第9話 時間内に目的地へ到達せよ!
◇◆ モスクワ郊外 コンダコフ家が所有する廃城
ネクロノミコンは、複数の騎士に見張られながらせっせと働いています。
(アナスタシアが…じゃなくアナシタシアさまが、連れてくる人間を使用して『旧き神』をこの地球に降ろすには、途方もない努力が必要なのだ…)
今日も既にアナスタシアからの命令でネクロノミコンは自身が補給できる魔力総量の限界値ギリギリまで別部屋に捕えた人間たちから魔力及び生命力を吸収していました……だが、それでも魔導書は一生懸命働きます。
(先ほどもアナスタシアの家人が連れてきた、どこかの村の一団を頑張って消費したし…そもそもそれ以外に仕事はあるのだ…この城に封印されていた旧神の心臓、仮称『魔力徴収機』の調整が必要なのだ…大変なのだ…)
なので流石に少し疲れたのか、ネクロノネコンは目玉をピコンピコンと点滅させました。
それは人間でいうところの……
「なにをサボっているんだぁ…?おい!!ラスプーチン!!」
見張りの魔導騎士の一人。彼はネクロノミコンが使役する傀儡の足元に鉄球を振り下ろします!
傀儡に直撃こそしなかったがその衝撃でネクロノミコンは宙へ舞いました。
「わー!わー!わー!た、助けてほしいのだぁ!!」
宙に浮かぶネクロノミコンが重力に従い床へ落ちる直前で傀儡がヘッドスライディングしてキャッチします。
ネクロノミコンは生きた魔導書です。
高所から落ちて死亡などと言う話は聞いたことが無いが、この身が最初の一人と言うことも十分あり得る……と考えるネクロノミコンは胸(背表紙)をなでおろしました。
この慎重さがあればこそ、今日まで焚書されるのを逃れて来たのです。もし仮に魔導技術が無い世界なら、名前も知らない騎士に脅えることは無かったでしょう。
しかし魔なる力にあふれる恐ろしい世界では、ネクロノミコン魔導書を滅ぼす方法は数多くあります。
だからこそ慎重に生きなければならない、この身はおそらくネクロノミコン最後の一冊なのだから…とこのネクロノミコンは考えています。
「さ、さぼっているわけではないのら……流石に今日はこれ以上、生命力の吸収はむりなのだ」
だからこそ眼をまわしながら必死で弁明します。アナシタシアが後ろ盾とはいえ、目の前の魔道騎士は賢そうには見えないからです。
今もブンブンと鎖付きの鉄球を振り回しています。
例えるなら、鎖に繋がれていない犬が周囲にうろついているようなものです。
(……こわいのだ)
「ぐはははっ、這いつくばれば髭の浮浪者だな、いいか…どんな手で、我が麗しきのアナ姫に近づいたか知らないが、この俺、『竜王寵児』がいる限り、貴様の好きにはさせないからな!!この名をしかと記憶しろ!!わが名はアン…」
「ストップ!!『竜王寵児』?聞いたことが無いのだ、誰なのだ?」
ネクロノミコンはアナスタシアからいざという時には、和平会議襲撃の名目で集めた騎士達を生贄にしても良いと言われています。
ただし、戦力として期待できる二つ名持ちは後に回せとも……
(アナスタシアから聞いた名で『竜王寵児』なる物は記憶にないのだ。魔導書たるネクロノミコンが忘れることはありえないので、アナスタシアの伝え忘れなのか?)
ネクロノミコンが記憶している二つ名持ちの魔導騎士は3人だけです。
部屋の隅で直立不動の姿勢を崩さない『小剣山』
天井にぶら下がっている『冷血』
そして先ほどから姿の見えない女騎士『白姫』
「アナスタシアから君の…きゃあ!!」
鉄球が近くの瓦礫を粉砕しました。それによりネクロノミコンの傀儡は振動で倒れます。
「アナスタシアさまだ!もしくは姫様!…弁えろよ!平民がっ!そしてぇ!アナ姫と呼ぶのを許さたのはこの俺ただ一人なのだ!」
「騒がしいですね…」
喧騒の中に何処からともなく現れたのは、アナスタシアです。
寝室からネクロノミコンが用意した転移魔法陣で、直接来たのかゆったりとしたナイトドレスで靴も履いていません。
ネクロノミコンは目玉をぐるりと一回転させました。
(人間でいうところのギブ&テイクな関係であるアナスタシアじゃなくてアナスタシアさま、化粧はせずにというか、下着すらつけずに……昼間からお酒でも飲んでいるのだ?)
