第29話「家路」②

 再びペダルを漕ぎ出してみて、足の重さに驚いた。


 休憩前は、もうその動きが身体に染み付いてしまったかのように無意識でクルクルとペダルを回し続けられていたのが、今はしっかりと力を入れて踏み込まないとペダルはキレイに回ってくれなかった。なので、ここまでで初めてギアを一つ落とした。


 それは、皆も同じみたいで漕ぎ出すときは各々が「いや、ペダルめちゃくちゃ重いんだけど!」とか「あっ、これ無理かも」と早くも嘆きの声があちこちで上がっていた。


 しかしそれでも、ここまで来た以上はもはや気合で進むしかないとばかりに「よっしゃ、行くぞー!」と空元気を出して、何とかそれぞれ自転車を漕ぎ出していった。


 代り映えしない田園風景の中を、先程と同じように走っていく。


 遠く、どこまでも続く道のずっと先に、立ち塞がるように大きく膨らんだ入道雲が見えていた。


 途方もなく遠くにあるように見えているのに、でも迫り来るように大きかった。

 

 その圧倒的な大きさの入道雲は、まるで俺達をこれ以上先には進ませまいと大きく両手を広げた巨人の門番のように見えた。


 その入道雲の輪郭を、背後に隠れた太陽がじんわりと焼いていた。キラキラと輝く夕陽の光は、雲の輪郭をくっきりと空に描き出していて、とても眩しく、でもとても綺麗だった。


 疲れ切ってフラフラになった頭で、ぼんやりとそんな光景を眺めながら、何とかかんとかペダルを漕いで行く。


 ギアを一つ下げたことと、漕ぎ始めて加速がついたお蔭か、少しずつ自転車はスピードに乗り始めた。


 皆も最初は、休憩前とは比べ物にならないくらいのんびりとしたスペードで進んでいったが、徐々にスピードが上がってとりあえずは自転車としてのスピードで走れるようになっていた。


「…ふぇー、やっとペダル漕ぐのが楽になってきた」


 横の方で、気の抜けた声が聞こえた。


 そちらに視線を向けると、ほっとしたような表情を浮かべて、原田が俺と同じくらいのスピードで並走していた。


 どういうわけか今、原田が隣で走っていた。


 再出発の時、特にポジションチェンジをしようとか、どういう順番で走ろうとかを決めたわけではなかった。


 もうそんなことをあれこれ言う元気は誰にもなく、特にポジションチェンジもなく、自然と今まで通りのポジションで出発するような雰囲気だった。


 ところが、いざ出発となった時におもむろに原田が理久のすぐ側に行って、何やら一言二言耳打ちをしていた。すると、どういうわけか早々に出発した亮と健吾の後を追って、理久が芹沢の横に並んで出発してしまった。


 理久からも特に何かリアクションもなく、俺がポツンと取り残されたその状況に戸惑っている間に、「何してんの?ほら、早く行かないと置いてかれるよ」と原田に促されて、訳も分からず出発した。


