谷甲州(航空宇宙軍史について)
現在(2019年9月初めの時点)発売中のSFマガジン10月号に谷甲州氏のデビュー作「137機動旅団」の長編版が掲載されている。これを読んでいる時、以前「航空宇宙軍史」について書いたことがあったのを思い出した。保存していた記録メディアを調べてそのデータを見つけたので、ここに載せてみる。これは航空宇宙軍史・完全版について書いたものだ。
航空宇宙軍史完全版とは、2016年に刊行され始めた谷甲州によるハードSF(今回はSF定義はやらないので、ハード云々に関する意見はナシ!)作品群のこと。約40年前くらいから発表されていたシリーズを時系列順に構成して、改めて刊行したものだ。完全版と銘打つただけに、作者による加筆訂正もかなりあり、記憶があやふやな面もあるせいだが、殆ど新作を読んだ読後感となった。
この作品は航空宇宙軍と呼ばれる組織を軸に描かれた同一の世界線を舞台とする。前半の2巻までは、主に第一次外惑星動乱前夜からその終幕までを描いた作品群で構成されている。この2巻までの時点では人類は太陽系世界に広く進出しており、だいたい土星圏まで居住圏を確立し、行政単位が成立している。つまり国家と呼びうる単位が成立している。
そしてカリスト、ガニメデを中心とする外惑星連合と地球―月連合及び航空宇宙軍との対立と戦争が描かれている。
こう書くとこの作品はミリタリーSFのような印象を与えるが、読んでみるとかなり違う。航宙艦同士の戦闘などはあるが、よくある戦争SFとは違い派手にビームやミサイルを撃ち合うとか、緻密な戦術描写などがあるわけではない。いや、戦術描写はあるのだが、所謂艦隊陣形の構築とか戦力投入のタイミングなどの描写ではなく(いや、それもあるのだが主軸ではない)、宇宙空間に於ける位置関係が強調される。軌道要素や彼我の相対位置や速度、そして自艦の推進剤残量の問題などがこれでもかと描写され、これらをいかに精密に計算し、敵を上まる状況に持っていくかで勝敗が決まる――という描写が多い。この世界ではこれら要素の計算が重要な戦術となるのだ。
太陽系世界は広大だ。天文単位(1AU≒1.5億㎞)の拡がりは極めて広大で例え核融合機関を実現したとしても経済軌道を選択せずにはまともに飛行できないと言われる。推進剤を大量に積めばいいというわけではなく、比推力などを常に意識しつつ飛翔体の質量を計算しなくてはならず、力づくで飛行していくことはできない。一歩間違えれば即永遠の漂流を余儀なくされ、有人機となると悲惨極まる結果を生む。そんな世界で戦争行為を行うということは、それは凄まじく過酷なものに違いない。そんな息詰まるような緊迫感がこれでもかと描かれていた。
そけだけに巡洋艦サラマンダーの最期は衝撃で胸を打つものがあった。他の宇宙戦争ものとは一線を画すリアルなハードウェアSFと言える。
3巻と4巻は舞台が太陽系外の恒星間宇宙に拡がり、汎銀河連合と呼ばれる勢力との戦いに移る。それは単なる戦争SFの枠を超え、小松左京にも通ずる深淵で思索的な宇宙SFへと進化していく。「終わりなき索敵」などはシリーズの集大成と言える作品だった。
ここからは今回(2019/09/01)書き加えた部分。
4巻で完全版はいちおう完結しているが、航空宇宙軍史の世界は幕を閉じていない。「コロンビアゼロ」など新・航空宇宙軍史が始まっている。これは第二次外惑星動乱期の作品が中心になるらしい。冒頭に挙げた「137機動旅団」も新・航空宇宙軍史に入るらしい。ただ、「137機動旅団」はどうも汎銀河連合時代の物語みたいだ。
この「137機動旅団」だが、予想外に過酷な戦闘状況が描かれている。もっとクールに進むものかと思ったが、かなり悲惨な世界となっていた。航空宇宙軍史が初めて登場した80年代と違い政治やテクノロジーの情報も大きく変化している。その時代の流れが作品に反映されているみたいだ。今後シリーズはまだ続くと思うが、どう変化していくか楽しみである。
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