それなりに人間と付き合いのあるネクロノミコンは、目を7色に点滅させます。これは理解不能の感情表現です。
「ネクロノミコン…此処はどうです?気に入りましたか…この城でかつて偉大なる先祖が私と同じ名を持つ妻を人柱にして封印した………まぁ…貴方にはどうでもいいことですよね…フフフ」
(アナスタシアは…すでに精神の均衡を失っているのだ)
父の戦死はともかく、最愛の少女は鎧だけを残して行方知れず……
日本が憎い、欧州連合が憎い、十字教団が憎い、ロシアが憎い、世界の全てが憎い、故にアナスタシアは力が欲しいとネクロノミコンを頼った。
(『旧き神の王』を起こして人類みんな滅ぼしたい頭おかしいアナスタシア様…そして、この物騒な世界からほかの並行世界へと転移して逃げたいネクロノミコンは大量の魔力が必要とする目的が一致しているのだ…)
単体では使用できる魔法に限りがあり、隠密能力はそれ程でもないネクロノミコンが大規模な魔力収集を行うならば有能な協力者は必須です。故にネクロノミネコンは自らの庇護者で協力者でもあるアナスタシアに頑張ってお世辞を並べます。
「此処はとっても素晴らしいところなのだ!…です。アナスタシア様、私の様な不詳の魔導書に…きゃあっ!?」
「どけっ!!ああ…アナ姫さま、私です貴方の守護騎士『竜王寵児』です!!」
ネクロノミコンを突き飛ばし『竜王寵児』が片膝をつく。完璧な騎士の礼だが目線だけは、アナスタシアの際どい場所を舐めまわすように見ています。
「……はぁ?そう、それでなに?」
アナスタシアは、光の無い昏いアッシュブラウンの瞳で目の前の騎士を風景の一部の様に眺めます。
『竜王寵児』はヘルムの中で、世紀の挑戦を行うアスリートじみた真剣な表情をしました。
「アナ姫!!……ア、アナスタシアと呼んでいいですか?」
「かまいませんよ」
アナスタシアは適当に返事をするが、それでも『竜王寵児』はへルムの中で喜びの声をあげた。彼は彼の脳内で世界新記録と金メダルを取ったのです。おめでとう!
ネクロノミコンは起き上がると彼女に計画の進み具合を説明しました。
「『旧き神の王』を起こすには後少しばかり足りません…いぇ…いえ、本当は少なくとも高位魔導師1500体は必要なのだ…です。ただ、この城に封じ込まれていた、例の切り札『魔力徴収機』の起動は今用意している分で十分足りるのだ」
「そうですか……よしなに」
ネクロノミコンは、序に仕事の道具を経理でおとせるのかを聞く……がめついかも知れないが、ネクロノミコンには必要なことなのだ。
「この髭人間の体はそろそろ駄目…壊死寸前なのだ、なので連れてきた生贄の中にいい感じの子が居たから頂いてもよろしいかなの…ですか?」
「どうぞ、よしなに」
その瞬間…ネクロノミコンが設置した怪物たちから連絡が入ります。
「アナスタシアさま。侵入者なの…侵入者です…いかがいたしますか?」
「お任せします……よしなに」
だからどうしたという態度である。彼女は本当に周りの声が届いているのか?その瞳は、ただ周りの風景を反射しているだけなのではないだろうか?