 そうして、今原田と並走しているわけだ。


「…一体、どういうつもりだよ」


 思わず、そんな呟きが漏れた。


「うん?昇、何か言った?」


 漏れ出たため息に乗せて、本当に微かな声で言ったつもりだったのに、地獄耳の原田は俺の呟きをすんなりと掬い取った。


「いや、特に何でもない。独り言だから、気にすんな」

「えーっ、そうかな?今、チラッと私の方見てたみたいだし、何だか私に向けての言葉だったように聞こえたけど?」


 気付いていたのか、と盗み見していたことを当てられて、思わず身体が熱くなった。


「怪しいなー。昇さん、怪しいなー」

「分かった分かった。そうだよ、原田に向けて言ったよ」


 ニヤニヤ笑いながら、少しずつ距離を詰めてこようとしていた原田に、半ばやけくそ気味に降参した。昔から、こんな風に原田に問い詰められて上手く逃げられたことはない。


「それで?何て言ったの?」


 原田は、ついさっきまで疲れ果てていた様子だったのに、それを感じさせないくらいに饒舌に話を続けた。


「…原田、お前全然元気なんだな。よく、そんなにスラスラ話せるな」

「なーに言ってんの?もちろん、ヘトヘトのクタクタで今にも倒れそうなか弱い感じだよ?」


 か弱さの片鱗も見せない饒舌っぷりで、原田は首を傾げながらすっとぼけた表情をこちらに向けた。自身が可愛いことを理解している小悪魔の仕草だった。


 それがまた、一応ちゃんと可愛いもんだからタチが悪い。


「本当、原田って高校生になって更にタチ悪くなったな」

「えっ、何それ?」


 思ったことをそのまま口に出すと、原田からの反応は噛み付くように声は少し硬くなった。


「いや、中学の時以上に更に輪を掛けて悪魔感が強くなったな、と」

「何それ?そこは、恥ずかしがらずに小悪魔感が強くなったなって言えば良いのにー」


 そう、こういうところだ。


 こちらが、そのまま口に出すことを憚られてあえて言葉を変えて言ってることを、原田は躊躇いなく引っ剥がしてくる。


 そして、何を隠そうそれが原田に対しての褒め言葉だったりするもんだから、それこそタチが悪い。


「…で、何で原田は急に俺の隣に来たんだ?」


 これ以上は、ただただ原田にからかわれ続ける一方なので、こちらから話題を戻した。


 俺の問いに、一瞬原田は惚けた表情を浮かべたが、すぐにニヤニヤと笑みを浮かべ画少しだけ俺の方に近付いてきた。


「そりゃー、『海に向かって』ももうすぐ終わりだし、昇と二人っきりで話したかったからに決まってるじゃん」


 やけに甘ったるく、懐くような声で言ってくる。


「惚けるな。原田が、何もなくてわざわざ俺の隣に来ることなんてあるか」

「えーっ、ひどいなー。この二日間、何だかんだ昇とちゃんと話せる機会なんてなかったから、これも最後になると思って来たのに」


 まだ、原田は小悪魔の様相を崩そうとはしない。


 そうして、ニヤニヤ笑いながら少しずつ距離が近くなってくる。そこで動揺して自転車をグラつかせるのもあれなので、すまし顔でただ真っ直ぐ前を向いてペダルを漕ぎ続けた。


「…なーんてね」


 そこで初めて、原田が素の声を出した。


 その声に顔を向けると、原田は少しだけ俺から離れながら前を向いて自転車を漕いでいた。さっきまでのニヤニヤ笑いは既に引っ込んでいて、すまし顔を浮かべていた。


「何だよ、本性に戻るの早いな」

「本性って何よ。別に、もう昇の前で変に取り繕う必要もないでしょ」

「じゃあ、さっきのぶりっ子的なのはなんなんだよ」

「うーん、なんて言うか、ちょっとしたノリ?」


 言いながら、原田は「あはははは」と笑い声を上げた。


 それは、ちゃんと本心からの笑いだった。正直、午前中の冷たい態度からどういうつもりで原田がここに来たのか本当に分かっていなかった。それこそ、また何か原田を怒らせるようなことをしたのかと内心ヒヤヒヤしていたが、純粋に笑っている原田の様子に、ようやく身体に入っていた力が少し抜けた。


「何だ、原田は高校では結構猫被ってるのか?」

「もう、被ってる被ってる。猫そのもので過ごしてるよ」


 一瞬、猫耳を被って「ニャー」と言っている原田のイメージが一瞬浮かんできたが、すぐにその妄想を掻き消す。原田の場合は、可愛いイメージよりもツンとした猫のイメージの方がピッタリ合う気がした。


「まぁ、とは言ってもそもそも男子とほぼ喋ることないけどね。いつも一緒にいるのは女の子ばっかりだし」


 阿呆な妄想をしていると、原田が話を続けた。


「何だ、原田の高校ってあんまり男子と女子って話さないのか?」

「ううん、別にそんなことはないよ。他の友達は普通に男子と話したりもしてるし、別に話しにくいってわけでもないんだけど、私と私の一番仲の良いグループの子たちはあんまり男子と絡もうとしないだけ」


 何となくだが、原田の一番仲が良いグループとなると、ほぼ全員が原田水準のルックスな気がした。それは、男子としては何とも高嶺の花なグループで、仲良くなりたいがなかなかそこに飛び込める勇者なんていないのは、容易に想像ができた。


