第8話 時間は待ってくれないかもしれない?

「んー、朝の焼きたてクロワッサンサンドは美味しいなぁ」

 事件の翌朝、文了はチーズが中でとろけているクロワッサンサンドに舌鼓を打っていた。

 すると、事務所の扉がガチャと開かれる。

「ふみ君。おはようございまーす」

 キャスケットを目深に被った千陽がやってくる。

「千陽君。おはよー」

 文了は挨拶をした後、幸せそうにサンドを食べる。

「ふみ君、聞いてよ!」

「ん? どうしたんだい?」

「さっきさ、俺たちと遊びに行こうよーとかしつこく声をかけてくる野郎二人が居てさ、無視しながら歩いてたんだけど、あまりにも煩かったから、煩いって言っただけなのに、そいつらビックリして逃げていったんだけど、酷くないっ!?」

 あーもう! と怒りながら千陽は帽子を乱暴にたたきつけてからソファに座る。

「あー、千陽君の容姿は女の子に間違われやすいからねー。ナンパしようと思ったんじゃない?」

「ナンパしようにしても礼儀っていうもんがあるでしょ。もう、マジで信じられない。これはふみ君のご飯を食べないと怒りが収まらないっ!」

 キッと文了の持っているクロワッサンサンドを凝視する、千陽。

「食べるかい? クロワッサンハムチーズサンド」

「うん!」

 文了が訊ねると、千陽は元気いっぱいな声で返事を返す。

「じゃあ、ちょっと待っててね」

 文了は立ち上がるとキッチンの方へと歩き出した。


「お待たせ」

 数分後に、チーズがトロッとろに溶けたクロワッサンサンドがテーブルの上に置かれる。

「わー。美味しいそう。ふみ君の料理はいつも美味しいけど。アチチ」

 千陽は勢いよく頬張ろうとしてが、出来たてホヤホヤだったため、熱かった。

「そんなに急がなくてもご飯は逃げないよー」

 文了はそう言って千陽に黒豆茶を差し出した。

「ふみ君はこんなに料理が上手かったら、本当に探偵業なんてやらなくていいのにねぇ」

「まぁ、私が料理を作る目的はアレなんだし。それに、私が探偵業してなかったら千陽君は私のご飯にありつけなかったんだよー」

「あ、言われて見ればそうだ。縁(えにし)に感謝だねぇー」

「そうだねぇー」

 ほっこりしながら朝食を楽しむ二人。

「そういえば、事件の担当が台東さんだなんて思わなかったねぇー。ふみ君をめっちゃ目の仇にしてたけど」

「台東のおっさんもいい歳なんだから現場主義じゃなくて署でどんと構えていればいいのにね。こうも毎回耳にタコが出来るぐらい煩く言われるとたまったもんじゃないね。そういえば千陽君もまた何か言われたんじゃない?」

「言われたけど、別に気にしてないからダイジョーブ。あー、クロワッサンがサックサクで美味しい」

 もぐもぐと満足気にクロワッサンサンドを食べる千陽。

 そんな千陽の姿を横目で見た後、文了は事務所に置いてあるテレビをつけると、其処には昨日の事件のことについて報道されていた。

「おっ、もう報道されているみたいだ。早いねぇ」

「たしか、旦那さんって有名な雑貨のデザイナーさんだったんでしょ? そりゃ、マスコミも嗅ぎつけると早いよ」

「芸能界に片足突っ込んでいる千陽君が言うと流石に信憑性があるねぇー」

「まだまだぼくは青二才な見習いみたいな感じだけどねー」

 千陽はお茶で喉を潤す。

「テレビの内容を見ている限り、脅迫状のことについては触れてないね」

「きっと、そこら辺は警察でも伏せられているのだろう。私のときもあったなぁー」

 文了はまるで昔を思い出すかのように物思いに耽る。

「ふみ君の場合は特殊でしょ」

「あー、確かに」

 千陽の的確な突っ込みに、文了はスッと真顔になった。

「今日はどうするの? ぼくはこの後事務所に行ってレッスンとか打ち合わせに行かないといけないんだけど?」

「とりあえず、警察の情報待ちかなぁ。十子さんには連絡が行くはずだから、ソレを待つ。だから、今日は特に調べ物とかもしないでゆっくりする予定だよ」

「なにも情報が無かったら動けないからね。ぼくもそれには賛成だ」

 千陽は再びキャスケットを目深に被った。

「そろそろ、所属事務所の定期公演があるからそれまでには事件が片付くといいねー」

「千陽君がお仕事で忙しかったら、私一人で動けるから心配しなくてもいいのに」

「だって、そうなったらふみ君のご飯が味わえないじゃん。ぼくの食べたことない料理とかいっぱい出てくるんでしょ! ずるい。 それに……」

 千陽は立ち上がったあと、チラリと文了を見る。

「ぼくが居なかったら、一体誰がふみ君を止められるの?」

「……」

 文了は無言で千陽と視線を合わせた。そして、ふぅと息を吐く。

「確かにそうだね。私を止められるのは今のところ千陽君だけだ」

「えへ。そうでしょー。じゃあ、ふみ君いってきまーす」

 そう言って、千陽は事務所を出て行った。

「さて、どうしようかなぁー。特に何をしたいわけでもないし……って、あ」

 文了がうんうんと考えていると、突然ある考えが脳裏を過ぎる。

「そういえば、晩御飯は置いておいたけど、十子さん、朝はちゃんと摂ったのかな? よーし、軽食を作って届けに行こうかなぁ! きっと部屋着とか素敵過ぎて私の目が美しさでつぶれてしまうかもしれないっ!!」

 思春期の青年がよくしそうな妄想をしながら、文了はソファの上でゴロゴロ悶絶していた。

「よーし、そうとなれば作るぞー!」

 やる気になった文了はエプロンを身につけて、再度キッチンへと向かった。

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