第9話 機転を利かせる大勝利
「はい。すいません。何とか一人でやっていけると思います。ありがとうございます」
十子はか細い声で電話先の相手にそう伝える。
朝からもう何件目の電話だろうか。すでに、言う言葉もテンプレート化してきていると自分でも思っていた。
事件についての報道がニュースや新聞で取り上げられていて、ソレを見て夫に縁がある人たちが次々と電話を掛けてきた。
それに早朝から追われている十子。時折、それに便乗して報道機関なども事件についての詳細を訊き出そうと電話を掛けてくるので、精神的に参っていた。
「はい。またその時は……、ハイ。失礼します」
そういった後、優しく受話器を下ろす。
「はぁ……」
十子の口からは大きなため息が漏れる。
力のない足でのろのろと寝室へと向かい、ごろんと横になった。
昨日も事件のことや友達、奈緒美のこともあり、そんなに熟睡出来ていない。それなのに早朝からの電話ラッシュに十子は参りきっていた。
なかなかご飯すら食べる気にもなれずに、寝転がりながらスマホを開くと、通知が一件入っていた。
どうやらSNSで奈緒美のアカウントに更新があったようで、ソレをぼーっとした目で眺める。
彼女の更新されたSNSでは贅沢な遊びを楽しんでいる彼女の写真が映っていた。
満面の笑みで笑うそんな彼女の表情からは、全くお金に困っているような感じは伺えなかった。はぁ、とため息を付きながら十子はSNSを閉じたその時、いきなり今度はスマホの着信音が部屋に鳴り響く。
十子が慌ててスマホの着信番号を確認すると、どうやら警察署からであった。
呼吸を整えて電話に応じる。
「もしもし?」
『おはようございます。台東です』
電話の先では不機嫌そうな台東の声が聴こえてきた。
「あ、おはようございます。夫の件でしょうか?」
『はい。旦那さんの検死結果が分かったのでご報告に。やはり、後頭部を何度も鈍器で殴られたことによる失血死のようです。頭蓋骨が結構な面積において陥没していました。あと、微量ではありますが、睡眠導入薬の成分も検出されているみたいですね。旦那さん、不眠症か何かだったんですか?』
「え? えぇ、仕事が忙しすぎると目が冴えて寝られないことがあるみたいで。良く飲んでいたのを見たことが……」
『なるほど、それならいいんですけどね』
「というのは?」
十子は台東の言葉を聞き返す。
『何者かが旦那さんに睡眠導入薬を故意に飲ませて、意識が朦朧としたところを……、というのもありえない話じゃありませんからね。旦那さん自ら服用したのであれば、寝ようとしたところを襲われた。ちなみに、死亡推定時刻は午前二時くらいでした。その頃に物音や何かで目が覚めたってことはありませんか?』
「いえ、全く気づきませんでした」
『そうですか……』
「すいません、力になれなくて」
十子は申し訳無さそうに台東に謝罪の言葉を口にする。
『いえ、いいんですよ。コチラが頑張って一個一個洗っていくので、奥さんは心配しないで大丈夫です。ただし、例の件は本当に注意してくださいね?』
「例の件ですか?」
『文了のことです。アイツは弱い人の心にすぐ漬け込んだりする。気を許したら最期、大変なことが起きても知らないですからね』
台東の口調は次第に強くなっていく。
「探偵さんはそんな風な方には見えないんですけど、一応注意しておきます」
『忠告を聴いてくださるのであれば、有り難いです。それでは、またご連絡しますね』
台東からの電話はガチャリと切れた。
はぁ、とため息を付く暇も無く、次はエントランスのチャイムが鳴った。
今日は何かと忙しいなぁと重い腰を上げて、インターホンへと向かう。受話器をとると、其処に映し出されていたのは、さっきまで話題に上がっていた文了本人であった。
『おはようございます! ってか、もうこんにちはの時間か。十子さん、ちょっとお話というか持ってきたものがあるので、中に入れてもらって大丈夫ですか?』
すると文了は中身が詰まった風呂敷包みを画面に映し出す。
『事件の後だから、十子さんロクにご飯食べられてないと思って作ってきたんです。よかったら一緒に食べませんか?』
「えっ、いいんですか?」
『十子さんのために作ってきたので、大丈夫ですよー』
「あ、どうぞ」
十子はエントランスの開錠ボタンを押して、文了を中へと入らせる。
まさか、文了がまた自分のためにご飯を作ってきただなんて思っても居なくて、驚きの表情が隠せない十子。
数分後、玄関の扉がノックされ、十子が扉を開くとそこには風呂敷包みを少し重そうに持った文了の姿があった。
「おじゃましまーす」
文了は家の中に入ると真っ直ぐにリビングへと向かう。そして、持ってきた包みを広げると、其処には大きめの水筒とフリーズドライのスープが数種、そして半透明の保存容器に入っている数十個のおにぎりが見える。
「忙しくて食欲も湧いてないだろうなーと思って持ってきました。おにぎり雑炊セット。奥さん、好きなスープを選んでください」
文了が十子にそういうと、十子は悩みつつも、
「じゃあ、この卵スープの奴で」
十子はそのスープを指差すと、文了は手際よくおにぎりとスープのもとを容器の中へ入れ、水筒に入っていたお湯を注ぐ。
すると、部屋はダシの美味しそうなにおいが充満しつつあった。
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