「華の女子高生が、寂しいもんだな」

「何よ、失礼ね。別に、女子高生らしくマックでお茶したり、服買いに行ったり、ちゃんと女子高生ライフは楽しんでるわよ。ただ単純に、あんた達みたいに気兼ねなく話せる男子がいないから、自分から絡もうとしてないだけ」


 何気ない調子で言われたが、それは思いがけない褒め言葉に聞こえた。


「えっ、何て言った?」


 だから、思わず聞き返してしまった。


「うん?いや、あんた達みたいに気兼ねなく話せる男子はいないなー、って」


 原田は、恥ずかしげもなく、当たり前のようにもう一度答えた。もしかしたら、原田も疲れが溜まってきて、頭が回ってないのかもしれない。


「…何だよ、じゃあ俺たちは素で話せる男子だったってわけか?」


 おちょくる感じで言いたかったのに、何だかこっちの方がこっぱずかしくなって、返答は少しぎこちなくなった。


「まぁ、認めたくないけどそういうわけね。やっぱり、今回来てみてあんた達は何だかんだ一緒に居て楽ね」


 また、原田は当たり前のことのように平然とそんな返答をしてきた。さっきの、こちらをおちょくるための小悪魔モードではない、あまりに素な状態での原田の返答と反応に、むしろこちらの方がどういう風にリアクションを取ればいいか分からない。


「あっ、ちなみに言っとくけど、別に私もモテないわけじゃないからね。結構、話したことない男子からも何回か告白されたこともあるんだから」


 それはそうだろう。いくらほとんど話したことはないといえど、原田のルックスを以ってして、話したことがないは告白をしない理由にはなり得ない。むしろ、周りの男子が本当に何もしてないとしたら、それはその高校の男子に大いに問題があるだろう。


「そりゃ、原田だったらそうだろ。むしろ、それは中学時代も同じだったんじゃないか?」

「うん?いや、私中学時代は別に告白されたこととかなかったよ。それこそ、その為に防衛線張ってたわけだし」


 防衛線と言われ、それがまさしく自分自身であったことに気付き、思いがけず墓穴を掘った形になってしまった。


「何だよ、防衛線って。ボーイフレンドのことか?」


 ここで変に意識した素振りを見せると何ともみっともないので、何てことのない振りを装ってこちらから聴いた。と言っても、やはり顔は原田の方に向けられてないので、結局みっともないことに変わりはない。


「うん、そうそう。まぁ、そんなの関係なしに男子といったらあんた達と一緒に居ること多かったから、あんまり関係なかったかもしれないけどね」


 原田は、変わらず自然に会話を続ける。中学の時もそうだったが、ボーイフレンドの件についてはこちらが結構恥ずかしがっていたのに、当の原田自身は恥ずかしげもなく過ごしていたが、それは今も昔も変わらないみたいだ。


 むしろ、その事を必要以上に意識しているのはやはりこちらだけのようで、その事に少し体温が上がる。


「まぁ、確かに言われてみれば中学時代も原田は俺たちとばっかりいたからな」

「そうそう。それ以外は、クラスの女の子とか、それこそ桜と一緒にいることが多かったけど、私と比べてやっぱり桜は凄かったからねー」


 当然のように、原田はここで芹沢の名前を出してきた。


 出てくるとは思っていたし、むしろ原田とこの二日間話をするときには、必ずと言っていいほど芹沢の名前は出てきていた。それでも、やはり原田から芹沢の名前を聴くと、どうしても身体が強張ってしまう。


「何か、今は桜の中学時代の気持ちが少し分かる気がするんだよねー」


 原田は、どこか遠くを見つめるかのように少しぼんやりとした様子で話を続けた。


「…芹沢の気持ちが分かるって、どういうことだ?」


 原田が一体何のことについて言っているか分からず、純粋に質問した。


「桜って、中学時代もめちゃくちゃ色んな男子から告白されてたでしょ?それこそ、桜も今の私みたいに男子と話すことなんてほとんどなかったと思うけど、それでも結構な頻度で告白されてたし。それこそ、それって小学校の時もそうだったんでしょ?」


