第4話 突然巻き起こるクッキング

 十子はパニックになりながらも、警察に連絡を入れる。

 電話をする手は尋常ではないくらいわなわなと震える。電話をしながら、十子はチラリと倒れている夫を見る。もしかしたら、私を驚かせるために夫は倒れていて、いつの間にか『驚いた?』と起き上がっていてくれたらどれだけ安心したことだろうか。しかし、無常にも夫は一切動くことは無く、その場に倒れこんだままだった。

 連絡後間もなく警察が十子の家へと入ってくる。現場は警察たちの手によって厳重管理され、夫が死んだ理由と証拠を探していく。

「貴方が、連絡をくれた凍凪十子さんですね?」

 十子の前にやってきたのは、やや白髪が混じったスーツ姿の男。

「はい。そうですが?」

「私、捜査一課の台東一馬(たいとうかずま)と申します。この事件を担当しますので」

 台東と名乗った男はそう言って警察手帳を掲げてみせる。

 それに倣って若い男性三人も十子に向けて手帳を掲げて名前を明かした。

「それにしても……酷いですね」

 台東は警察手帳を仕舞うと、倒れている夫のほうを見る。

「被害者はこの部屋に住むデザイナーの凍凪俊太郎さん。頭を何かで殴打したことによる失血死。結構何度も殴打されていることから、自殺とは考え難いですね」

「ということは、怨恨による犯行か。奥さん、旦那さんは誰かに恨まれているかもしれないということ、ありましたか?」

「いいえ……。なんで、夫が……」

 十子は倒れている夫の傍へ近寄ると、まるで堰を切ったかのように涙が溢れ出す。

「誰か、奥さんについてやれ」

 台東がそう指示すると、外に居た女性警官が部屋の中に入ってきて、十子の傍に付く。

「……私には脅迫状が届いていました。もしかしたらそれで夫は……」

「そこらへんの関連性はまだ分からないですが、それも紐付けて調べてみます。安心してください」

「……はい」

 十子はまだポロポロと泣いていた。


 そんな中、事件現場に葱を背負った文了と付き添いで千陽がやってくるのだった。


 そして話は冒頭へと戻る。


「何をしに来た」

 台東は険しい顔つきで文了を見る。

「あー! 台東のおっさんじゃん。ひさしぶり! 元気にしてた? ストレスでハゲてない?」

 文了はソレとは対称的に、久々にあった知人に会ったかのように嬉しそうに台東に近づいた。

「生憎お前と出会った時点でストレスが限界値になりそうだがな。もう一度聞く、何をしに来たんだ。文了」

「何しにって、そんな事件現場に来るってことは依頼されたんだよ。そこの奥さんに」

 文了は十子のことを指差す。

「十子さん、それは本当ですか?」

 台東は嫌そうな顔をしつつ十子に訊ねる。

「はい。私が頼んだんです。脅迫状の一件で」

 十子の答えに、台東ははぁ……と思いため息をつく。

「いいか、文了とその助手。お前たちはこの場所にはイレギュラーな存在だ。私たちの捜査が終わるまでは隅で大人しくし……何をやってるんだ」

 台東の説教中に文了はキッチンに買って来た食材を並べ始めた。

「何って、決まってるじゃないか。料理だよ、料理。いやぁー移動したらお腹空いたからね。大丈夫だよ、奥さんから前もってキッチンを使わせてもらえる許可は取ってあるから」

「……お前という奴は……」

 台東は文了の行動に酷く頭を抱えた。

「何? 台東のおっさんは私を止めるつもりなのかい?」

 文了は台東に向けて怪しく笑いかける。そんな文了を台東はギロリと睨んだ。

「勝手にしろ。十子さんはちょっと玄関のほうで少々お話があるので、いいですか?」

 台東はそう文了に吐き捨てた後、十子を玄関先へと呼び出す。

「はい」

 十子は女性警官に介助してもらいながら、フラフラとした足取りで玄関の方へと向かっていった。

「ふみ君。台東さんにあんなこと言われてるけど、いいの?」

 少しそのやり取りが心配になった千陽が文了に問う。

「いいんだよ。おっさんは前々からあんな感じだし、それに十子さんを呼びつけたのも私に気をつけろとか忠告を言いたいだけなんでしょ? 私は、お腹が空いたから料理を作るだけで、なんの害も無いはずさ」

 ニコニコ笑いながら、文了はエプロンを身につけた。

「それに、過去に言ってしまった言葉なんて修正が効かないからね」


 玄関先に呼びつけられた十子。呼びつけた張本人の台東は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

「何故、アイツを雇ったので?」

「丁度探しているときにタウン誌の広告が目に入って、それで依頼しました。何か不都合だったんでしょうか」

 十子は状況が飲み込めず、オロオロしながら台東の質問に答えた。

「不都合も大有りですよ。一つ忠告しておきます。文了には深く関わらないほうが良い。彼はとてつもなく危険人物だ。貴方はそのことを後悔することになる」

「刑事さんは、あの探偵さんとお知り合いなんですか?」

「昔、ひょんなことから彼とは出会いましてね。蓋を開けたらトンでもない奴でしたよ」

 台東はそう言って悪態づく。

「再度忠告です。彼には深く関わらないこと。いいですね? お前らもだぞ」

 台東はそう言って若い刑事達にも声をかける。男達は何処か体育系のようなハキハキとした大きな声で、ハイと答えた。


 台東が忠告をして、部屋に戻ると。

「はーい。葱と白身魚の生姜炒めが出来たよー!!」

 大皿にこんもりと調理が乗って満足そうに笑う、文了の姿が見えて、台東は過度のストレスの意識を飛ばしそうになっていた。

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