そう考えたネクロノミコンは、少々彼女が心配になる。なので自身のためにも、早々に今すぐ計画を実行することを提案しました。
『魔力徴収機』さえ動かせればこの廃城に留まる必要はないからです。
「アナスタシア様……このまま計画を早めっきゃあ!!」
ネクロノミコンは、突然前に現れた『竜王寵児』に吹き飛ばされます。
「アナスタシア!!貴方が好きです!!お付き合いしてください!!!」
『竜王寵児』は愛の告白をした。
「嫌です、お断りします」
アナスタシアは断った。
◇◆ モスクワ郊外 コンダコフ家が所有する廃城近く
別空間に浸透するように存在を消して移動できる蛟賀とは違い、普通にエカテリーナから借りた英国製の素敵な自転車で来た蜘郎は、普通に敵勢力から発見されました。
なので今現在、廃城近くの村でゴリラの様な怪物と対峙しています。
その5mを超える不細工なゴリラは、障害物など無いかの様に塀を踏みつぶすと、手近い民家を持ち上げて蜘郎に投げつけました。
「ゴオオオオオオオオォォ!!」
戦闘狂ではない蜘郎は、しかし逃げるよりは容易いので戦闘を選択して開始します。
「踊るとしようか」
凄まじい轟音と共に迫ってくる民家は、しかし蜘郎には非常に緩慢な動きで、その家に住む少女が不条理に押しつぶされる寸前の姿さえ容易にとらえました。
蜂郎辺りなら些事と見捨てるが、蜘郎は助けられるならば多少は面倒な事を行います。
故に自身がサムライとなる前、源氏武者の時に編み出した奥義を発動……
「『八艘飛び』」
当たり前の話ですが、足場の悪い場所で八艘等飛べるはずがないのです。サムライが強化されるのは『変態』状態だけ、生身は依然人間時代と変化有りません。
故にその能力には種も仕掛けもあるのです。
八つの
「……お邪魔します」
時間が静止した世界で、飛来した民家の玄関から入室すると、蜘郎は少女を抱きかかえて外に出ました。
その際に、自身と敵対する静止状態のゴリラを数瞬で切り刻み―――その後に刀を鞘に収める……と『八艘飛び』を解除しました。
「――――!?」
怪物は停止した時間で命を奪われ悲鳴を上げる権利すら奪われ、思考する間もなく倒れます。
死の淵から突然の生還に唖然とする赤毛を三つ編みにした少女は、しかし蜘郎をみて何かを閃きました。
「あ、貴方様は、天の使いなのですか?」
蜘郎をみて陶酔するような少女。少女の胸は平坦だが、顔立ちは素朴さの中に愛くるしさがありました。
特に柔らかな唇がいいし、太ももの肉付きは少女特有の少し高め体温となめらかな弾力と手触り、それは蜘郎の指をしなやかに弾きます。
完全にこれは余談ですが蜘郎は鳥の雛の様に可愛らしくて、か弱い存在が好みでした。超理性の塊みたいな強かで用意周到、強靭な意志を持つ女性は少し苦手です。
なので、少女に
「シャシャア―――ン!!」
当然、目の前で家族とみる洋画めいた行為を見逃すような紳士な怪物はいません、いたらそれは怪物では無いでしょう。
突然の怪物の襲撃!!
しかし、蜘郎は少女の健康的な肌色の首筋に舌を這わせるのに夢中です!!
その隙を見逃さず怪鳥は蜘郎へ襲い掛かかります!!
だが、蜘郎は少女の服を脱がしつつ右腕を部分的に『変態』させると、その五指先から出る白銀の糸で怪鳥を繭で包むように拘束しました。
「シャア!?」
糸に絡め取られた怪鳥は拘束を外そうと暴れますが、糸のゴムじみた強靭性とガムのような特殊性で遂には地面に落ちました。
蜘郎が放つ
徐々に頭部だけ繭の外に出して、全身を結晶体に返還される怪鳥……
「シャア!!」
蜘郎は少女の胸を撫でつつ色気のないズボンをはぎ取る。少女は顔を赤くして震えた声で愛を呟き、その証拠に蜘郎のソレに花嫁がそうするかのごとく口づけました。
邪魔が居なくなった蜘郎は少女との長く短い蜜月を暫く楽しみます。
怪鳥は死にゆく最中、それをほぼ強制的に……異種族のディスカバリーを最初から最後まで干渉する羽目になりました。
いったいどのような心境だったのか、それはわかりません。
「シャア―――!?」
暫くして少し大人になった少女は、蜘郎と別れのキスをすると、涙を見せずに見送ります。少女の解けた三つ編みが風にたなびきました……
その横で怪鳥は死にました。
「シャ……ア」
そして軍服を正しつつ、エカテリーナ号を走らせる蜘郎。もし第三者が彼を見ていればどう思うだろうか?
