第10話 サムライと言う名のサムライ

 ◇◆モスクワ郊外 廃城近く


白銀のサムライへと変態した蜘郎は、顎を開き蒸気めいたガスを放出しながら、その四対計八になる紫苑の眼光で、こちらに悠々と近づく暴風の王者を捉えました。


暴風の王者は大気を操り凄まじい豪風を生み出すと、それを集合させ圧縮します。そして更に風を生みだし集合させ圧縮する。……それを数度繰り返し練り上げた暴風の塊。それを蜘郎に対して凄まじい速度で放出!!


「……遅い」


あらゆる物質を分解する凄まじき破壊力の暴風!!しかしそれは蜘郎から見て非常に緩慢な動き……


蜘郎は非常に緩慢な速度でゆっくりと近づく暴風を無視して、大地を軽く蹴る


――――――――――――とその瞬間に暴風の王者の眼前へと現れます!


「――――!?」


それは異常な速度で……言葉を発しない暴風の王者の驚愕は、しかしそれでも蜘郎へと伝わりました。


蜘郎は先ほどの返礼として、回し蹴りで暴風の王者の頭部を横なぎにする。

その威力で、戦車に突き飛ばされた人形の様に、凄まじい勢いで飛んでいく風の王。


そのまま、その衝撃で彼方に飛んでいきそうな風の王は、しかし一定距離で停止しました。……蜘郎の五指から伸びる白銀の糸で、絡め取られたのです。


そのまま無理やり再び、蜘郎の眼前へと連行させられると、彼が生成した白銀の刀で首を斬首、両腕を胸部ごと両断、腹を切断、腰から足首まで細切れにされました。


更に蜘郎は、再び再生しようとする肉片たちを、白銀の糸で捉えると繭を生成して原子が塵になるまで分解し消滅させる。


それと同時に、背後では先程放たれた暴風の塊が、数瞬前までは蜘蛛がいた場所へと炸裂しました。


「やったかな?」


蜘郎は、呆気ない結末に少々疑問を持ちます。


その答えはすぐに表れました。


周囲に渦巻いていた風たちが、人の形に凝縮され体を形造ると、黄色い衣が出現してその体を覆い隠し、顔の部分に仮面が浮かび上がりました。


再び現れた『風の王』その数は計59体。


その『風の王』たちは蜘郎をドーム状に取り囲み、嵐の様なカマイタチを浴びせます!!


「「「「「■■■■―――!!!」」」」」


しかし、蜘郎が備える四対計八になる紫苑の眼光はすべての攻撃を的確に捕捉!

そのまま、慣性の法則を無視したような超高速の起動で、すべての攻撃をかわし切る。


「動作と攻撃の律動が一定だな……まるで巨大な何かに操られている人形だ」


蜘郎は、『風の王』たちの背後に、巨大な幻影を知覚しました。


(本体が別空間にいる類型パターンかな……さて、どうやってあちら側に攻撃しようか?……向こうがこちらに干渉できるなら、こちらからも可能なはず……まずは全ての人形たちを始末しようか……その後に)


蜘郎は、自身が纏う具足型の固有武装『哭糸武装』、その全身に備えられた銀糸を射出する機能を発動します。


両腕両指の五指、肘、踵、背中の八か所から放出される銀糸で廃城の壁と城門を捕らえて結合。


そのまま引き千切り次々と質量弾として『風の王』達へ撃ちこめば……


「「「「「■■■■―――!!!」」」」」


風の人形達は、それを風撃で破壊……それにより周辺に散らばる無数の瓦礫の破片達、それらは、満開に咲く桜の様に空を覆います。


八艘持つ蜘蛛はニヤリと嗤い、自身の奥義を発動する……


「―――――『八艘跳び』」


蜘蛛の速さで時間の秒数が、完全敗北を宣言した空間が出現しました。英語で言えばクロックがギブアップ。略してクロックがアップ!!


