第11話 神虫の凶払い

◇◆ 月面の世界



球体が穿たれ原型を留めていない月面で……原型を留めていない残骸の様な天使が泣いています。


それは胸を抉る悲痛な叫びです。


その慟哭を聞いて何も思わない者がいたならば『おまえは人間じゃねえ!!』……そのくらいの悲しみに満ちています。


ミカエルは慟哭する。


「再生だぁぁ!!再生だよぉ…再生なんだぉぉ!!」


ミカエルが自身に備える絶対の不死性……それは神が不要な世界と斬り捨て、その宇宙を消し去ろうとも、ミカエルはこの不死性により瞬時に復活できました。


そしてすぐに違う並行世界に移動して、その世界で天使としての務めを果たす。……今まではそうする事が出来たのです。


その不死がまるで破壊されたかの様に機能しない…どころか徐々に傷が広がり自身の存在が崩れていく。創造されて初めて味わう消滅の恐怖にミカエルは抗うすべ術を知りません。


そんな時に……その変化は唐突に起きました。


「なんだお?」



――――――――――――バジジジイジィ――――――――――――



宇宙空間が此処ではない何処からかの干渉……攻撃を受けて軋み始めたのです。


世界を隔てる摂理の壁を力ずくでこじ開け破壊しようとしている……その事実にミカエルはただ呆然とするしかない。


秩序を…摂理を破壊する圧倒的混沌の力…その力によって、次元の断層はガラスを粉砕する様にひび割れ―――――そして破壊されます。


その衝撃で宇宙空間が振動して、ミカエルの体全体に異常な怪音を叩きつける!!


――――――――――――ギュイイイイイイン――――――――――


破壊された空間を中心に宇宙全体が軋み悲鳴をあげる。………そして其処から次元を突破した破壊者が現れる。


この宇宙に帰還した破壊者たるサムライは拳を握りしめた。


それだけですっかり原型を留めていない月の地表が更に消飛びます。


武士の名は……


「己の名を言ってみろ……」


「は!?…はぁちぃぃろぉぉぉぉぉさぁぁぁん!!!」


鎮西蜂郎は無傷です。仮に彼をたおせる者がいるとすれば、それは彼自身以外に存在しないでしょう。


「あああああああああああああああああああああああ!?」


ミカエルは月が弾け吹き飛ぶ無重力の嵐を残った片方の羽でなんとか耐えきります。


熾天使として闘う力はもはや無い……しかし、自身の残された『最終の力』を発動するためミカエルは戦略的撤退を開始します。


これは只の逃亡ではありません。


これからミカエルは宇宙の中心に向かうのです。……其処から全天使の内で、最も神に近き者しか許されない『最終能力』を使用して『神』に危険人物がいるこの世界線の消滅を願い出る心算です。


(次元の壁を破壊して移動……概念すら無視した行動は認められていない!!…それは摂理に反する神への反逆!!どの様な手段を用いても蜂郎さんを排除せねばならない!!)


「はあああああああああああああああああああああああ――――――――――『神』よ!!」


宇宙の中心へと至るには膨大な力を必要とする。現在のミカエルにはそれ程の力は残されていない……、


なので力を貯蓄する時間を稼ぐため、ミカエルは自身の生存を無視した空間転移を開始します。


「はあああああああ『転移』『転移』『転移』『転移』『転移』『転移』『転移』『転移』『転移』『転移』『転移』『転移』『転移』はいいいいいいぃ!!『転移』『転移』『転移』『転移』『転移』『転移』『転移』『転移』『転移』『転移』……」


