た理由は、面倒くささだけでは無い気がした。
「いいけど僕準備しないからね」
一息で言い放つと、ヤクはいつもの笑みを二イィと深めた。
「はい、えぇ、えぇ、勿論です、では少しお待ち下さい」
*
蝋燭の灯りは人の意識を飛ばす傾向がある。そう思うけどこれは僕だけなのかもしれない。見ているだけで時間がみるみる動く。揺蕩う。面倒な考え事も浮かばない。これはいい。面倒が無くなった。
「でき、ましたできました!」
ヤクの声で一気に引き戻されて顔を上げる。その勢いは僕の思っている以上にあったのか、驚いたらしいヤクはぴくりと身体を揺らし、声に出さず「じゅんび」と口を動かした。怯えた小動物を見ているみたいで申し訳なくなったので、面倒だけど笑顔を作ってありがとうと言う。ヤクは気味が悪いほどに照れて、身体をぐにゃりと曲げた。
蝋燭の灯りを見ているうちに部屋の様子はガラリと変わっていた。燃えそうなものは今座っているベットのシーツ以外取り除かれ、ぎりぎり歩けそうな隙間を開けながら日の灯された長い蝋燭が何本も何本も立ち並んでいる。数えていないけど百本あるのだろう。確か百物語にもルールがあって、話したら鏡を見るとか行灯がどうたらとかあったはずだけど、特にそういう規則とかは気にしないのでこれでいいと思った。
ヤクがまるで質問の答えを待つかのように僕の様子を伺っているので、部屋をもう一度ぐるりと見渡してから頷くと、ヤクはがばりと天井を見上げた。
「それではそれでは、始めさせていただきましょう、百物語、百物語」
天井に向かって叫ぶ、そしてそのまま天を仰ぎながら、ヤクが一つ目の物語を紡ぎ始めた。
「
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