「おっと…千客万来…否、僕が持成される側かな?」
廃城が視認できる距離まで近づくと、鋼鉄の馬に騎乗した魔導騎士8体の小隊が現れる。
天使の様に翼を展開させて高速で飛行するには、高い錬度と魔力総量が必要になるため、一般の魔導騎士は移動の際、魔導の技術で全身を鋼鉄で錬成された人造馬を駆るのです。
蜘郎を発見した先頭の騎士が声を発します。
「なんなんだ…?貴様は…一体」
日本軍の軍服を着て、高速でペダルを回しエカテリーナ号を運転する人物。
それは討伐命令が無かったとしても、発見したら警察の様に呼び止めたでしょう。
警察ではない、魔道騎士は攻撃範囲に入れば、当然の如く警告などはせずに蜘郎へ攻撃を開始します。
「取り敢えずは死ねぇ!!」
常時、魔力を中枢のホムンクルスを通して摂取し、そして倍加した魔力は余すことなく己が力とする
天へ飛翔し浮かぶ最中に腰から一本、背から一本、大小の刀を手に持つと、凄まじき脚力で空を蹴り、そのまま馬に飛び乗ると騎士の頭部を斬首―――その時点で蜘郎に漸く気が付いた近くの騎士は、馬に立つ蜘郎へ槍を突き刺す!!……がその突き出した得物にひらりと蜘郎は着地して、舞う様に続けて蜘郎は別の騎馬に乗りまた騎士の首を刎ねます。
「貴様はっ!?…おのれぇ!!『竜王寵児』が成敗する!!」
「援護するぞ!…アンッ!?」
2体の魔道騎士が交差するように攻撃を仕掛けるが、蜘郎は激突するかのような蹴りで一方の魔道騎士を弾き飛ばし、弾むように反動で片翼の騎士、その頭部を蹴りぬき首の骨をへし折りました。
「残数は四騎か……さようならだ」
蜘郎は僅かに滞空すると空気を蹴り、宙に巣を張る蜘蛛の如く機動して、そして一番後方を走る魔道騎士の命を刈り取ります。
前方を走る残り3体が騎馬を此方に方向転換する一瞬の隙、蜘郎は一拍子で、雷の様な軌跡を描きながら、前方に飛び立ち…そして刀を参閃すると、ほぼ同時に魔道騎士の首が飛びました。
「ぐっ!?」
「ぎゃ!?」
「ぼぇ!?」
「……さて」
制御を失った馬達が走り去るのを無視して、蜘郎は途中で騎馬から蹴り落とした騎士に近づきます……まだ息があるからです。
殺す意味はなくとも……生かして置く価値はない。
その騎士は魔装鎧の一番頑丈な胸部を蹴られたのが幸いしたのか、靴跡の形に鎧がへこんでいるが、骨を何本か損傷しただけで済んでいました。
それでも常人なら戦闘不能でしょう……しかし彼は魔導師、瞬時に再生を開始します。
「我が魔力を糧として、生命よ増大せよ増殖せよ分裂し癒着し結合し回帰せよ…『再生』!!」
僅か数秒で傷を癒し全快した若い騎士は足取り確かに立ち上がります。
そして量産型の魔装鎧『ツァーリクラーク』に備えられた機能で新たな盾と剣を何処からか手元に呼び寄せると、勇壮に剣を構えます!
「待たせたな…決闘を始める前に貴殿の名を聞ガァァ!?」
しかし蜘郎は誇り高き騎士の前置きを無視して、刹那の速度で騎士の右腕ごと脇腹から腸骨筋そして背骨を刀で両断しました。
唐突な奇襲により大地に崩れる騎士……しかし彼は苦痛の中でも闘志を失わず尚も呪文を詠唱しようとします!……が、蜘郎は軍服の内側から素早く『南部大拳』と称される自動拳銃、そのキツツキの嘴に似た銃口から騎士の傷口に銃弾を8発ねじり込みます!!
