第2話「再会」②

 原田が俺のことを「ボーイフレンド」というようになったのは、いつのことだっただろうか。

 

 原田と初めて会ったのは、中学二年生の時だった。

二年生に上がった最初の登校日。クラス替えの発表が玄関に張り出され、それを亮,健吾,理久と一緒に見に行った。

 

 その頃からすでに仲が良かった俺たちは、普段から一緒に行動していることが多かった。


「よっしゃ、同じクラスだぞ、俺たち!」

「マジか!」


 それが、二年生になって全員同じクラスになれた。一年の時はそれぞれ別のクラスだったので、それだけでテンションが上がった。


 しかし、俺たちがそうしてはしゃいでいた横で亮が何かを見つけた。


「おっ!」

「どうしたの?誰か見つけた?」


 理久も、すぐさま反応した。


「見てみろ、この名前」


 亮の指差した同じクラスのところに「原田由唯」という名前が載っていた。


 しかし、この時の俺はその名前にピンと来ず首を傾げた。それは理久も同じだったようだが、健吾だけが違った。


「おっ、これは俺たちついてるな!」


 健吾は、亮と顔を見合わせるとニヤリと笑った。


「おい、誰なんだこの原田って女子は」


 もったいぶっている二人に、たまらず問い質した。


「なんだ、知らないのか昇。原田由唯を」


 そこで初めて、原田由唯という女子のことを聞いた。


 原田は、中学一年の冬になって関東からこちらに来た転校生だった。クラスは一組で、亮と健吾は同じクラスだった。


 初めて見たときは、衝撃的だったという。「関東から来た」とか、「標準語を話している」とか、その物珍しさに興味は惹かれた。だが、そんなことより男子がこんなにテンション上げて話すというのは、その理由はもちろん一つだ。原田は、ずば抜けて可愛い美少女だった。


 東京から、美少女が転校してきた。


 そんな漫画のようなシチュエーションは、男子の間で瞬く間に噂として広がった。原田の姿を一目見ようと、男子たちは彼女のクラスの前を通るとき、誰もが教室の中を見てその姿を探したという。


 しかし、二組で同じクラスだった俺と理久にもその噂は入っては来ていたが、二人とも別段そこまで強い興味はなかった。


 田舎の学校に転校生が来ることはよくあることで、それに対して俺も理久も特に気に留めることはなかった。東京から、ちょっと可愛い子が入ってきたらしいぞ、というくらいの認識でしかなかった。


 また、転校してきたタイミングも、もう少しで春休みが始まるという時期だったので、そもそも他クラスと顔を合わせる機会も少なかった。


 そんなわけで、原田と初めて会えるのは中学二年生初日となった。


 二年生の新しいクラスへと向かう時、思わず浮き足立っていたことを覚えている。


 他の男子と比べると、そこまで強い興味があったわけではないのは本当だが、とはいえ俺も男子だ。噂の転校生が同じクラスということが分かって、全くワクワクしないと言ったらそれは流石に嘘だった。


 二階まで上がってくると、廊下には各教室の前で皆が団子になって集まっていた。各教室の扉に座席表が貼られていて、皆がそれを確認するために集まっているのだ。


 クラス替え初日は、席替え初日でもある。新しいクラスメイト達との最初の席ということで、一番初めがどんな席になるのか、皆がソワソワした様子で自分の席を我先にと確認していた。


 皆が団子になっている中を、俺たちも切り込んでいった。


 座席表には、白い四角の枠の中にそれぞれの名前が書かれてあり、基本男女は隣同士の配置になる。自分の名前を探すのと同時に、思わず原田の名前はどこにあるのだろうかと気になった。


 そして、驚いた。


 俺は、原田の隣の席だった。


 まさか、ついさっき話題に上がった美少女とこんなにも早く隣の席になれるとは。


 思いがけず舞い込んだ幸運に、思わず顔が少し緩んだ。


 当然、集団を抜けた後にさんざん亮と健吾になじられ、「なんでお前ばっかり!」「ずるい!」とか、好き勝手なことを言われたが、それもいつものことなので軽くかわして、早々に席に向かった。


 亮と健吾のブーイングを背に受けながら席に着いたが、まだ隣の席に原田は来ていなかった。


 あいつらがあれだけ言う子だ。どんな子だろう?


