劉 慈欣 「三体Ⅱ 黒暗森林」

 昨年刊行された「三体」の続編が「三体Ⅱ 黒暗森林」だ。「暗黒」、じゃなくて「黒暗」。これ、間違えやすいので気を付けるようにw

 

 この作品のテーマは、一言で言えば「フェルミのパラドックス」になる。フェルミのパラドックスとは、我々人類は何故地球外知性体と遭遇しないのか、に対する様々な思考実験だ。

 そもそも宇宙に知性体は人類しかいない、とか。地球に到達できるだけの技術レベルに達した文明は未だない、とか。何らかの理由で接触を控えているとか。色々ある。これらは全て思考実験の域を越えない。


 さて、この作品で語られるパラドックスの回答とは? 「猜疑連鎖」、「黒暗森林」という言葉に集約されている。

 これが何を意味するかというと……それはもう、過酷を極める非情の論理だった。

 宇宙に二つの文明があるとする。それら文明が互いの存在を知ったとする。さて相手はどう反応するのだろうか? もしかしたら攻撃的で自分たちを滅ぼそうとするかもしれない。由来もなにもかも違う異なる世界で進化してきた種族の思考など分かるはずもないので、どう出るかなど想像できない。優しく平和的に手を差し伸べたとしても、たちどころに攻め滅ぼされるかもしれないじゃないか? 疑いは疑いを生み、際限なくなっていく……これが猜疑連鎖。

 ならばどうすればよい? 何とかコミュニケーションを成立させ互いを理解し合えばいいだろう、と思えるが、何しろ思考が根本的に違い過ぎる(と思われる)。とてもじゃないが理解できない、そもそもコミュニケーションなど取りようもないと考えるのが普通だろう。そうこうするうちに相手側に攻撃されてしまったら話にならん。相手の文明レベルが劣っていても、そのうち自分たちを追い越すかもしれない(技術爆発、と表現していた)。だったらやられる前にやっちまえ!

 ――というロジックが述べられている。どうも「三体」の作品世界では知的生命体がごまんと存在していて(少なくとも三体人はそう考えている。というか、確認しているのかな?)、自分たちの存在を知られたらヤバいので、なるべくひっそりと息を潜めているのが常識になっているらしい。それが地球外知性体とずっと遭遇しなかった理由になるわけだ。

 人類みたいに大声で宇宙に自分の存在を知らせるのは愚の骨頂になる。各宇宙文明は見通しの効かない森林の中をそろりと歩む狩人のようなもので、姿の見えぬ敵に常に怯えて生きていることになる。これが黒暗森林。

 何ともまぁ、救いも何もありゃしない……


 前作「三体」で人類は愚かにも自らの存在を三体人に教えてしまって、お陰で侵略の脅威に晒されてしまった(実質は登場人物の一人が抱いていた絶望感が招いたもの)。そして何故三体人が頑なに人類を滅ぼしにくるのか、共存しようとしないのか、その理由が明示されるのが今作というわけだ。それは人類にとって絶望を上書きするだけのものだった。

 彼我の科学技術レベルの差は途轍もなく大きく、しかも「智子」と呼ばれる魔法みたいな超AIによって人類の科学技術の発展が抑えられてしまって逆転の芽が見えにくくなっている。こんな状況でどうするのか? 物語は進めば進むほど絶望的になっていくが、ところが土壇場で物凄い逆転が起きる。それを成し遂げたのも猜疑連鎖と黒暗森林のロジックだった。これ、本当に痛快を極めるものなので、ここでは書かない。まだ読んでなくて興味を持った人は各自確認していただきたい。「こう来たか!」と、拍手喝采すること請け合いだ。

 さて、この「黒暗森林」でシリーズは見事に大団円したみたいになっているが、これは三部作の二作目。まだ次がある。どう続くのか分からないが、解説によると更にハードな展開になるらしい。どうなるのだろう?



 この作品、ハードSFにカテゴライズされているが、それよりもニュースペースオペラと言った方がいいような気がする。解説ではワイドスクリーンバロックなんて言っていたか。科学的論理の上に構築された宇宙冒険活劇の世界だ。いや、活劇と言うにはかなり緊迫感に満ちたハードな世界になるが。ベンフォードの銀河の中心シリーズに感覚が近いかな? いや、それとも違うか。独自なものと言うべきかな。

 翻訳作品になるが、文章は特に硬くはなく読みやすい。スラスラと読めて時間が経つのも忘れてしまった。訳者の技量の高さのお陰でもあるな。描写は努めて視覚的で映像がありありと目に浮かんだ。特に「水滴」と呼ばれる三体世界の先行偵察機――というか、攻撃機と言うべきか――と人類の宇宙艦隊との戦闘(実質は一方的な虐殺になった)は、脳内で大作映画が上映されたみたいになった。これ、映画化すると凄いだろうな。実際、そんな企画も進んでいると聞いたこともある。


 一つ要望。日本で漫画化するのなら星野之宣がピッタリだと思う。

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