「魔なが!が!が!が!がァ!いさあ、あああ…」
騎士にねじり込まれた8㎜の銃弾は彼の鎧内部で跳弾する……騎士は灼熱の寄生虫が体内でのたうちまわる様な激痛で呪文を途切れさせました。
だが、これだけの損傷を受けてなお魔装鎧を解除せず今だ魔力供給を続けるこの騎士の精神力は大したものです。
しかし、蜘郎はそれに感心することなく自動拳銃を再装弾すると再び同じ個所に5発銃撃……やがて、騎士は左手から盾を手放しました。
「見事だ……異国の騎士よ…」
観念してヘルムを外す騎士、魔装鎧のヘルムから現れた金髪の男性は青白い顔で歯を食いしばり痛みに耐えていた……しかし、それ以上に悲痛なのはその瞳でした。
まるで長年一途に焦がれていた相手から、実はその相手の眼中にすらなかったという事を、告白して振られた後に気が付いたような瞳をしています。
少々同情した蜘郎は、情けをかけます……
「何か言い残すことは無いかな?」
「………無いさ、無念だが…私は全力で生きた、だが、せめて名を記憶してくれ…俺の名は『竜王寵児』アン…ど!?」
「あれま」
突如、空から現れた翼を生やした黒いのっぺらぼうに『竜王寵児』は吹き飛ばされます……そしてそのまま岩盤に頭をぶつけて即死しました。
黒いのっぺらぼうは、路傍の石をどかすと、何もない空間に頭をたれる。その空間を歪めるように現れたのは黄色いフードを纏う仮面の存在です。
蜘郎は異質な気配放つ存在に対して刀を構える。そして、それを合図にしたかの様に、仮面の存在を中心にして大気が渦巻きます。周囲の物はすべて風に掻き消えていく……
「踊るとしようか」
しかし、それでもはっそうもつ蜘蛛は嗤った。
◆◇ モスクワ郊外 コンダコフ家が所有する廃城
かつては、美しい大広間だった場所は、人の手入れを離れ、埃がつもり、今はただ広いだけの屋内である。
其処に集まる魔道騎士達は、床に腰を下ろしたり、壁にもたれかかるなどして、彼らの指導者がここに来るのを待っている。
彼らは自分たちを真の愛国者だと確信していた。
そんな彼らの集団を纏める幹部の一人である、魔導師オツムビッチも義憤に燃えて参加した一人である。
彼は本来であれば音頭を取る立場だが今は静かに白熱する周囲の会議に耳を傾けた。
「蛮族どもに和平などあり得ない。しかも、ロシアの敗北という形でだ!」
「そうだ!そのような事になれば、有象無象が集まった欧州連合や、領土を持たない、それにエルフなどの人外が湧くふざけた国……十字教団共に、後ろ指を指されてしまうぞ!冗談じゃない!」
「その通りだ!このロシア貴族である我々がだ!そんなことは許せん!そもそも蒸気機関などで動くブリキ人形共に敗北した、古い世代に問題があるのだ!」
「うむ、しかし…年若い我らには…何一つ、現状を変えることが出来なかった……」
「戦場に出てブリキ人形を全て壊して、軍内部で出世すればあるいは……あるいは大勢に働きかけることが出来たかもしれないがなぁ…」
「ああ……皇族の地位を剥奪されながら、しかし、己の才覚だけで英雄となった、コンダコフ公爵の様にな!!」
「だが……現実は既得権益を脅かされるのを恐れた、老害ホトトギスキーをはじめとしたクズ共が、戦場には我ら若い世代を、決して近づけなかった!!そんなに権力が大事か!愚か者どもめ!……そんな事だから十字教団共が調子に乗り、神の名のもとに領土を献上しろなどと囀るのだ!…アホどもめが!!!」
「そうだ!そうだ!」
「我々が…戦場に立っていたならば今頃はロシアが勝利していた筈なのに、なぜここで燻らなければならない…?」
「幸運にも、英雄コンダコフ様と個人的に親しくしていた者達は、特例でロシア軍の魔導騎士に任命されて、副官や客将として戦争参加することを許せれていたけどね……」
「そうだな……しかし、偉大なコンダコフ将軍は死んだ。おそらく後方でふんぞり返る、クズ共が何か小賢しい悪事を実行したに違いない!……そうで無ければ、ブリキ人形に負けるはずがないのだから!」
「許せん!……我らがロシアを救うのだ!悪漢どもに雷帝の鉄槌を!」
オツムビッチは静かにうなずきながら、彼らの白熱する会議を聞いていた。
(……そんな時だ。コンダコフ卿の御令嬢であるアナスタシア様が、和平会談襲撃の計画を俺を含めた選ばれし数人の同志に話してくださった)