 この当時、俺たち四人の間で女子の話題が出ることはほとんどなかった。今思えば、各々の中で興味がなかったわけではなかったと思うが、俺たち四人が揃って話すことといったら、ほとんどが部活か漫画かゲームの話だった。


 そんな中で、亮と健吾があれだけ囃し立てるのだ。期待をするなという方が無理な話だった。


 ところが、他のクラスメイトが徐々に教室に入ってくる中で、原田と思われる女子は一向に姿を現さず、チャイムが鳴る五分前になっても原田は来なかった。


 最初は、原田が来るのをソワソワしながら待ち構えていたが、次第に自分自身がこうして緊張していることがアホらしくなってきた。


 何、浮かれてんだろう。


 冷静になってみると、可愛いと噂の女子とたかが隣の席になるくらいのことだ。実際、まだ会ったことはないので、こういう場合はハードルばかりが上がってしまっていることも多い。いざ対面してみると、こんなものかと拍子抜けするのはよくある話だ。


 そう思うと、ますます自分の心は平静を取り戻していった。


 しかしそれは、


「あっ、ここだ」


 隣の席に鞄を置く音、椅子を引く音が響いた。音に反応して、思わず顔がそちらを向いた。


 原田を直接見たことがないから、言えることだと思い知らされた。


「澤島君だよね?」


 すっかり固まってしまっている俺に、原田は笑顔で問い掛けた。


 何か返事をしたのか、ただ頷いただけだったのかは、もう覚えていない。


「原田由唯です、よろしくね!」


 それでも、初対面と思えない親しさで満面の笑顔を向けてくれた原田の顔だけは今もよく覚えていて、それに対して俺は「…よろしく」と小さく答えることしかできなかった。


―――


 原田は、紛れもなく正真正銘の美少女だった。


 髪は、綺麗なショートヘアー。顔立ちははっきりとしているが、全体的に醸し出されている雰囲気はどこか優しい。


 そして何より、原田は女子の中でも特に明るい子だった。


 クラス関係なく、女子とは基本誰とでもすぐ仲良くなって、男子とも特に屈託なく話していた。まさしく、絵に描いたような美少女優等生で、先生たちからの評価も高かった。


 しかし、そんな原田と一番仲良くなったのは、どういうわけか俺だった。


 最初に隣の席になったその約一か月の間で、俺と原田はよく喋った。


 初めの頃は大変だった。ここまで可愛い子と話したことなんてなかったので、原田が話しかけてくるたびに緊張して、どもって声も思うように出すことができなかった。


 しかし、それでも原田は俺に話しかけて来てくれて、そのおかげで俺は少しずつ原田にも慣れ、話もまともにできるようになっていった。


 そうして話し出してみると、驚くほどに俺と原田は気が合った。


 趣味の話、音楽の話、好きな科目、好きな先生、好きな料理、好きな映画、観ているドラマ……


 話せば話すほど波長が合っていき、どんどん共鳴していくような感じだった。テニスで言えば、次に相手がどこに球を打ってきて、どこに打ち返せば相手が取りやすいか、それが全て分かるような心地いいラリー。それが、原田とはできた。


 またそうしていく中で、原田の化けの皮も少しずつ剥がれてきた。


 元気で明るく天真爛漫、それでいて才色兼備のお嬢様。関わりが薄ければ薄いほど、原田の評価というのはどんどん上がっていき、誰も手に入れられないような高嶺に咲く花となっていった。


 ところが存外、本当の原田の性格は、そういった一面からは想像できないようなものだった。


 負けず嫌いで、一度決めたことはそうそう曲げることはない。理論派で、時には男子であろうとロジックで叩き潰すような強い一面も持ち、それでいてそれが原田の真の姿と言っても過言ではなかった。