蜘郎は手に持つ白銀の刀とは別に白銀の小刀をサムライの能力で生成すると、空中で停止した散らばる瓦礫に飛び移り、『風の王』たちの間を刀両手に縦横無尽に跳ね回り、そして走り回ります。


蜘蛛の巣にとらえられた蝶の様に、静止した空間に縛られた『風の王』を、原子の塵になるまで次々と光の速度で切り裂き廻る源氏武者。


蜘郎の斬撃で『風の王』その人形共は、宛らミキサーに入れられたリンゴの様に粉々になり砕けて消えていきます……


「五十三…五十四…五十五…五十六…五十七…五十八…これで最後だ!!……さぁさぁお出でさいな!!」


ピンボールの様に人形共の間を跳ね回り、そして全てを破壊した後に蜘郎は『八艘跳び』を解除しました。


そして、再び風が集合して人の形になる


―――――その瞬間を狙い『八艘跳び』再発動―――――


再び、クロックがギブアップした空間が出現します。


「此方に干渉する状態なら、僕から君に干渉できるよね?……武装展開のうりょくはつどう


蜘郎は凝縮された風の奥の空間に、両腕5指から白銀の糸を放ち、巨大なソレを捉えて引きずり出します。


別空間から蜘郎の前に現れたそれは……


「ワニ?蜥蜴?爬虫類?……太った出来そこないの西洋竜かな?」


子供が落書きで書いたような、安定しない輪郭の巨大な爬虫類…或いは竜を空に放ると、蜘郎は、そのままソレに飛び乗り、それの両腕と両足を切断――さらに、その眼球らしき器官を脚で踏みつぶした後、非常に大きな口を縛りあげてから蜘郎はその脚力で天空へ飛翔するように舞い踊ります。


そのまま宙で半回転し、宛ら天井に張り付く蜘蛛の様な姿勢で、大空に張り付くような姿勢を取ると、そのまま空気を蹴り飛ばしました。


その威力を蹴りに乗せ巨大爬虫類に叩きつけます!!


雷弾蹂徒ライダンシュウト!!!」


蹴りの威力で大きく体を反らせた巨大爬虫類。その化物に乗った状態で蜘郎は『八艘跳び』を解除します。


「オオオォォ!!」


蜘郎を天に残したまま、轟音をかきならし地面へ激突した巨大爬虫類は、訳も分からない様な声で慟哭する。……が、銀糸で口を縛られていたために実際に洩れたのは、陸に打ち上げられた巨大な魚の呼吸めいた情けない音でした。


