第7話 包まれた悪意

 部屋のチャイムが鳴る。十子がインターホンの受話器を取ると、其処には派手な服をその身に包んだ奈緒美の姿が映し出されていた。

『本当に大変な時にごめんね。どうしても、十子のことが心配になって』

 まるで画面にかぶりつくかのように覗き込む奈緒美。何か急ぎの用でもあるのだろうかと。十子はセントラルの扉を開錠した。

 数分後、部屋にノックの音が木霊する。

「はーい。ちょっと待ってて」

 十子は薄手の上着を羽織って、玄関へと向かう。

 扉を開けると、奈緒美はまるで飛び出すように、玄関へと上がってきた。

「十子、本当に大丈夫だった? もう、心配で心配で」

 ハァハァと息を切らす奈緒美。

「ごめんね、私のために心配してくれて」

「何水臭いことを言っているの。私達は友達じゃない。十子のためならどんなに忙しくても駆けつけるに決まってるじゃない」

「奈緒美……、本当に有難う。さ、こんなところじゃなんだから、中にどうぞ。現場検証とかしていてから散らかっているけど」

 十子がそう促すと、ドカドカと足音を慣らしながら奈緒美が部屋へと上がりこんだ。

 リビングへと奈緒美が入ると近場の椅子にどさっと紙袋を置いた。

「その様子じゃ、ご飯とかも作れてないでしょと思って色々と持ってきたのだけれども……コレは何?」

 奈緒美はテーブルの上に置かれていた中くらいの保存容器を指差した。

「あぁ、これはちょっとある一件で依頼している探偵さんが作ってくれたもので、私も休んでいたから中身を見てないの」

「へぇー、器用な探偵さんもいるもんだねぇ。ねぇ、開けて良い?」

「え、う、うん。いいけど」

 奈緒美のいきなりの問いかけに、押されたような感じで十子が答える。

 その答えに奈緒美が保存容器を開けると、容器の中には茄子の揚げ浸しと鰆の西京焼きが2切れ入っていた。

「うわぁ。美味しそう、ねぇ十子折角だから私もコレ頂いちゃっていいかな?」

「え?」

「ねぇねぇ、いいでしょー? 私もこんな美味しそうな料理を見ていたらお腹空いてきちゃってさ」

 誰からの目から見ても奈緒美の要望は強引だ。しかし、容易く断ることが出来ない十子は、少し顔を引きつらせつつ、

「い、いいよ。私もこの量は多すぎるし、二人で食べようよ」

「やった。ごめんね、あつかましくご飯を要求するような感じになっちゃって」

「仕方ないよ。探偵さんのご飯おいしそうだし」

「私もその探偵さん雇ってみたいわー。今度、連絡先教えて頂戴」

「いいよ。さ、ご飯の準備するかた、椅子に座って待ってて」

 十子はそう言って、キッチンへと向かった。


 文了が作った料理二品を温めなおし、お皿に盛ってテーブルに置く。

「いっただきまーす」

 本来十子の為と作られた料理が奈緒美の口の中へとドンドン入っていく。

「何だか薄味だけど、本当に美味しい。さ、十子も食べなきゃ。倒れちゃうよ?」

 ガツガツとご飯を食べながら、十子にご飯を食べるように勧める奈緒美。

「うん。そうする」

 十子はそんな奈緒美とは対称的にチマチマとご飯を食べていく。

「そういえば、旦那さんってデザイナーだったんでしょ? 結構持ってたんでしょ?」

 突然奈緒美がそんな話を切り出したのだ。

「持っていたって何が?」

 そんな事を切り出されて十子の箸の動きが止まる。

「何って、決まっているでしょ。お金よ、お金。結構持ってたんでしょ?」

「さ、さぁ? 私はそんな話にはトンと疎くて。夫が全部お金の管理をしていたから」

「このマンションだって分譲を買ったんでしょ? 結構の値段のはずよ」

「そ、そうなの、知らなかった」

 奈緒美のマシンガントークに段々十子は振り落とされそうになっていた。

「保険金とかは幾らもらえるの?」

「保険金……?」

「旦那さんが亡くなったんだから、旦那さんの保険から保険金が下りるに決まってるでしょ? で、ぶっちゃけ幾ら貰えるの?」

「それも夫任せでどれぐらいもらえるか知らなくて、ソレにまだ警察の捜査とか続いてるからさ、下りるとしてももうちょっと先だと思うなぁ……」

 十子の返答に、奈緒美の表情がガラリと変わった。

「私さぁ、最近新しい商売始めたの。輸入服のブローカー。海外あちこち飛び回って服を買い付けてはそういうインポート系のファッションストアに売りつける仕事。最近渡航費高くってさ、買い付けて戻ってくるだけで利益が雀の涙ほどで困っているの。私だって、たまには羽を伸ばして遊びたいっていうか、その為にはちょっとばかしお金が足りないんだよね」

 奈緒美は毛先を弄りながらそう話す。

「だからさぁ十子、ちょっと私を助けるためだと思って、お金貸してくれないかな? たったの30万でいいの。旦那さんの保険金がまだ支払われないのであれば、旦那さんの口座から出せばいいんじゃない? 大丈夫。ちゃんとお金が貯まったら返すから……ね?」

「でも、さっきも言ったようにお金の工面は全部夫がやっていたらか」

「でもさ、旦那さんの通帳くらい場所は幾らなんでも知っているでしょ? ねぇ、貴方が不安な今、真っ先に駆けつけてあげたのは誰かな? 私だよね?」

「そう……だけど」

 十子は言葉に詰まる。

「私達、友達だよね? 私が路頭に迷って死んでも十子はいいんだ?」

「だ、ダメ。分かった、用意する」

 奈緒美のほぼ誘導された問いかけに、ついに十子は折れてしまい、お金を支払う約束をしてしまった。

「やっぱり持つべきものは友達よね」

 奈緒美はそう言ってニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべる。

「ただし、支払うのは少し待ってもらえないかな? 口座とか多分夫が亡くなったからって凍結されてると思うし」

「あ、そうよね。亡くなった時面倒くさいところはそこだね。いいよ、一週間くらいは待っててあげる。お金が用意できたらいつでも連絡して」

「うん。分かった」

 そう答える、十子の表情は暗かった。

「ありがとう。私達はやっぱり最高の友達ね」

 そういう奈緒美はケタケタと笑っていた。

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