 現に俺も、何度言い合いをしてボコボコにやられたか分からない。


 しかし、その性格が他の三人と原田が仲良くなるきっかけになった。男子とも普通に仲良くなれた原田は、他の三人ともいつの間にか仲良くなってしまい、気が付けば当たり前のように俺たち四人のグループの一員になっていた。


 仲の良い女子もとても多かった原田は、女子の中でも色んなグループに出入りをしていたが、それでも俺たちと一緒にいることは比較的多かった。基本、気遣いとかは一切なしの俺たちの関係性が心地良かったらしく、「皆の中にいるのもそれはそれで大変なんだよー」と、たまに女子グループの内情を暴露して俺たちを震撼させた。


 そして、原田が本性を現せば現すほど、どういうわけか俺と原田の仲もどんどん良くなっていった。


 そうして、一か月が過ぎ席替えをし、原田と席が離れてもなお俺たちが仲良くしていると、クラスである噂が流れた。


『澤島と原田は付き合っている』


 よくある話だった。男子と女子が隣同士になるように、毎回席替えは行われるので、毎回隣には女子が来るようになっていた。そして、隣通しになると大抵その二人は仲良くなる。特に、俺も女子と話すのがそこまで苦手でもなかったので、他のやつ以上に仲良くなっていた気がする。


 しかしそれは、席が隣同士の間の話だった。約一か月ごとに行われる席替えで、人が入れ替わるたびに、それまで仲良かったのが嘘のように話す機会がめっきり減るようになる。それが、ほとんどの男子と女子の友だち事情だった。