「…―――!?―――グッ!?―――オッ!?オオォ―――!!!」


「良い様だな……君に似合ってる」


蜘蛛は足掻く無様な獲物を見て嗤う。


巨大爬虫類は激風を吐きだし、口を縛る銀の糸を自身の肉ごと引き千切ると怒りの咆哮を蜘郎に向けます。


更に拘束する白銀の糸を肉体ごと食い千切ると、そこから肉が増殖する様に手足を再生させて、両眼を復元してから2本足で器用に直立する。


そして全身を禍々しく脈動させて蜘郎を睨みます。


蜘郎は嗤いながら刀を構え、そしてアギトを開く。

それに伴い白い蒸気めいたガスが放出する。


「さあ、最後の決着だな!!……あれ?」


「グオ――グッググゥ!?」


それは蜘郎にも巨大爬虫類にも予測できない事態でした。


突如にして突然に……何も存在しない空間から現れた蛇じみた東洋龍。

その龍に巨大爬虫類は急所を噛まれて、更にその強靭で長い体に巻きつかれてしまったのです。


蛇じみた東洋龍の力によって、巨大爬虫類は悲鳴をあげながら、その龍が湧き出た空間に引きずり込まれる。


そのまま空気に浸透するように消えた2体を呆然と見送る蜘郎…


「今の蛇竜は………蛟賀殿?」


暫くして、鋭く冷徹な目をした日本軍の無骨なロングコート……桔梗紋を胸に付けた将校服姿の男性が、何もない空間から浮き出るように現れました。


それは近衛特将、蛟賀三郎です。


「残念だが魔導書には逃げられた。……一応、騎士たちを拷問して、ある程度の情報は手に入れたが……」


「蛟賀殿……やはり彼女が匿っていたか?」


「ああそうだ、アナスタシアがネクロノミコンを匿っているのは間違いない……」


「つまり、目的は果たしたから、消えた?」


「ちがうな……それだと、手がかりになる痕跡が多い、余裕があるのなら辿られる痕跡は全て消すだろう……アナスタシアは某らに気が付いて、慌てて逃げたな」


「……彼女が目的をはたすために必要な準備は終わってないと?」


「蜘郎……勘違いするな。奴らの事情はどうでもいいのだ……余計なことは考えるな」


「そうか……僕は屋敷に戻るよ、何かの手がかりか、或いは、彼女が戻ってくるかもしれないからね」


「承知した……魔術に疎い某らとは違い魔導師なら、あの痕跡で十分追尾可能だろうからな。……それほどアナスタシアとネクロノミコンは長時間潜伏しないはずだ」


「当然向こうは……」


「追跡者の存在には気が付いているだろう。何かを行うならすぐに仕掛けてくるさ……しかし、目的を放棄するなら……まあいい」


「ところで蛟賀殿……あの巨大な爬虫類ワニは僕の獲物だったんだが?」


「ああ…あれか、あのワニ助は喰ったよ……次からは名前を書いておくんだな……ではな」


そのまま、空気に浸透したように消える蛟賀を、蜘郎は少々納得いかない気持ちで見送りました。


そして蜘郎は『変態』を解除するとコンダコフ邸へ戻ります。


 

 ◇◆ モスクワ コンダコフ邸



コンダコフ邸の塀を華麗に飛び越えると、その影で蜘郎は軍服を脱ぎ礼服に着替える……


サムライに『変態』するのは自身の体だけなので、その際に普通の服を着ていると当然の如く破れてしまうのです。


ただし、大御巫が作成してサムライへと支給される軍服は、『変態へんたい』時には鴉の形になり別の空間へ飛んでいきます。

その鴉は『変態』解除すると戻ってくるので、変態の様に全裸になるのを防げるのです。


(今、この邸にアナスタシアの匂いはしない。彼女はまだ戻ってきていないのか)


蜘郎が邸の裏で軍服の白褌を右手で脱ぎ捨て、左手に白ブリーフを手に持ち、それに履き替えようとしている所に、黒髪のメイドがバスケットを手に持ち歩いてきて、蜘郎と目が合いました。


「きゃあぁぁぁ!!!変態、変態、変態―――!!!変態よ―――!!!」

「ち、違います!!?…誤解です!!オリガ嬢…暴れないで!お静かに!人が来る…じっとしてください」


暫くして……


少々トラブルは起きたが、蜘郎はアナスタシアが帰る前に彼女の寝室に侵入しました。捜査のためです。


なにわともあれ、蜘郎はアナスタシアが毎晩使用しているベッドのシーツの匂いを端から端まで丹念に嗅ぎます。枕の匂いも同様に嗅ぎます。


衣装ケースから、彼女が普段身に着けているだろう衣類に直接顔に近づけて匂いを嗅いでいきます……丹念に一つ一つ丁寧に、その顔は真剣そのものです。


アナスタシアが使用しているだろう椅子には顔全体を擦り付けるように匂いを嗅ぎます、さらに彼女の靴の匂いも嗅ぎます。


口紅等の化粧品も同様です……丹念に一つ一つ丁寧に、その顔は変態そのものです!!間違えた……真剣そのものです!!


それは彼女の抜け毛に対しても同じです。蜘蛛の様に這いつくばりながら彼女の抜け毛を探す……その男の名は蜘郎義経、日本のサムライです。世界よこれがサムライだ!!


(アナスタシアのベッドからは何も感じない……しかし、髪や普段身に着けている衣類には僅かだが異質な魔力が付着している……)


蜘郎はこの邸には、ネクロノミコンを今までは、近づけていないと結論しました。

アナスタシアが『転移』で帰宅するのを匂いで嗅ぎ取ると、早々に部屋を出るため『八艘飛び』を使用します。


(アナスタシア、帰ってきたか……しかしこの匂いはなんでしょうかね?……ふむ)


そのまま、部屋から出て暫く待ち……再び『八艘飛び』を使用して彼女の部屋に入ります。

ナイトドレス姿の彼女は静止した状態で鏡の前に立っています。蜘郎は検分するために彼女に近づく……



(当然だが服の内側には隠していない……口の中には…ないか…怪しいところは別にないが…むむ?舌に紋章を入れているのか!……ふふっお洒落さんだな)


蜘郎は、彼女がネクロノミネコンを隠し持っては無いかを確認するが、やはり見当たらない……


蜘郎は、彼女の口を元の形に戻すとスカートをめくります


(足の裏は汚れているが泥の類は付いていない。彼女の体には傷一つないし、汗の匂いもしないので、激しい運動はしていないだろう。しかし……微かに血の匂いはするな……)