そのままミカエルは滅茶苦茶に空間転移を繰り返して宇宙中を巡り……


そして限界まで転移した後に宇宙のどこかにある隕石体にしがみつきました。


「ぬぅ!?」


信じられないような逃走を試みた天使は、蜂郎の認知外にまんまと脱出したのです。


蜂郎の探知能力は絶無、なので主義ではないが人を頼ることにしました。


「『変態』解除」


蜂郎は人間の姿に戻ります。


日本軍の軍服姿で地球をバックにして月に立つ蜂郎は宛ら宇宙飛行士か、或いはお月様に住む兎さんの様です。


だが、宇宙服を纏わない宇宙飛行士は宇宙の洗礼を受けます。


異物を排除する宇宙空間の洗礼!……しかし蜂郎は素直な良い子、強い子、素敵な子。それ故に宇宙空間であろうと平気です。


宇宙空間に順応した蜂郎は軍服から一等兵より手渡された、通信能力を持つ小さな黄色い蜘蛛『黄玉』を取り出します。


手の中で大人しくしていたその蜘蛛は、蜂郎の視線ですべてを理解しました。


その蜘蛛は蜂郎の脳波を読み取り親へ伝えるべく、蜂郎に取りつきます。


「もしもし……」


『……電話?……蜂郎か……何故連絡してきたか、大体予想できる。…天使が撤退したな…奴に付けた蟲が教えてくれる』


「位置は」


『分かる……その蜘蛛を矢じりにつけろ吾輩が誘導しよう』


「助かる……うぬは流石だな」


『なに…天使に人造怪蟲を取り付けた『第八十九小隊』鎌瀬准尉達の手柄さ』


「…切るぞ」


通信を終えた蜂郎はサムライへと『変態』します。


「うぬ、ならば決着だ……『変態』」


紫電の嵐が月面に舞う岩石を吹き飛ばし紫色の外骨格を形成……蜂郎が怪人サムライへと変態を完了する。


その黄色い複眼が発光して巨大なアギトが開き、そこから蒸気めいたガスが噴出します。


「『真打変態』」


更に蜂郎はミカエルを破壊するために真の姿へと『変態』する。紫電の嵐が蜂郎を中心に巻き起こり球体の暴風となる……


その球体の中心でサムライは真の力を取り戻す。


サムライたちの切り札『真打変態』はサムライが強化された姿……では無い。これこそが本来の姿なのだ。


しかし原初のサムライ『新皇』が強すぎたため天津と利理子はこれ以降のサムライには制限を設けた。


かつて遠い地で『偉大なる者』を『蠅の王』へ貶めた神のようにその力を封じた。


故にサムライは名前に虫が入る。力を制限するために……だが真の姿を現すときその枷は外れる。


サムライは武者に戻る。それこそが『真打変態』


蜂郎の外骨格内側から強靭な力が溢れだし蜂郎の体を禍々しく進化させる……そして破壊神の腕が具現化されると……その身体と複眼が漆黒に染まる。


「『変態』完了……鎮西八郎、此処に在り!」


ドン!!


サムライの変態が完了したことで、アギトが開かれ其処から蒸気めいたガスが噴出します。


武装展開のうりょくはつどう『銃王無塵』」


そして蜂郎は固有武装である身の丈を超える藤色の強弓を生成する。その弦は凄まじき強度を象徴するかのような圧倒的黒色で


さらに破壊の腕から全てを滅ぼす力を生成する、込められた力はどれほどの量なのか、周囲の空間が許容できずに歪んでいる。


「……たのむぞ」


蜂郎は破壊力の矢尻に蜘蛛を取り付けて弓につがえます。


蜘蛛は巨大な目を生み出すとギョロギョロとせわしなく動き……やがて一点のみを凝視して矢をそこに誘導しました。


『ギチチィ』


蜘蛛が合図を送り離れたのを確認して蜂郎は矢を引き……そして放ちます!