 ところが、俺たちは違った。原田は、席が離れてからでも俺や俺たちのところに来て、向こうが何の抵抗もなく来るものだから、俺たちも原田には気軽に話しかけていた。


 その中でも、特に俺と原田は仲が良かった。そして、それに少なからず妬みを持ったクラスの男子が噂をばらまいた、というところだろうか。


「…面倒くさいことになったな」


 噂を耳にして、しばらく経ったある日の放課後、俺は原田と二人で教室にいた。もうすぐ部活が始まるという時間帯だったので、教室はおろか廊下にも生徒は一人もいなかった。


「そうだねー」


 原田は、自分の机に座り足をブラブラさせながら、外をじっと見ていた。


 その日は、羊雲が広がる夕焼けが綺麗な日だった。夕日に焦がされた雲たちが、まるで列を作ってどこか遠いところまで向かっている、そんな綺麗な夕方だった。


「どうする?教室とかで話すのは止めるか?」

「それは、嫌」


 原田は、即答だった。


「何であんな噂真に受けて、私たちが我慢しなくちゃいけないの?そんなの絶対におかしい」


 原田は、こんな状況になっても意思が曲がらない。この時、俺にはそんな原田がやけに格好よく見えてしまった。


「…よし、決めた!」


 突然、何かを思い立ったかのように、原田はバチンと手を叩くと勢いよく机から飛び降りた。


 そして、


「昇、今日から私のボーイフレンドね」


 飛び降りた勢いそのままに、ビシリと俺の方を指差してそんな宣言をした。


「……はっ?」


 当然、原田の言葉が理解できず、俺の反応は間抜けなものになってしまった。


「お前、今何て言った?」

「ボーイフレンド。聞こえなかった?」


 原田は、いつもと変わらない調子で平然と言い放った。


 こいつは、一体何を言っているんだろうか。


 今まで、彼氏彼女だっていう噂は下らないと一蹴し、変わらずに教室でも話そうと言っていたのに、話が一気に思わぬ方向に飛んで行った。


 ボーイフレンド。それはつまり、、


 原田と一緒に手を繋いでいるという妄想が一瞬よぎり、思わず顔が赤くなるのを感じた。


「…って、昇、何か変な想像してない?」


 原田に指摘され、出ていた汗がギュッと引っ込んでいった。


「へ、変な想像なんてしてねぇよ」


 どもってしまっている自分に、また顔が赤くなる。


 しかし、そんな俺を訝しげに見ていた原田は、次の瞬間、


「もしかして…」


 笑い声を爆発させた。


 涙を流しながら腹の底から笑っている原田に対して、俺は戸惑うばかりで変な汗を止めることはできなかった。


 ひとしきり笑い終えた原田は、浮かんだ涙を拭いながらこちらを見つめた。


「ごめんごめん、私の説明不足だったね」

「…って、どういうことだ?」


 どんどん顔が赤くなっている。何なんだろう、この置いて行かれている感は。


 しかし、そんな俺のことは置いてけぼりで、原田は淡々と続けた。


「ボーイフレンドっていうのは、言葉のまんま。『男友達』って意味。彼氏彼女とかじゃなくて、友だち。だけどそう言ってれば、周りは変に囃し立てなくなるんじゃないかな?」


 何とも紛らわしい言い方だった。


 「ボーイフレンド」と言えば、それはそっくりそのまま「彼氏」という意味になってくる。多くの人の認識はそれだ。


 ところが、原田の認識はどうやら違っていたようだ。


「……そういうことなら、別に構わないんじゃないか?」

「あれ?昇、何か怒ってる?」

「怒ってない!」


 一瞬でも、原田と恋人同士になっているという想像をした自分が恥ずかしかった。


「悪い、俺部活行くわ」

「あっ、逃げるなボーイフレンド昇!」


 その言い方にギクリとするが、無視して部活に向かった。


 しかし、部活に向かっている途中で気付いたことが二つあった。


 一つは、原田とはあくまでも友達だということに、ちょっとだけ残念だと思ってしまったこと。


 そしてもう一つは、原田がいつの間にか俺のことを「昇」と呼んでいたことだった。


―――


「おーい、昇?」


 気が付くと、目の前に原田の顔があった。


「うわっ!」


 回想の中で俺をおちょくってた顔がすぐ目の前に現れ、思わず飛び退いてしまった。少し離れてからも、心臓は早鐘を打つように騒がしい。


「相変わらずだね、昇。考え事すると、すぐそうやってどっか遠くいっちゃう」


 そう言う原田は、喋り方はあの当時のままだが、雰囲気が明らかに変わっていた。


 服装は、シンプルな水色の半袖Tシャツに、白のショートパンツ。足元は、自転車での長距離移動を考えてかスニーカーだ。至ってシンプルな服装なのに、それがやけに似合っていて、しかもどこか色っぽい。


 雰囲気も変わっていた。中学生の頃は、普通に可愛い美少女という感じだったが、高校生となった今はそこに大人っぽさが加わって、さらに綺麗になったように思えた。


 こんな子と、中学時代あんなにも仲良かったのかと思うと、あの当時の俺を本当に褒めてやりたい。


「ごめん、暑くてちょっとぼーっとしてた」

「ちょっと、これから氷見まで行くんだから、しっかりしてよ?途中で倒れても、私助けないからね」

「ひど……」


 しかし、原田から掛けられる言葉は相変わらず遠慮がなく、あの頃とちっとも変わっていない。それに対して、ごく自然に返せている自分自身にほっとした。


「なーに、昇がぶっ倒れたら、俺がおんぶして氷見まで運んでやるよ」


 そして、こんな時決まってふざけるのは健吾だ。


「俺特製のウォーターベッドで安らかに眠れ……」

「ってそれ、汗でベタベタなだけじゃねぇか!」


 すかさずツッコミを入れる。しかし、一瞬想像してしまって変な汗が出た。


 見ると、原田も同じように引いている。


「吉川……あんた、絶対モテないでしょ?」

「うっさいわ!」


 原田の遠慮ない物言いに、健吾もすかさず切り返す。お互いに、三年ぶりに会ったとは思えないほど、そのやり取りは自然であの頃のままだ。


 あの頃も、賑やかな健吾が場を盛り上げ、そこに原田が遠慮ない言葉を投げてひとしきり二人の漫才が始まる。そこに、時には亮が混ざって場をかき乱して、俺と理久はそれを見て笑っている。


