第6話 開けておっかなビックリ

「最初、違和感に気づいて目が覚めたんです」

 十子が話を始める。

「違和感?」

「はい。いつも夫と同じベッドで一緒に寝ているので、横にいるはずの夫が見当たらなかったんです」

「へぇー。旦那さんと一緒に寝ていたんですね! ラブラブ」

 千陽は楽しそうに相槌を打つ。

「目を覚ますと、やはり夫は其処にはいませんでした。トイレにでも行ったのかな? と思って、私も丁度喉が渇いていたので、部屋を出て様子を見に行こうとしたんですが、扉を開けると……」

「そこには旦那さんが無残な姿で発見されたと」

 文了がそういうと、十子はハイと返事をする。

「それから慌てて警察と探偵さん達に連絡を入れたということです。以上が今朝に起こった全部です」

 十子は朝起きてからの事の顛末を文了たちに話し終わる。話し終わる間、ずっと十子の手はわなわなと震えていた。

「やっぱり、これは私に届いた脅迫状が関係するんでしょうか?」

「それはまだ調べてみてからの話になると思います。けど、私はあることが気になって仕方が無いんですよねぇ……」

 文了は何か引っ掛かるところがあるらしく、うーんと悩んでいた。

「ふみ君、気になることって? 何?」

「どうして、旦那さんはココで殺されたんだろう? って」

「その何処が気になるんですか?」

 十子は文了の言っている意図が分からない様子だ。

「えっと、旦那さんの死因ってなんだったっけ?」

「ん? 確か頭を何度も殴られたことによる失血死って鑑識の人が言ってたよ」

 千陽はポケットからメモを取り出して、話す。

「多分死亡推定時刻は後々に分かるのだと思うけれども、頭を何度も殴打してたらきっと凄い声で悲鳴なりなんなり叫ぶでしょ? しかも寝室からリビングは隣の部屋同士なんだからその悲鳴できっと奥さんは目を覚ますはずだ。なのに、奥さんは悲鳴で起きる事は無く、旦那さんが居ないと気づいた朝に目を覚ました」

 文了がそうやって持論を述べる。

「あー、確かにそんなにドカドカ殴ってたら物音も凄いハズだねぇ」

「奥さん、そんな凄い物音のようなものは本当に聞こえていなかったんですか?」

 文了は十子の目をじっと見つめて質問を投げかける。

 その真っ直ぐな目に十子の視線が若干泳いだ。

「あ、いえ、全く聴こえなかったです」

「……本当ですか?」

 まるで何もかも見据えるような瞳で文了は十子を見つめ続けていた。

「もしかして、探偵さんに相談したことで安心しきって久々に熟睡出来たのかもしれません。物音に気づかないくらいに」

「……」

 十子の答えに、文了は目を伏せた。

「そうですか……」

「わ、私何かおかしい事言いましたでしょうか?」

「私に相談したことで安心していただけたということなら、探偵冥利に尽きますよー。いやぁ、熟睡してて物音を聴いていないのであればしょうがないですね。それにしても犯人は実についていますねぇ。そんな奥さんが熟睡している頃合を見計らったからそこ、途中で犯行シーンを見られなくてよかったのですから、いやぁ、綺麗な人に私ごときで安心してもらえるなんて光栄だなぁー」

 文了は満更でもないような様子で照れ笑いを浮かべる。

「脅迫状の一件のこともお任せください。それ以外も私は奥さんを護る準備がいつでも整っているんで。その……日常生活とかそこら辺も含めて」

 文了は目をギンギンに輝かせて、十子の両手をぎゅっと握る。

「……は、はぁ」

 十子はそんな文了の勢いに恐ろしく引いているような印象であった。

「はいはい。もう、ふみ君ったら本当に美人さんには目がないよねぇ。まぁ、ふみ君の妄言は深く捕らえなくても大丈夫ですよ。十子さんを護るっていうのは本当のことですけど。これは、ふみ君なりのジョークなんですよ」

 千陽はそう補足を入れる。

「有難うございます」

 十子はそんな文了たちの優しさにポロポロと涙を流して御礼を述べた。

「朝のこともあるでしょうし、奥さんは休んでてください。その間にちょっと食欲が無くても摘めるものを作って私達は帰りますんで」

「いや、そんな、探偵さんがそんなことまでしなくても大丈夫ですから」

「そのまま栄養失調とかで倒れちゃうとかが一番危ないですからねぇー。それに……」

 文了は頬を朱に染めてモジモジし始める。

「……また、お腹空いてきちゃったので、そのついでなんです」

 文了の正直な告白に十子もクスッと笑ってしまう。

「探偵さんって実は相当食いしん坊なんですね」

「え、私って食いしん坊なんですかね? 千陽君どう思う?」

 目をぱちくりとして文了は千陽に訊く。

「十分食いしん坊だと思うよ。今まで自覚無かったの?」


 文了に休めと言われたので、大人しく寝室のベッドに横になる十子。

 隣に夫が居たという安心感が突如消え、寂しい気持ちがドンドン募っていく。目を閉じると、血まみれで倒れている夫がフラッシュバックして中々体を休めることが出来ずにいた。

 ただ目を閉じてボーっとしていると、スマホの着信音が耳元で鳴り響く。重い体を起こして、画面を見ると、其処には高校のときからの友人、奈緒美だった。

「もしもし? 奈緒美、どうしたの?」

『どうしたのじゃないよ! ニュースで十子の旦那さんが亡くなったっていうのを見たからビックリして電話したのよ! 貴方のほうに怪我はない?』

 どうやら、今朝のことは大事になっているらしい。十子は今日一日テレビを見ていなかったのでそんな事になっているなんて分からなかった。

「うん、私の方に怪我は無いけど、でも、あの人が……」

 思い出して、嗚咽が漏れる。

『大変だったわね……、ねぇ、今からそっちへ行って良いかしら? 一人じゃ心細いでしょ?』

「え。うん、いいけど」

 奈緒美のいきなりのお願いに若干戸惑いつつも、十子は承諾すると、じゃあすぐ行くわ。と一言だけ言って、奈緒美はガチャっと通話を切ったのだった。

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