第10話 憎くても憎めない
「お待たせしました。簡単雑炊の完成です」
文了はニッコリと笑いながら十子に容器とスプーンを出しだした。
「ありがとうございます」
十子は深く息を吸って雑炊の香りを嗅ぐ。ふわっとした香りが鼻孔をくすぐった。
「食べるときはおにぎりを潰しながら食べるといいですよー」
「いただきます」
両手を合わせて、十子は容器に入っているおにぎりを少しずつ潰していく。
それをスプーンで掬い取って口に運ぶ。
「美味しい」
「既製品だからと最近のフリーズドライのスープとかは侮ったらダメですねー。凄くおいしい味噌汁とかあるので。あ、このおにぎり雑炊はコーンスープとか入れるとリゾットになるんですよー」
そう笑いながら自分用の雑炊も手際よく作り始める文了。
「私のためなんかにこんなにして頂いて有難うございます」
「いえいえ。私は美人の奥さんが困っているのが見ていられないだけですから。こんなこと、本当に朝飯前なだけです。今は昼時ですけどね」
文了のその言葉にフフッと十子から笑みが漏れた。
「文了さんって面白い方ですね、本当に」
「えっ、そうですか!? いやぁ、そう言われると私もテンションが上がっちゃいますよ」
「刑事さんからは、文了さんにはあまり深入りするなと言われていたんです。でも、今でもその理由が今でもよく分からなくて」
「あー……、それですか」
文了は視線を逸らす。
「台東のおっさんとは私が小学生の頃からの付き合いですから、まだ子ども感覚なんだと思いますよ。私だって立派な? 成人男性なんで、ちゃんと一人前として見て欲しいんですけどねぇー。あはは」
ハッハッハと乾いた笑いで文了は言葉を濁す。
「そうなんですね。でも、こんなに料理も美味しくいからもう立派ですよ。亡くなった夫は料理なんてからっきしダメでしたから。生きていたら文了さんの爪の垢を煎じてあげたいくらいです」
「奥さんからの最上級の褒め言葉、嬉しくてこのまま死んでもいいかもしれない」
文了は両手で顔を覆ってくねくねと気持ち悪い動きをする。
すると、十子のスマホから音楽が鳴った。
「あ、すいません。電話が」
「あ、どうぞ、お構いなく」
文了がそういうと、十子は電話を取る。
「もしもし? はい……はい。分かりました。準備が出来たら向かいます」
電話はものの数分で終了した。
「文了さんごめんなさい。これから警察署に行かないと行けなくて。折角きていただいたのにすぐに出掛けることになってしまって」
「警察の用件が第一ですから、大丈夫ですよ。警察署までお送りしましょうか?」
「いいえ、どうやら迎えに来ていただけるみたいなので大丈夫です。ありがとうございます。あと、雑炊ご馳走様でした」
「お粗末さまでした。私でよければいつでもご飯作りに来ますよ。なんなら、このまま奥さんの専属のシェフに」
ぐっと十子の両手を掴んで、キラキラした目で訴える文了。
「いやぁ……それはちょっと……」
流石にその言動に十子は引いてしまう。その反応を見て、文了はパッと手を離す。
「冗談ですよー。さて、私はお暇しますね」
せっせと広げたものを片づけて風呂敷を包んでいく。
「本当に有難うございます」
「また何か些細なことでも気軽に連絡してくださいー。飛んでくるので」
手をヒラヒラと振って文了は十子の自宅を出て行った。
文了が去った後、十子は冷めたような顔で身支度を整え始めた。
文了がルンルン気分でマンションを出ると、エントランスには台東が仁王立ちで立っていた。
「あ。おっさんがお迎え係? 若い者に任せて自分は偉そうに椅子に座って踏ん反りかえっておけばいいのに」
「お前が居なければ安心してそうさせて貰うんだがな。お前を野放しにするわけにはいかないからな」
「あはは。やめてよ。人を害獣呼ばわりするのは。おっさんがあの時に見た私が本当の姿だなんて確証なんて何処にもないだろ? こう見えても普通に一般人を謳歌しているんだけども?」
「お前はそういうが、数値は嘘をつかないからな」
台東は懐から一枚の紙を取り出して、文了に叩きつける。
「……」
文了はその紙を興味なさそうに眺めていた。
「生憎、私は数字には疎くてねぇ。それにしてもダメじゃないか、おっさん。礼状も無いのにそんな極秘資料持ち出しちゃ」
「忘れたか? まだお前との縁は切れてないからな。正規の申請をすればちゃんと手に入るんだ」
「……そういえば、そんな契約結んでいたっけ? 随分と昔のことだからすっかり忘れちゃっていたよ」
文了はそう笑うが、目は一切笑っていなかった。
「それはたかが数値の問題だろ? 私はコントロールが出来るから安心しなよ。それとも……」
文了は台東の胸ぐらに掴みかかる。
「おっさんのいとしの一人娘……契約上だったら、私の妹になるのかな? あの子がどうなってもいいのかな?」
「お前っ……よくもっ」
文了の言葉に台東は文了に掴みかかろうとする。
「おっさん。監視カメラに一般人に暴行を振るう刑事の姿が映ってもいいのかな?」
「……っつ」
そういわれて、台東はすぐ手を放した。
「まぁ、私も方も言い過ぎたよ。アレは冗談だし、何もしない。それは本当だよ。だから、安心して……ね?」
文了はそう言ってニヤリと笑っていた。
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