劉 慈欣 「三体Ⅲ 死神永生」

 この「死神永生」を持って「三体」シリーズは完結する。「死神」は“ししん”と読むので注意されたし。


 さてこの作品、読む前は少し不安だった。前作が実に見事に大団円を迎えていたので、もういいじゃないか? ヘタするとシリーズの価値を貶めやしないか、と危惧したものだが、読んだらそんなものは吹っ飛んだ。杞憂以外の何物でもなかったのだ。

 いやもう凄い。ここまで気宇壮大に仕立て上げるとは……これぞワイドスクリーンバロック! 一歩間違えれば無茶苦茶なだけの大風呂敷を、最新の科学理論とも整合性を持たせて破綻なくフィクションとして成立させている。見事だ。

 時間スケールは数百億年を超え、舞台は宇宙全体。作者の頭の中はどこまで飛んで行くのか? それほど超越的な世界が拡がっていた。解説にもあったが、なるほど「百億の昼と千億の夜」、「果てしなき流れの果てに」、「ディアスポラ」の系譜に連なる超時空SFだと言える。

 これはもう紛れもなくSFそのもの。SFにしか描けず、物語れない世界の物語だ。よって一般読者は置いてきぼりを喰う可能性が高いと思えた。作者もそうなるかも、と思っていたらしい。だが実際はこの「死神永生」こそが三体シリーズの人気を不動のものとしたらしい。ひたすらどでかい物語は場合によっては多くの人々の心を捉えるのかもしれない。

 当方も捉われてしまったクチだ、「囚われて」と評するべきか。こういうトンでもスケールの世界は大好物。そんな世界に浸る時、夢見心地となり、至福の域に至れるのだ。SFはそんな気分にさせてくれる一番のジャンルなので好きなのだ。三体シリーズはその望みを最高の形で叶えてくれた。



 至福の時と記したが、「三体」世界は実は非常に過酷で残酷な論理の上で成立している。

 百億年以上もの永い年月を無数の宇宙文明社会は互いを滅ぼそうとしのぎを削り、決して歩み寄ろうとはしない(暗黒森林理論)世界だ。その戦いは超絶を極め、恒星を一撃で破壊するだけに留まらず、物理法則そのものを武器として宇宙全体の次元数までも操る、なんてことまでやってしまう。これは全宇宙を最低次元に落とし込む末路を予感させるもので、結局自分の首をも締めることになるものだ。だがそれでも宇宙文明社会は互いの「戦争」をやめない、そういう世界だ。これも全て「暗黒森林理論」が全宇宙に適用されているから、絶対に互いを信用できないからなのだ。

 作中で誰かが言ってたか、「滅ぼされるよりはいいじゃないか」。いずれ最低次元の中に閉じ込められるとしても、他の文明に滅ぼされるよりはいい、と考えるらしい。

 救いがないなぁ……


 だが物語のラストには救いの片鱗らしきものが見られる。この作品世界の宇宙はどうもいずれ収縮に転じ、最後にはビッククランチを迎えるらしい(現在の宇宙論では無限に膨張すると言われている。それも膨張速度が常に上昇する加速膨張インフレーションが続いているとか。いずれ周りには星も何も無い、素粒子一つどころか放射も無い、ブラックホールすら蒸発してしまう平衡の世界に辿り着くとか)。一点に収縮し、再びビッグバンを迎えて新宇宙の創生となるのだそうだ。

 物語は主人公たちが彼らの宇宙の記憶を次代の宇宙に渡そうと「生命球」を残すところで幕を閉じる。


 ひたすら壮大なスペクタクルが続く物語だったが、最後は静かに幕を閉じた。絶望しかない世界だったが、新宇宙では或いは、と期待させる幕引きであり、希望らしきものを感じさせた。



 このシリーズ、最初はちょっと最新科学理論で味付けされた侵略テーマSFなのかな、と思って然程期待していなかったが、読み進めば進むほどドンドン引き込まれてしまった。それは自分が好むSFの醍醐味が濃厚に詰め込まれた作品だったからだ。実に幸せな時間を過ごせた。作者には感謝する。


 

 智子の“コスプレ”も見どころだったな。

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