 思いがけず、小学校時代の芹沢の話が振られた。


「……あぁ、確かに高学年くらいから結構告白はされてたみたいだな」


 咄嗟のことで普通に答えてしまったが、小学校の時の芹沢の話を聴かれるなんて一体いつ振りだろうか。


「そうなんだってねー。まぁ、桜くらい可愛かったら全然分からない話ではないけど、それが中学校になってからはもっとすごくなったみたいで。いやー、本当に桜は凄いよ」


 そう言って、原田は「たはは」と軽く笑い声を上げた。


「桜は、高校ではどうなってるの?あんまり、高校でのそういう話って桜教えてくれなくて」


 そのまま、また思いがけない角度からどんどん会話が投げ込まれる。


 どうしてそんなことを俺に聞く?とは思いつつ、原田があまりにも自然体で聴いてくるので、ちゃんと返答しなくていけない感じになっていた。


「…あんまり知らない。男子の間でもそういう話って聞かないし、俺自身そんなに女子と接点ないから女子から聞くこともないし」

「そっか。そうなんだね」


 俺が何とか言葉を選びながら返答したのに対して、原田の返答はあっさりしたものだった。と言っても、高校での芹沢のことなんて、俺にそれ以上の回答なんてできるはずもなかった。


 そこで会話が途切れた。結構なハイペースで話していたのが、打って変わって急に沈黙が訪れると、何だか落ち着かなくてチラリと原田を見た。原田は、ぼんやりと前を向きながら自転車を漕いでいた。


 その表情が、何故だか少し寂しそうに見えた。


「…ふぅ」


 横から吹きつけてきた風に、原田の髪が靡いた。


「……結局、桜の話になっちゃうんだよねー」


 そして、原田はまるで独り言のように呟いて天を仰いだ。


「って、最初からそのつもりだったんじゃないのか?」

「うーん、半分そのつもりだったし、もう半分はそうでもなかったかも」


 他人事のように、原田は言った。


「桜の話をしようって、確かに思ってたけど、最後になりそうだから昇と話をしたかったっていうのも本当」


 原田は、ポツリポツリと呟くように言葉を続けた。


 てっきり芹沢のことについて話があるものとばかり思っていたので、俺と話をしたかった、というのは意外だった。


 原田が、この二日間で俺に言ってくることといったら、決まって芹沢のことだったので、今もそうなんだろうと決めつけていた。


 でも、今原田から言われた「昇と話をしたかった」というのは、中学時代のように、純粋に俺と話をしたかったというように聴こえた。


 あの頃、原田とは何も気兼ねなく色んな話をしていた。趣味の話とか学校での話とか、馬鹿話も沢山していた。


 いつもその会話は楽しかったが、それこそ会話の中に芹沢のことが出てくることなど一度もなかった。


「…私はね、桜と昇のことを知っているようで知らない」


 再び話し始めた原田の声は、先程に比べると大分小さくなっていた。自転車に乗りながらだと聞き取りにくいはずのその声が、やけにすんなりとこちらまで届いてきた。


「私が桜と昇のことを知ったのは、桜と仲良くなってから結構経ってからだったの。桜が、中学の時に昇のことを自分から話題に出すことはなかったから。だから、私が昇と仲良くなったって話をした時、桜は本当に驚いた顔をしてた」


 その時の芹沢の顔を思い出したのか、原田は少し微笑んだ。


「今思い返せば、そんな顔もしたくなるよね。絶賛、気まずくなっている昇と、よりにもよって私が仲良くなってたんだから」


 言いながら、原田は少しこちらに目線を向けた。しかし、俺はその目とかち合うのが何だか気まずくて咄嗟に原田から視線を逸らした。


 原田は、特に気にすることなく前に向き直りながら話を続けた。


「まぁ、その時の私はそんなこと知らなくて、でも昇や井川たちと小学校は同じだったってことは知ってたから、私が三人と仲良くしてるんだからもしかしたら桜もこの中に入ってこれるんじゃないかな?って純粋に思って、何回も桜を呼ぼうとしてた。桜は、何かに理由を付けてそんな私からの誘いを断っていたけど」


 原田は、真っ直ぐ前を見ていた。その遠い目線の先には、自転車を漕いでいる芹沢の後姿が見えていた。


「普段は、絶対に私からの誘いを断るようなことなかった桜が、あんた達の所に行く時だけは、頑なについて来ようとしなかったから、流石に私も変だなって思って聴いちゃった。そこで、初めてあんたと桜のことを聴いた」