優越に浸りながらヘルムの奥でクククという笑みを浮かべる魔道騎士オツムビッチ。
彼は和平会談を襲撃して日本の要人を人質に取ることで、敵国に混乱をもたらしつつ、さらに老害ホトトギスキー共を皆殺して、自分達が国の中枢を支配する、完璧な作戦を思い返す…
(そもそも、たかが男爵が軍の要職に就くのが間違っているのだよ、ホトトギスキーめ……魔力合計値も低く魔導師としての適性も低い、少しばかり戦が強いだけで偶々出世しただけのハゲが……その点、俺は優れた家柄の子爵で高位魔導師…そんな俺が正規の魔導騎士にすら成れなかったのは全て奴のせいだ…それにコンダコフ卿の皇位剥奪の巻き添えで没落したとはいえ、ロシアの名門貴族令嬢…可愛い俺のエリザを娶ったのも許せんよなァ……そういえば、エリザの奴には妹がいたな。この国の中枢を支配したら妻の一人にしてあげてもいいかなぁ……エリザは未亡人だし妾でいいか……妹もいい体をしていたなァ…)
オツムビッチは昔、アナスタシアと仲良く一緒にいた金髪の可憐な少女を思い出しクククと笑う。
気分がいいし酒でも飲むかと、使用人を呼ぶために手を叩くが、しかし誰も来ない。
「おいっ!!」
呼びかけても返事はない。
彼は、しばらくしてこの廃城には、召使がいないことを思い出した。
(そういえば……集めた平民共はどこに行った?)
「みなさん…全員、集まっていますか?」
アッシュブロンドをたなびかせてアナスタシアが現れる。その瞬間に周囲の喧騒が収まった。
場違いなナイトドレス姿は、しかし堂々と彼女が着ていると、そのような趣の礼装に感じられる。
その後ろには従者らしき格好の女性が、気味の悪い本とぬいぐるみを携えて追従している。
幹部の一人、オツムビッチがアナスタシアに近づくと、感極まったよう様子で声を荒げた。
「アナスタシア様!!いよいよですね…我々の力を思い知らせましょう!!雷帝の…」
「今この場所には、何人集まっていますか?」
アナスタシアは冷めた調子で、オツムビッチの声には頓着せずに、今の自身に重要な事だけを質問する。
「は?……はい、整列!!…おい!!整列だよ。さっさとしろ、姫様の命令だぞ!!」
バタバタと慌ただしく広間の中で、不規則に騎士たちが蠢く、かなりの時間をかけてようやく整列を行った。
オツムビッチは大儀そうに報告する。
「89体です!…姫様!」
「ネクロノミコン?」
「十分なのだ」
その命令で、大広間は地獄になるのだが、彼女は気楽に許可を出す。
「では起動です」
気の抜けた号令で、かつてロシアに災厄をもたらした怪物、その心臓……今は彼女の『かみ』を降ろすために必要な舞台装置が出現する。
その姿は、白粉をまぶした様な心臓めいた臓器。
突如として広間の中央に出現した異質な肉塊に、唖然としながら幹部はアナスタシアに問う。
「姫様?これは何の余興ですかぐしゃ!?」
臓器から伸びる人肉色の脈打つ太い蛇のような触手が、近くの魔装鎧の内側に入りこみ、それを装甲していた騎士を内側から食い始める。
「ぐぎゃあああああああああ!!」
人間とは思えない悲鳴を上げて絶命する騎士。
しかしそれに頓着する者はいない、なぜならこの大広間すべての空間で同じ惨劇が起こっているのだから、全員が当事者なのだ。
「くるなぁ!!いやだぁ!!」
「やめおぁえ!?」
「離せ!!どけぇ!?」
正規の魔導騎士なら触手くらい相手にできたが、此処に居るのは、戦いを知らない新兵以前の者達で、なにより触手の本数が多すぎたのだ。
心臓から直接伸びる主となる触手は34本だが、血管の様に途中で枝分かれして騎士達を襲った。
窓やドアから逃げようとしたものは、しかし見えない壁に阻まれたかのように脱出することが出来ない、そしてそのまま触手に嬲り殺された。
(この空間は…外とは切り離されてるのだ……と言うか今現在、空間転移して別の場所に向う最中なのだ)
「ぁ、アナスタシア様…これはいったいどういう事ですか!!」
激しい恐怖などで正気を失い魔力供給できなくなったのか、鎧を失い血まみれで這ってきたオツムビッチがアナスタシアに質問した。
「はい?」
それに対しての、アナスタシアの態度は、例えるなら雑草が喋ったことに対する驚きだろうか?