時が静止した空間では彼女の昏い瞳には蜘郎の姿は映らない。


しかし、蜘郎は何かに捕捉されているような違和感を感じました。


(たとえば……僕がこのまま、アナスタシアを力づくで捉えたとしよう…その場合、何処かにいるネクロノミコンは逃げるかな。……ああ、その可能性は高い。そしてネクロノミコンが此処から消えるのは不味い、僕らはネクロノミコンを再追跡する手段がほぼないが……十字教団は欧州連合の各国々に配置している魔導騎士部隊を使役して、虱潰しに探すことができる。更に加えて何処からでも湧いて出てくる天使共のマンパワーもある。更に高位の天使が扱う探知能力サテライトは非常に厄介……故に此処で彼女を捕えることはしない……が、彼女がネクロノミコンと行動を共にしているのは確実……一応は塗料製の『発信機』で足の裏にでもマーキングしておこうか)


蜘郎は何の手がかりを得られないまま部屋から出て『八艘飛び』を解除、そして睡眠するために自室に戻るのでした。


(しかし…パンツを履いていないとは…ノーパン主義か?…パンツを憎んでいるのか?…変態だな)



 ◇◆ 日本国 京都 新皇殿 


「本日はお忙しい中、お時間をお取りいただき、真に有り難うございます。利理子様……」


「構いませんわ…私、普段はとっても忙しいけど、今は丁度、暇だった所ですから、ふふふっ」


「それにしても、流石…お美しいですね!!…具体的にはガブリエルの3倍の美しさです!!」


「嫌ですわ、せいぜいが2.99999倍ぐらいですから、ふふふっ」


「圧倒的謙虚!?それでは早速質問させてください、貴方にとってサムライとは何ですか?」


「私に取ってサムライとは何か?ですか……一言でいえば変態かしら」


「成程……深い言葉ですね…利理子様の英知を感じます」


「そうかしら?思ったとことを適当に言ってるだけですよ」


「なんと!?……御見それしました。では次の質問です」


「なんなりと」


「利理子様のスリーサイズを教えてください」


「可変」


「流石です…!?私は感動のあまり天津将軍に下剋上してしまいそうになります!!………では次に、利理子様のマイブームを教えてください」


「短歌よ、聞きたいですか?」


「是非!!」


「みんな好き 僕も大好き にっぽんぽん にぽんにぽぽん にぽぽんにぽん」


「てんさいだ―――!!てんさいがいるぞ―――!?凄まじい才能!!……貴方が神ですか!?」


「ふふふっ何時かきっとね」


「天津将軍に対して何か一言お願いします」


「くたばれ」


「好きな昆虫は何ですか?」


「昆虫は総じて嫌いです……特に蜂が」


「若さとはなんですか?」


「ふふふ♪…喧嘩売ってますか?買いますよ…」


「それでは最期の質問です!!全国5人の利理子様ファンが今一番聞きたがっている質問をさせてください!!!!!」


「5にんっ!?」


「それでは質問させていただきます!!」


「5にん……5にん……?」


「……………ここ最近の少年雑誌の値上がりについては、どのように思われますか?」


「えっ?……そろそろ二八〇円くらいかしらね?」


「有り難うございました………さて、利理子様、お別れの時間だ。君は知りすぎたのだよ……」


「わ、私が質問されてたのに!?」


「俳…短歌を読め介錯してやる」


「おのれ……利理子死すとも自由は死せず―――――!!!」