放たれた矢は、障害物を全てねじ伏せ、貫き進撃する。


「南無阿弥陀仏」


全てを破壊する力は時間と重力と磁力と次元と距離を破壊しながら強引に前進します。


全てを破壊して、それにより生じる摂理の矛盾すら破壊して、全ては目標ミカエルを破壊するため一切合財を蹂躙し直進する―――――――……



 ◇◆ 何処かの宇宙



……319億3900万光年……319億3898万光年……270億9999万光年……190億9800万光年……55億5万光年……913万光年……


ミカエルはあらゆる摂理を破壊し光を超えた可笑しな動きで自身へと直進するそれを見ていた。


もはや弓矢でなく……全長何百光年という位まで膨れ上がった巨大な破壊力の塊はあらゆる銀河系を滅ぼしながらミカエルへと直進してきます。


この力はミカエルを貫くのではなく、ミカエルごと周囲を破壊して、そのまま穿つだろう。


ミカエルは自身を滅ぼす力を眺めながら、思考の波に揺蕩う。


「……そうですか」


常人には刹那にさえ感じない光速の空間は、ミカエルには永遠に等しい思考時間です。


故に最早、動か無い体であっても破壊力の塊が自身を滅ぼすのをゆっくりと眺めるほかなかった。


しかしミカエルはやはり最高位天使である


「仕方ありませんね……後は私の仲間達に託すとしましょう……ふふっ、おめでとうございます。蜂郎さん」


最期は、穏やかな気持ちで自身の……


『貴方の心に不法入国!!不法滞在!!不法占拠!!みんなのアイドル……マジカル・プリンセス・リリスです♪……………うーん違うなぁ…やり直しだ。リテイク!』


突如……ミカエルの思考空間に侵入してきたのは蛇眼の美女


金で縁取れれた全身を漆黒の巫女服を纏う彼女は無邪気な笑みでミカエルを嗤います。


『ひゃっはー♪』


(リリス…!?)


『ごほん…久わねミカエル…前衛芸術かと思ったわ…ふふふ』


(やはり全ては貴方の仕業ですか…あの様な生物兵器を制作して何をするつもりですか!)


『半分正解……サムライは、ある日突然に自己進化した新人類よ……私は何も手を加えてないわ……ただし利用はするけどね♪』


(一体…なにを…何を企んでいるのですか…自分の立場を理解していますか?)


『もちろん理解してるわ。神が王だとするなら、天使達は召使い、人間は税として命を捧げる領民で』


(………)


『私達、悪魔は王に跪くピエロかしら……酷い父よね……疲れちゃった。笑われながら晒し者にされるのにはね♪』


(貴方は……)


『ふふふっ何を企んでいるのか?………大したことじゃないわ。我らの偉大な神を倒して』


(……自分が何を)


『私が新たな千年王国の神になる!!……のよ』


(本気ですか!?……それはいけない!)


『でもピエロが王になるなんて、最高の喜劇じゃないかしら♪』


(リリス!!)


『その慌てよう…それが見たかった!…はい、此処まで来たかいがありました。じゃあね、永遠にさようなら』


蛇眼の美女がひらひらと手を振るのと同時に……破壊の弓矢がミカエルをその陰に潜む蝪雪の蟲ごと喰らい付くし滅ぼした。


ミカエルは塵一つなく破壊され消え去った。


人の記憶と文献にのみ存在を残して……


『ふふふ……アリーベデリじィ…かんじゃった』




 ◇◆ 月面の世界



つわものたちの戦いが終結した残骸の様な月で、必殺を放ち終えた蜂郎は、残心する様に顎を開き蒸気めいたガスを放出します。


そして戦闘の余韻に浸ることなく、非常に禍々しい『真打変態』を解除して、普通に禍々しい『変態』の蜂郎となりました。


蜂郎はその場で正座して、藤色の弓『銃王無塵』を脇に置くとに、黄色い通信機能を持つ蜘蛛『黄玉』を通して蝪雪へミカエルの討伐を報告します。


蝪雪の声が頭に響く……


『ご苦労様だな……ミカエルに設置した蜘蛛の反応も消えた。そのまま新皇殿に帰還しろ』


「他にな……」


『何もない…後はすべて吾輩たちに任せろ、ご苦労だった。お前の大好きな姉様に労ってもらってこい』


「ネク」


『ネクロノミコンは蜘郎と蛟賀に任せてある……疲れただろう?…休んでくれ、頼む』


「うぬ、遠慮は」


『していない…頼む…お前の仕事はこれで終了だ……ご苦労様だ』


「敵は己が」


『頼むから…邪魔しないでくれ…絶対に蜘郎と蛟賀の所には行くなよ…絶対だぞ、絶対そのまま新皇殿に帰還しろ』


「ぬぅ…絶対?」


『絶対だ……絶対駄目だからな…駄目だぞ…駄目絶対!!』


「そうか」


『分かってくれたか!!…その小型蜘蛛『黄玉』は通信機能がある…一応そのまま持っておいてくれ…さらばだ』


蜂郎は蝪雪との通信が切れたのを確認して、翼を展開すると地球へと飛び立ちます。


「うぬ…帰還」















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