 前を向いたまま言われた言葉。それなのに、まるで真正面から突き付けられたように感じた。


「最初聴いたときは、あんた達三人と桜が仲良かったってことに素直に驚いたけど、同時に私には正直よく分からなかった。そんな風だったのに、中学入ってから疎遠になってて、どう考えてもその疎遠の理由はたった一人のせいだって」


 言葉は責められていたのに、原田の声は特に怒りもなく淡々とその事実を告げていた。


 しかし、その事が余計に情けない自分自身を自覚させた。


「あっ、ちなみに言っておくと、別にさっき桜から何かを言われてきたわけじゃないからね。というか、さっき桜からはあんたの話は一切出なかった」


 改めて言われたことに、予測していたこととはいえ、思いの外ショックを受けている自分がいた。同時に、どこまでいっても期待していた自分自身の浅ましさにほとほと呆れた。


 もう、本当ならそんなことを思う資格すらないというのに。


「だから、今私が話したことは、ただの私の余計な勘繰りとお節介だと思って聴いてね。ちなみついでに言うと、流石に分かっているとは思うけど、昨日桜から花火の時の顛末は聴いてるからね」


 それは、流石に分かっていた。昨日、あんなにも原田を怒らせたのはそれ以外には理由は考えられないし、それは今朝も釘を刺されていたことだ。


「…それは、流石に分かってるよ」

「あら、そう?まぁ、細かい二人のやり取りまでちゃんと聴いたわけじゃないし、私としても、これ以上首を突っ込むのは終わりにしようと思ってるから。最後は、昇と桜自身が結局決めることだと思うし」


 原田の言葉が、ゆっくりと、でも確実に胸に深く深く突き刺さっていく。


 原田は、芹沢からどんな風に聴いているんだろう。芹沢は、原田にどんな風に伝えたのだろう。


 それを想像すると、どう考えても泣きそうな表情の芹沢の姿しか浮かんでこなくて目を背けたくなる。そうなったのは、他の誰でもない俺自身のせいだというのに。


「……」


 結局、返すべき言葉が浮かんでこなくてただ黙っている事しかできなかった。


 苦しい沈黙の時間がゆっくりと流れていた。


「…ごめん」


 すると、原田から謝りの言葉が投げられた。


「何か、また昇を追い詰めるようなこと言っちゃってるね。ごめん」

「いや、それは…」


 今朝から、確かに芹沢からは責められてばかりだ。でも、それは全て自業自得なんだと受け入れていたものだったから、原田から謝られるのは違う気がした。


「悪いのは、俺だから」

「でも、部外者のはずの私が首を突っ込み過ぎている気もするんだ」


 間髪入れずに言われた原田からの言葉は、思いがけないものだった。


「正直、今回の旅行で桜を連れてこようと言ったのは私と井川だった」


 亮からもされていたカミングアウトが原田の口から零れ出た。


「桜は、私から見てると昇と話をしたがっているみたいだったし、井川も『昇も同じように思ってるんじゃないか』って言ってた」


 原田は、淡々と種明かしを続けた。


「でも、昨日桜から何となくの顛末を聴かされて、反射的に昇に対して苛ついてあんな態度を取った。でも、よくよく思い返すと、私がそんな態度するのも何か違うなって思ったんだよね」


 そう言いながら、原田はどこか自虐的に笑った。


「私たちは、勝手に二人が仲直りしたいと思っているって思い込んでいたけど、昇が拒絶したって話を聴いた時、もしかして違うのかなって思った」


 原田は、息を整えるために一度言葉を区切って大きく息を吸い込んだ。そのほんの僅かな沈黙も、今は少し苦しかった。


「よくよく考えてみると、昇の側からは私たちのやっていることって、本当にただただ迷惑なことだったんじゃないかな、って思ったんだよね。引き合わされたくもない相手と、他人から引き合わされるのって本当に鬱陶しいと思うし」


 そこまで言って、原田がこちらを向く気配を感じた。でも、俺からはそっちに顔を向けられない。


「ねぇ、昇」


 一旦言葉を止めて、意を決したように原田は続けた。


「昇自身は、本当は桜とどうしたいと思ってるのかな?」

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