「わっしょい!?(驚き)……み、見事なり、褒美として一撃で楽にあの世へ送ってやる。その綺麗な顔をアリーベデルじィ……かんじゃった」


「なんてこと……あーれー……これはだめぽ…」


「ぬぬぬー!!其処までなのだー!!リリ姉さまはー僕が守るぬぅ!?」


「あ、はっくん!?来てくれたのね……流石、子供の時から丹精込めてせんのう…可愛がってきたかいがあるわ…ふふふっ」


一人芝居で百面相している利理子を、池の畔では背乃衣が冷たく見つめていました。


「利理子様…先ほどから、お一人で一体何を…しているのですか?」


褐色美人の鋭い眼光は銃弾の如く利理子の心臓を抉った様子で、大仰に慌てる利理子には普段の威厳はない……普段から威厳はありません。


背乃衣は特に責めるようなことは何も言いません。ただ疑問に思ったことを伝えただけなのです。しかし、利理子はその無言の圧力に蛇に睨まれた蛙の如く脅えました。


「せ、背乃衣ちゃん…何時から其処に?」


「ビューティ・プリティ・ソサエティ…マジカル・プリンセス・リリス…メイクアープ。私は一人でキュア。円環のお断りよ。と言っていたあたりです」


「よ、良かった!…天津馬鹿殿抹殺計画は聞いてないのね?」


「はい、いま聞きました」


「オーマイファーザー」


「それでは国家反逆罪で通報して参ります…お世話になりました」


「まってー!?今だって牢屋にいるような感じじゃない――!?暇すぎて暇を持て余しちゃったのよ!?他意は無いのよ!?」


「そうですか」


「そうなのよ!」


背乃衣の腰に抱きついて、そのまま引きずられる利理子を、瞳孔の無い金眼と銀眼で見ていた天津は声をかけます。


彼は先ほどから庭園を一望できる縁側で、ずーと利理子を見物しながら座布団に正座していました。


「あ、天津…さま…何時の間に…!?」


「ふはははははははははははははっははははははははははははははははは!!……相変わらず、利理子嬢は愉快だね」


「ふふふ…ふふふっ、貴方には負けますわ…天津様」


利理子は褐色美人に抱きついたまま不敵な笑みを浮かべます。

褐色美人な背乃衣は、利理子を引きはがして、天津の前へ座らせると、素早い手つきで彼女の服を正します。

そして出来る侍女の様に、利理子の後ろに控えました。


「しかし私がいるのに、無視は悲しいな。半年に一度の定期報告会をしようじゃないか、そのために私は此処に来たのだから……とうぅ!!」


天津はおもむろに立ち上がると、バク宙で庭園に三点着地します

そして薔薇を咥えて機敏な動作でフラメンコを踊ると、フィニッシュと同時に利理子へ薔薇を投げました。


その薔薇を利理子は無表情に指で弾き飛ばします。

薔薇は池に落ちて、池で飼われている人魚に食べられました。


「仕方ないでしょ、暇なのは本当なのよ。私を慕う可愛い蜂郎おとうとを貴方が勝手に10年も何処かへ連れて行ったおかげでね」


「ふははははははは!!…すまない、すまない、私に免じて私を許してくれ……カモン!!」


天津は右手を天に掲げて指を鳴らす…するとファンファーレと共に天空から相撲レスラーが召喚されます


相撲レスラーは臨戦態勢で天津を睨みつける……天津は、相撲レスラーに背を向けたまま、服を格好よく脱ぎ捨てて白褌姿になります。


そして……ゆっくりと向かい合う二人……その瞬間に男と男の戦いが始まる!!