なぜまだこいつは死んでいないのだと、その存在には何の興味もない。餌としての役目を果たしてくれさえすればそれでいいのに…と
「和平会議を襲撃して、国の膿を排除して、我々が中枢を支配する!!そのけいかくです!!」
しかし、言っている内容があまりにもおかしかったので、アナスタシアはつい笑ってしまった。良いジョークだなと……
「あら?……頭の悪い計画ですねぇ…そんな事では何も変えられませんよ?……日本と戦争を継続させたいなら、たとえば」
「貴方が言ったんでしょう!!」
そのままオツムビッチは触手の渦に引きずり込まれて嬲り殺された。
◇◆ モスクワ郊外 コンダコフ家が所有する廃城近く
それは、さながら嵐の化身…風の王と武人の極地による、個人と個人の戦争でした。
傍らにいた風の王の配下たちは二人の戦いに入り込む事が出来ず、即切り刻まれました。
風の王が操る天地が逆巻くような激流の中で、蜘郎は常に空中を最高速度で跳ね回り風の王の攻撃を全て捌きます。
風の王も決して、蜘郎を近づけることなく、しかし一定の距離から大嵐を圧縮したような攻撃を常に放出し続けます。
一瞬が何倍にも引き伸ばされた濃密な戦闘時間……その最中に、それは起きました。
風の王が一瞬だけ現した決定的な隙…!!蜘郎は風を絶ち高速で剣戟乱舞しながら風の王に接近!!
「一刀総砕ッ!!!」
――そして、風の王をその仮面をごと破壊的な斬撃で両断します!!
しかし、「とどめを刺した」と僅かに油断した蜘郎へ――両断した肉の断面から衝撃波が吹きすさびます!
それは僅か一瞬にも満たぬ刹那の出来事です。しかし蜘郎には瞬く閃光の間すら無限に等しい思考時間……
(不味いな……攻撃の出が異常に速い。予め僕の攻撃を予期して備えていたな……両手を部分『変態』して銀糸を出すには……まず間に合わないか……これは避けても多分片方の足は持ってかれるな……失敗したな勝負を焦りすぎたか……急所だけは守備して、仕方ないから防御するしかないか、焼け石に水だろうけどね。なむさん)
その攻撃を蜘郎は仕方なく刀で防御しましたが――その衝撃波は凄まじい圧力で、木葉の様に刀を弾き飛ばして300m離れた廃城の城門に蜘郎を叩きつけます!!
「げんじぃ!?」
蜘郎は致命傷を避けましたが、額からは血が滴り、直撃を受けた腹には内臓をかき乱されたかの様な鈍痛を覚えました。
彼は口から唾液と共に血を吐くと、殺意を込めた視線で風の王を睨みます。
「なかなか楽しませてくれる…じゃないか…」
口調は朗らかではあるが、普段の蜘郎を知る……蜘郎の冷酷な本性を知らない者は、彼の殺意と愉悦に満ちた夜叉のような形相に驚くでしょう。
蜘郎は桔梗紋が輝く軍服のコートを脱ぎ去ると、サムライの力を開放します。
「……見るがいい僕の『
蜘郎を中心に白銀の閃光が起きると、その全身を白き外骨格が形成して覆う。
その眼光は紫苑の輝きで、数は四対八目。その姿は美しい白の色彩で彩られた、異形の怪人
「
蜘郎が持つ具足型の固有武装『哭糸武装』それは銀糸を射出する機構を身体全身に備えた金で縁取られた紅の鎧。
白き外骨格を更に紅の源氏具足で装甲する。その姿は、日ノ本の民なら源氏武者を連想するだろう……
その
「『変態』完了……踊るとしようか」
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