伴名 練「なめらかな世界と、その敵」

 伴名 練 著「なめらかな世界と、その敵」

 この作品は短編集になる。収録作全ての感想を簡単に。


 まずは表題作の「なめらかな世界と、その敵」

 冒頭から場面がやたらと転換する様な描写があり戸惑ったが、これは世界線を移動していた事が直ぐに分かる。この物語世界の人間はその移動が自由にできる様になっていてるらしい。そういう能力を持っているのだ。しかし、その能力を失う者もいるようで……

 リリカルな青春小説の趣がある。


 「ゼロ年代の臨界点」

 ゼロ年代というが2000年代ではなく1900年代。架空SF史の物語。明治時代の女学生の間から日本SFが始まったという前提の話になる。ネットワーク知性云々のくだりがあるが、サイバーパンク運動を意識したものなのかもしれない。「ブラッドミュージック」をなぞらえたと思われる記述があったりする。


 「美亜羽へ贈る拳銃」

 神経伝達を操作して固定された感情は本物なのか? そこに自由意思はあるのか?――と声高に疑問を述べる事はなかったが、心の在処に対する不安感は強く表れていた。イーガンも似たテーマの話を書いているが、アプローチはかなり違う。これは恋愛小説かな? 

 この作品は伊藤計劃トリビュートに寄稿されたものだそうで、となると……美亜羽の名の由来はあの娘?


 「ホーリーアイアンメイデン」

 この話も自由意思の在処に対する不安感を表しているのかな? 善導という一種の超能力で人々の心を操って世界平和を進める姉に対して恐怖を感じる妹視点で物語が進む。語り手の妹は善導を良しとせず、ささやかな(しかし重大な)抵抗を試みた。それは自由意思の叫びなのか?


 「シンギュラリティ・ソヴィエト」

 シンギュラリティはAIの進化が人類の予測を超えて理解不能の領域に至ることを指す。そんな時代となったら人々は何を感じるのか? 不安感や不気味さをこれでもかと表現している。舞台となる世界はソ連が崩壊しなかった世界線の未来。ディストピアを極めたような社会となっていて、とんでもなく不気味。でも妙に惹かれるものも感じた。これは作者の狙いなのかな? ラストは正に特異点、理解できなかったw


 「ひかりより速く、ゆるやかに」

 大容量データ通信に介入する事により高速移動体を凍結、いや極めて遅くさせて交通手段を制約させられた世界の話。どうも地球外文明の介入があったらしいが、物語上その追及は殆どなく主人公による密かな恋慕が綴られて物語は進む。これも青春小説、若しくは恋愛小説的側面が強く表れた作品だった。


 以上が収録作全ての感想。全般的に青春時代のリリカルさを描写した純文学的色合いの濃い作風だが、それでもしっかりと本格SFしていた。

 「シンギュラリティ・ソヴィエト」はストレートにコアな本格SFかな。個人的にはこのタイトルが一番好きだ。

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