 今、目の前で繰り広げられているのは、まさしくあの頃の光景そのままだった。


 そう、俺はこれを望んでいたんだ。


 出発前に胸の中にあったモヤモヤが、静かに溶けていくのを感じた。


「よし、盛り上がってるところ悪いけど、そろそろいいか?」


 まだ、不毛なやり取りをしている健吾と原田に割り込んで、とりあえず場を治める。


「じゃあ、これで全員揃ったことだし、行こうか」

「おー!」


 健吾が元気なお返事で手を大きく挙げて、それにつられて理久も笑顔で手を挙げている。


 いよいよ、海への自転車旅行が始まる。


 家を出る前の杞憂はすっかり吹き飛び、あとはこの二日間の自転車旅行を存分に楽しむだけだ。


「よっしゃ、じゃあ…」

「ちょっと待った!」


 ところが、それを止める声が上がった。


 原田だ。


「な、何だよ」


 驚いて、問い質す。


 なぜ、止めたんだ?

 

 何だか、嫌な予感が胸を掠めた。


「ふふーん。実は、まだ全員揃っていないの」


 その言葉に、心臓がドキリと弾む。


「……何言ってるんだ?俺と亮が呼んだのは、この五人だけだ」


 そう、ここにいるメンバー以外に声を掛けた覚えはないし、他の誰かを呼んだなんてことも聞いてはいない。


 そうだよな?と亮の方を見る。すると、なぜか亮は俺から目を逸らして、明後日の方向を向きながら口笛を吹く素振りをしている。


 そのことに、さっきの嫌な予感が更に膨らむ。


 まさか、


「実は、私一人で紅一点っていうも悪くないけど、やっぱり女子一人は寂しいということで……一人、シークレットゲストをお呼びしておきました!」


 原田は、あの記憶の中の表情を浮かべた。俺を「ボーイフレンド」と呼んだ時の、悪だくみを思いついた、悪戯っ子の表情だ。


 嫌な予感が、次第に具体的になってきている気がした。


 もう一人、女子。


 脳裏に、一人の人物が浮かび上がった。しかし、その顔が浮かんできたことに、強くかぶりを振ってその顔を頭から消し去ろうとする。


――どうして、お前が出てくるんだ?


「ほら、来た」


 原田は、遠くに向かって大きく手を振った。ゆっくりと、そちらの方に顔を向ける。


 向こうから、自転車を漕いでこちらに向かってくる白いシルエットがあった。そのシルエットが、こちらに気が付いて手を振ってくる。


 嫌な予感が、現実になって目の前に現れた。


 近づいてきたそいつは、紛れもなく一番会いたくないあいつだった。


「……ごめん、遅れちゃった」

 

 あいつは、原田に向かって言った。


「遅いよ、桜。もうちょっとで行っちゃうところだったよ」


「ごめん、ちょっとバタバタしちゃって」


 そして、慌てて走ってきた息を整えると、笑顔を作って三人に向き合った。


 そう、俺以外の三人に向かって。


「皆、久しぶり」


 芹沢桜は、三人に笑顔を振りまいた。三人は、キョトンとして異口同音に「久しぶり」と言った。そこには、先ほど原田が来たときと同じような、照れが含まれていた。


 そして芹沢桜は、最後にじっと俺を見た。


 いや、睨み付けてきた。


「久しぶりだね、昇」


 それは、他の三人に対してとは明らかに違う冷たい言い方だった。顔も、笑顔だが目が笑っていない。


「……久しぶり」


 動揺を悟られまいと、思わず顔を背けてしまった。何となく、顔を背けると負けたような気になるが、どうしても顔を見ることができない。


 どうしてそんな顔をするんだ?


 しかし、そんなことを思っているうちに、芹沢桜は原田との再会に二人で嬉しそうにはしゃぎ合っていた。その声が、どこか遠くで聞こえるような気がした。


 「久しぶり」だって?


 こいつは、確かにそう言った。それは、おかしい。だって現に、男子三人は不思議な表情で俺と芹沢桜を交互に見ている。


 なぜなら、俺と芹沢桜は、


 高校が一緒なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る