第13話 節と節と合わせて……?
看護師たちの詰め所にひょっこりと千陽が覗き込んだ。
「すいませーん。連絡を受けて来たんですけど、ふみ君の病室ってどこですか?」
「あぁ、村井さんですね。105に居ますよ」
「ありがとうございまーす」
看護師さんにそう微笑んで、千陽は病室へ向けて回り右と体を回転させる。
「あの」
すると、背後で女性が千陽を引き止める。
「はい? なんですか?」
千陽は首だけその声の主である看護師へと向けた。
「両国千陽君ですよね?」
「そうですけど?」
「あ、あの。前の公演のときに演じていた虎のマスコット役めっちゃ可愛かったです! また今度の公演も観にいきますね!」
どうやら、この看護師は千陽が役者だということを知っていたようだ。
「ありがとうございます。いつでもきてくださいね」
千陽は爽やかな営業スマイルを看護師に投げかけて、文了のいる病室へと向かった。
詰め所から歩いてちょっとしたところに、105という文字が見えて、そのドアに手をかける千陽。扉をゆっくりとスライドさせると、そこには。
「ねーねー、婦長からとっびきり可愛い子を付けて置いたって言ってたけど、本当に看護師さん可愛いねぇー。名前はなんていうの?」
「ミツキですけど……」
「ミツキちゃんって言うんだ! 名前からも可愛さが溢れかえっているね。名づけたご両親に私から土下座で感謝したいよ、本当に。ミツキちゃんと仲良くしたいから、連絡先とか交換したいなー? なー?」
文了が看護師さんを口説いている光景が目に入った。
「いや、規則でそういうのはちょっと……」
看護師さんは引きつったような笑みを文了に向ける。
「ふみ君。ここはそういうお店じゃないんだから、看護師さんを困らせちゃ駄目でしょ」
そろそろ出てこないと、文了が強行軍で看護師さんの連絡先を問いただしそうだったので、千陽は急いで止めに入った。
「あ、千陽君。いらっしゃーい」
「いらっしゃいじゃないよ。ふみ君。大怪我して入院するっていうから心配したんだけど、パッと見元気そうじゃないか。心配して損した」
千陽はガックリと肩を落とす。
「私も一日だけだし入院なんて大げさなことはいらないって言うのに、医者もおっさんも婦長も聞かなくってさ。渋々言うとおりにしたってわけさ」
文了もやれやれと言わんばかりに首を横に振る。
「でも、ふみ君が大人しく言う事を聞くだなんて珍しいよね。何か裏がありそう。担当に看護師さんもすごく可愛いし」
「でしょ!? いやぁ。婦長から病院の中で一番可愛い子をつけてあげるし、あとで婦長特製の筑前煮を山ほど持ってくるって言われて、仕方なくね」
「やっぱり、ふみ君は美人さんとご飯には目がないよねぇー。やれやれだ」
「あの……私はこれからミーティングがあるんで、失礼しますね。何かあったらコール押してください」
看護師はぺこっと会釈をして病室から出て行こうとしていた。
「もう、ミツキちゃんのためなら何回でもボタン連打するからねー!」
「ふみ君、それはとても迷惑だからやめておこう」
千陽はそういって文了に諭す。
「冗談だよー。さて、本題に移ろうか?」
文了は布団の中から一枚の写真を取り出した。そこには、アスファルトに転がっている一鉢のよく見る茶色の植木鉢が写っていた。
「これが今回私の頭に命中した植木鉢。落下速度や割れ方なんかから加味するに、どうやら五階から上の階層から落とされたものだったみたい」
「結構な高さだよね。よくふみ君頭皮を切っただけで済んだよね。普通なら頭蓋骨割れているか凹んでいるよ」
「自慢じゃないけど、結構頭は固いほうだからねー。さて、話を戻すけど、植木鉢に指紋が残っていないか調べた結果。植木鉢自体に付着している指紋は一切無かったそうだ。元からあった指紋すらもね」
「つまりは、植木鉢についていたものはすべて拭き取られているってこと?」
「ご名答」
次に文了は荒っぽい画像の写真を数枚、移動式のテーブルの上に並べた。
「マンションの方を向いている監視カメラが全部で8台。全て、エントランス方面は写っているんだけど、肝心の植木鉢を落としたと思われる5階より上の階層は残念ながら写しているカメラは1台も無かったらしい」
「ふみ君の直撃の瞬間は見えるけど、落とした瞬間は見えないってことかー残念。一体なぜ植木鉢なんて投下したんだろうね?」
「恐らくは、威嚇だったんじゃないかなぁ?」
文了が写真を片付けながら答えを述べる。
「威嚇?」
千陽は首を傾げた。
「本来は威嚇目的でわざと外して十子さんからちょっとずらして植木鉢を落とす予定だった。だけど、私が不意にそれに気づいて、十子さんから落ちてくる植木鉢を遠ざけようとした結果、見事命中してしまったっていうね」
「なんというか……ふみ君もっているよねぇ。悪い意味で」
千陽はそういって真顔になる。
「犯人が想定していない出来事が起こってしまったから、きっと動転しているだろうねぇ」
「でもさ、威嚇じゃないかっていうことは何で気がついたの?」
「それは、これだよ」
文了は例の脅迫状を千陽に見せる。
「あ、また脅迫状届いたんだね」
「そうなんだよ。ここには『初めの事件は、成功だ。またお前の周りで誰かが消える』と書かれている。十子さんや私を最初から狙ったのであれば、予告なんてまどろっこしいことはしないハズだ。だから、脅しや威嚇目的で植木鉢に脅迫文を刺して落としたんだと思う」
「ふーん。そういうことか。ところでさ、ふみ君」
「なんだい?」
文了はルンルンと楽しそうに千陽に聞き返した。
「この事件の犯人。実はもうわかっているんでしょ?」
千陽の一言でピタリと文了の動きが止まった。
「どうして、そう思うんだい?」
「だって、何もかも見透かしてそうな感じの物言いだからさ」
「……フッ」
文了は鼻で笑う。
「私はミステリー小説であるような頭脳明晰な名探偵ではないからね。そんなにすぐに犯人が分かるわけがないじゃないか。最も……」
文了は口元を触りながら笑みを浮かべた。
「私は、メインディッシュは最後まで取っておきたい派だからねー。最後まで味わいたいんだよ」
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