「はぁ……あの天津様…?魔導書の量産準備は完了しました。蜘郎さんが原材料を必要数十分に捕獲してくれたからね」


利理子は自身の爪を弄びながら天津に報告します


「どすこーい!!流石ぁ!!私の蜘郎だなぁ!!重畳オ重畳ォ!!どすこい!!どすこい!!どすこーい!!」


「後は現物が来るだけね……それは貴方あまつ様の担当ですよ。順調ですか?……どうなの、答えなさい!!」


「はぁはぁはぁ…それはぁ…まだ、わからないなぁ…ふははは…」


戦いが終わり、全力を出し切った二人の漢は大の字で大地に寝ころがる……この戦いに敗者はいない……


「なんですって!?ちょっと背乃衣ちゃん!!目の前の悪神に塩かけちゃいなさい!!」


「了解しました。」


背乃衣は何処からか用意した大量の塩を杓子で利理子に撒きます。


「うきゃー!?あっちよあっち!?」


「ふははははは!!…仲がよろしいな、まぁ…同一人物だから当然か」


突然……コロコロ表情が変わる利理子の顔は感情が抜け落ちたかのように熱の感じない無表情になる。


白すぎる肌と相成り、その姿は幽鬼を思わせます。


「あら?」


「まあ?」


「「何時…知ったの?」」


利理子と背乃衣はグルリと同時に同じ動作で同じ月色の蛇眼で、天津を睨みます。


その瞳に感情の温度はなく……それが意味することを理解しているのか、いないのか……天津は気軽に答えます。


「まぁ武士サムライ達なら、心配ないさ……」


天津は立ち上がると一瞬でスーツを纏い、彼女に微笑む。


「理由を教えてくれる?」


「私がそうなればいいと願っているからさ」


サムライを統べる魔王は嗤う。



 ◇◆ ロシア モスクワ



蜘郎は起きて早々にエカテリーナに身嗜みを整えられて強引にコンダコフ邸を出立させられました。


蜘郎の姿は白黒の洒落た洋服に帽子、エカテリーナが何時の間にやら用意したようです。


その素敵な服を纏う蜘郎は今にもムーン歩きで来た道を戻りたそうにしています。


(着せ替え人形の気分だな……)


エカテリーナは飾り気のない純白のワンピース、しかし質素さより少女の瑞々しい美しさを際立たせています。


私服のエカテリーナに手を引かれて……連行されるように夕暮れの道を歩くその姿は囚人のそれで、蜘郎はエカテリーナの後ろをトボトボと歩きます。


「何と言えばいいかな……エカテリーナさん……僕は一応まだ敵国人だ。流石に外出は不味い……」


「何言ってるんですか?蜘郎さんは早朝に外出していたでしょう。……それにアナ姉…お嬢様に恋人の蜘郎さんを、姉夫婦に紹介したいと伝えたら、二つ返事で許可が下りましたよ……あは♪」


(外堀が……)


蜘郎は万が一日本とロシアが国交を結んだ日には、この見た目だけ可愛い娘から逃げる事が出来るのか少しだけ不安になります。


「姉の名はエリザベータでお義兄さんはアレクセイさん、きっと蜘郎さんを気に入ると思いますよ♪」


蜘郎を半眼で見つめる少女は、『逃がさない』と蜘郎の脳内に語りかけているかのようです。


少女は体を密着させるように蜘郎の腕を捕獲……腕を組んで仲良く歩きます。


エカテリーナの身体からは魔力が滾ります。蜘郎は腕を組んで歩くというより関節技をかけられている気分でした、無邪気な笑顔だけは本当に可愛い少女です。


(なぜこんなことに、ただ籠絡しようとしただけなのに……そう言えば、元を辿ればこの娘は貴族か……魔術の扱いも何処かで覚えたのかな……手が痛いな)


蜘郎はなぜか知れば知るほど彼女の恐ろしい部分が見えてくる気分でした。


真夜中にアルコール度数80オーバーのお酒を一気飲みして口移ししてくる少女はエカテリーナ。


それと無く、アナスタシアの話を聞くと鋭利な物を枕に突き刺す少女はエカテリーナ。


早朝トレーニングと称して蜘郎を担いだままスクワット500回行う少女はエカテリーナ。


長めのスカートで見えなかったが、太ももがかなりむっちりしてる少女はエカテリーナ。


趣味で狩りをしているらしく、ナイフ一本で熊と格闘する話を、行きつけの喫茶店の様な調子で語る少女はエカテリーナ。


(彼女の私室に通されたとき、壁に巨大な熊肉が吊るされていた事には驚いたな……)


『私、熊さんが大好きなんです!!…でもクロウさんはもーと好きですよ♪』とのたまう少女の目はキラキラと輝いていました。


蜘郎は思わず天を仰ぐ…するとそこには、原型を留めていない月が浮かんでいて……


「エカテリーナさん、今夜は月がきれいだね」


「そうですね!いつにもまして素敵です♪きっと今隣に私の未来の旦那様がいるからですね。あは♪ははは…」


(エカテリーナは異常だとは感じていない様子、おそらくはまた利理子様が地球規模で記憶を消去した……つまりあれはサムライの仕業か……誰だ?)


蜘郎は蛛呑しゅてん蟲蔵むさし蜂郎はちろう蜼新斎いしんさい蝥王みょうおうと戦闘能力と特に頭が特におかしいサムライ達のリストアップをしていきます。


(一体どんな理由があれば月を破壊するのだろうか?きっと意味はないのだろう。……壊そうと思って壊したのではない小石を蹴ったら月に当たったか……道を歩いていたら月を踏んだか……敵を月ごと排除したか……)


「ねぇ……あの蜘郎さん?」


「たぶん……蜂郎殿かな……」

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