第2話 色鉛筆とタケル君

 図画工作は洋平の大好きな教科です。国語と社会、総合は難しいし、体育と音楽はあまりうまくできません。算数と理科は面白いところと面白くないところがあります。でも、図画工作はひとりで好きなように絵を描いたり工作をしたりすればいいので、ひみつきちづくりの大好きな洋平にとっては、まるで遊びのような、夢のような教科なのです。


 洋平が一年生の時、自分の絵を描くというかだいが出されました。みんなは画用紙にクレヨンで、思い思いに絵を描いていきます。みんなの絵を見ながら、先生は言いました。

「自分の手をよく見てください。はだ色だけじゃないでしょう。いろいろな色を使って、いきいきした絵を描いてくださいね。」

 洋平は自分の手を見ました。

 本当です。はだ色だけではなくて、白っぽいところも、茶色っぽいところも、青っぽいところもありました。

 そこで、洋平がいろいろな色を使って絵をかいたら、先生がほめてくれました。

「そう、洋平くん。よく見ていますね。とてもいいですよ。」

 洋平はとっても嬉しい気持ちで、自分がふくらんでいるように感じました。


 描きあがった絵は、教室にはることになりました。クラスの二十五人の絵がいっぺんに並ぶと、とっても迫力があります。洋平はとくいになって自分の絵を見ていました。

 ところが、女の子たちが洋平の絵を指差してくすくす笑ったのです。顔や手を、オレンジや青や茶色をまぜてかいた洋平の絵は、とても目立つものでした。むっとして、洋平が、笑っていた女の子たちの絵を見ると、自分の顔や手を肌色だけでぬっていました。

 洋平はちょっとだけいやな気持がしましたが、でも、あまり気にしませんでした。だって、先生にほめられたのですから!



 それで、五年生になった今も図画工作は洋平のお気に入りでした。今日は、好きな画ざいを使って絵をかくのです。クレヨンやペンや色えんぴつ、折り紙やビーズなども自由に使えます。

 お母さんは、洋平に三十六色入りのペンを買ってくれました。あかねさんのお下がりではない、新品のペンです。洋平はそれで、図画工作の時間をとっても楽しみにしていたのです。

 三十六色もある新しいきれいなペンは、みんなの注目の的になりました。

「洋平君、これかして。」

 ももかちゃんが、ピンクのペンを指さしました。

「おれはこれがいいな。」

 大樹くんは、緑のペンです。

 洋平は、みんなに喜んでもらえるのが嬉しくて、いいよいいよ、と言って、次々ペンを貸しました。何しろ色はたくさんあるのです。洋平は自分も絵をかき始めました。使いたい色を誰かが持って行っているときもありましたが、そのうち返してくれるだろうとのんびりかまえていました。

 ところが。

 だれかから返されたペンのふたをあけると、先がつぶれていました。きっと、クレヨンみたいに、力を入れてかいてしまったのでしょう。洋平はおどろいて辺りを見回しましたが、だれがペンをつぶしてしまったのかはわかりませんでした。そうこうしているうちに、返ってきたペンは、つぶれているものばかりになっていました。お母さんに買ってもらった、新品のペンは、またたく間にぼろぼろになってしまっていました。


 そこに、洋平の仲良しのタケル君がやってきました。タケル君と洋平とは家が近所同士で、よくカードゲームをして遊んでいました。

「洋平、これ貸してよ。」

「もういやだよ、こわれるから。」

 洋平は泣きそうになりながら言いました。すると、みるみるうちに、タケル君も泣きそうな顔になりました。みんなが貸してもらっているのに、自分だけ貸してもらえないのは、仲間外れにされているみたいに感じたのでしょう。

 どうしよう、と思っていると、タケル君は自分の席に戻ってしまいました。けれど、先生が、真っ赤な顔をしてなみだをこらえているタケル君を見つけました。

「洋平くん、タケルくんがペンを貸してって言ったら、いやだって言ったんですって? なんでそんないじわるを言うんですか。」

 担任の黒田先生がこわい顔をして言いました。タケル君はくしゃくしゃになった顔で、うつむいています。なみだの粒が一つ、机にこぼれました。

 洋平だって悲しいのです。タケル君にいじわるをしたかったわけではないのです。洋平はむねがつかえたようになってしまって、うまく話すことが出来なませんでした。ただ、つぶれたペンを黒田先生に見せただけでした。泣きだしそうだったけれど、一生けん命がまんしました。

 黒田先生は、あまり洋平のことを好きではないのだろう、と洋平は思っていました。よくしかられていたからです。




 それからしばらくしてから、洋平の友達が、タケルくんのたん生日パーティーに招かれていたことが分かりました。みんなはパーティーがどんなに楽しかったかを、にこにこしながら何回も話しました。

「すっごいケーキ作ったんだよな。」

「そうそう、世界で一番うまいケーキ!」

 タケルくんのうちに友達が十人くらい集まって、パン屋さんをしているタケル君のお母さんが大きなケーキを焼いてくれて、みんなでかざり付けをして食べたのだそうです。それからカードの交換をして、カードゲームで遊んだのだそうです。

 洋平は呼ばれませんでした。修ちゃんもコージも、ももかちゃんもさっちゃんも、仲良しはみんなよばれたのに、洋平は呼ばれませんでした。いったいどうしたのでしょうか。洋平が呼ばれなかったことと、色ペン事件とは関係がなかったのかもしれません。おうちが小さくて、子供をあまりたくさん呼べなかったのかもしれません。でも、洋平は、呼んでもらえなかったことが、とても悲しかったのです。もう、タケル君は洋平を友達だと思ってくれていないのでしょうか。


 あんまり悲しかったので、その日洋平は、家に帰ると真っ先にお母さんにその話をしました。色ペンをだめにしてしまったことも、せっかく買ってくれたお母さんには言いにくかったのですが、もうがまんできずに言ってしまいました。

 お母さんはうんうんと言って聞いてくれました。


「母さん、おれのたん生日にケーキ焼いてよ。」

 洋平はお母さんにお願いしました。


 もちろん、しばらくあとにやってきた洋平のたん生日に、お母さんはまるい見事なスポンジケーキを焼いてくれました。お父さんはちらし寿司を作ってくれました。洋平は、お姉さんのあかねさんと、弟の晴希と一緒にケーキのかざりつけをしました。あかねさんがきれいに生クリームを塗り、洋平と晴希がイチゴやチョコスプレー、ろうそくをのせていきます。出来上がったケーキはとってもごうかで、おいしくて、家族全員が喜んで食べたので、あっという間になくなってしまいました。

 洋平の、とっても楽しい思い出です。



 このころから、洋平はその日あったことや、昔あったこと、考えていることを日記につけ始めました。出来事や思っていることを話すのは苦手ですが、誰も見ていないノートに書くと、なぜだか辛いことも楽しいこともすらすらと書けるのです。でも、感想文や作文は苦手です。みんなが見て、先生が見て、これはいい作文だとかよくない作文だとか、字が汚いだとか言うだろうと思うと、何も書けなくなってしまうのです。だから、洋平は日記をつけていることを誰にも言いませんでしたし、学校にも持って行かず、お母さんやきょうだいにみつからないよう、机の引き出しにひっそりしまっておきました。自分だけのひみつを持つと、洋平は何だか勇気が出てきました。

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