第5話 断らせないその申告

 文了は大皿に料理を盛り付けると、どんとテーブルに置いた。

 白身魚と白葱があんかけソースに絡まり、なんとも美味しそうな出来だ。

「さぁ、沢山作ったので皆さんもどーぞ」

 そう言って文了は現場検証をしている警察にも料理を振舞っていく。

 そういわれて、鑑識や刑事達は唖然としながら互いの顔を見合わせる。

「食べていい……のか?」

「どうぞどうぞ。紙皿と割り箸も用意していますよ」

 文了は手際よくレジ袋から新品の紙皿と割り箸を取り出していく。

「それなら……、お相伴に預かろうか」

 警官の一人がそういうと、周囲も釣られて文了の手料理の前に群がっていく。

「コラー! 気をつけろと注意したばかりだろ!」

 その様子を見て、台東が声を荒げる。

「おっさんも食べるかい?」

「私はいらん!」

 台東は頑なに文了の作った料理を食べようとしない。

「台東さんも食べましょうよー、これめっちゃウマですよ」

 若い刑事達はすっかり文了に懐柔されて、作った料理を頬張っていた。

「お前ら、署に帰ったらこっぴどく説教してやる」

「なんで!!」

 台東の冷ややかな目に、若い刑事達は恐れおののいた。

「まぁまぁ、台東さんもお茶ぐらいは飲むよね?」

 そう言って紙コップに入った暖かい緑茶を台東に差し出すのは、千陽だった。

「言っておくがここは事件現場なんだぞ? 私達はパーティしているわけではないということをちゃんと頭にだな……」

「そういう説教じみたことばかりしていると、ストレスで胃に穴が空いちゃいますよ?」

「一体そのストレスが誰のせいだと思っているんだ?」

 台東の言葉に、ニコッと笑うだけの千陽。

「説教したり忠告したりするのは勝手ですけど、今一番危ないのは、貴方がこの現場からふみ君を空腹のまま追い出して野ざらしにすることだと思いますが?」

「……っ」

 千陽にそう言われて、台東は言葉に詰まる。

「だから、ここはふみ君の自由にさせてはくれませんか?」

 千陽はそう言ってお茶を差し出すと、フンと鼻を鳴らして台東はお茶を受け取った。

「お前もそれが分かっているのなら、何故アイツの傍を離れないんだ? 危険なんだぞ?」

「それは、貴方の考えではでしょ? ぼくは別にふみ君を危険人物だとはまるで思っていませんから。例え、あの話を聞いたとしてもね」

「だが……」

「それよりも、一番の魅力ってふみ君についてたらずっと美味しいご飯にありつけますからねー。いやぁ、役者の卵の貧乏人にはありがたい話ですよー全く。だから、離れるつもりは毛頭ありませんよ」

「後悔するぞ?」

「そんなの、後になってから決めることですから。さ、お茶が冷めない内に、一気! 一気!」

 千陽は台東を囃し立てる。

「お前も掴み難い正確をしているよな」

「えへへ、それは褒め言葉だと思って素直に喜んで置きますね」

 台東の嫌味に千陽はソレを知っておきながらニコニコと笑っていた。


 山ほど皿にのっていた料理が、数十分のうちには綺麗に空っぽになっていた。

「ふぅ。満足」

 文了は満腹感で幸せそうな表情を浮かべる。それとは対称的に十子の表情は暗い。

「十子さん大丈夫ですか? あまり箸もすすんでいなかったみたいですか?」

 心配になって文了は彼女に問いかける。

「ふみ君、食が細くなるのは当たり前だよ。愛してた旦那さんが亡くなっていたんだよ? それはご飯が喉を通らないのは当然のことだよ」

「え、そうなの?」

 千陽にそう言われて、文了は驚きの表情を浮かべる。

「初めて知った……。そうか、普通はそうなのか」

「そうそう。普通はそうなんだよ?」

 まるで子どもを諭すかのように千陽は文了に語りかける。

 そんな中、台東を始め、警察たちは撤収の準備を始めていた。

「あれ? おっさんもう撤収するの?」

 うーんと考え込んでいた文了がパッと顔を上げて、台東の方を見る。

「粗方ここで調べられることは終わったからな。あとは署で本部を立ち上げる。文了たちもご飯を食べたのならさっさと帰れ」

 まるで追い出すように、台東は手をヒラヒラと振る。

「むっ。私はご飯を食べるためにここに来たんじゃないです。これからがむしろ本番なんです。奥さんに話を聞くのだから」

「何でもいいが、探偵業という遊びもほどほどにしておけ。お前が事件を引っ掻き回すのはさらに混乱を招く。ということで、私達は撤収しますが、また逐一報告してきますので。それと、例の忠告、ちゃんと心の隅に置いておいてくださいね。いいですか?」

「ハイ」

 十子は力の無いような返事をすると、台東は文了を睨んで部屋から出て行った。

「相変わらず、おっさんはおっさんだなぁー。やれやれ」

 文了はそう言ってため息をついた。

「探偵さんは、あの刑事さんと何かあったんですか?」

「ん? 腐れ縁っていうやつですよ。さて、今回の事件についてちょっとお話聞かせてもらえますか? 辛いことを思い出させてしまうかもしれませんが、私側も情報を共有したいと思っているので」

「分かりました、では、最初からお話します」

 十子はそう言って文了達を椅子へ座るように促して、自らもゆっくり着席をして、事件のことについて最初から話し始めるのであった。

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