who,me
クラン
本文
「君と僕の骨壺が並んでいるのって、素敵じゃない?」
「なにそれ。全然理解できない」
とうとうここまで来たか。いくらなんでも飛躍し過ぎだ。まあ、ミーコの性格を考えればさして不思議でもないけど。
ミーコはいつも唐突に、変なことを仕出かす。
たとえば。
愉快だから、という理由で男装を始める。
爽快だから、という理由でよく裸足になる。
つまらない、という理由でバイトを半日で辞める。
奇抜だから、という理由で髪を白く染め上げる。
愛してるから、という理由で同性の私に何度も告白をする。ちなみに、どこが好きなのかは訊ねたことがない。きっとヘンテコな答えしか返ってこないだろうから。真に受けてドギマギするほうの身にもなってほしい。まあ、もう慣れっこだけど。
そんなミーコとルームシェア(断じて同棲ではない)をしている私も、世間様から見れば奇特な部類に入るだろう。知ったことじゃないけど。
「で、なんで骨壺? プロポーズのネタがなくなったの?」
「違うよハニー」
ミーコは真っ白な長髪を片手でふわりとなびかせ、ウインクする。どこで覚えたんだ、その鬱陶しい仕草は。そしてハニーってなんだ。
「骨壺は」
すらりと長い指先が、宙を撫でる。ミーコの気取り癖はうんざりするけど、なかなか堂に入っている。多分、全体的に繊細だからだ。ウエストも細いし、背も高い。肌は白くて滑らか。ピアノの似合う指をしている。
「永遠だと思うんだ」
「え、なに? ごめん、聞いてなかった」
「骨壺は、永遠だと思うんだ」
はて。この子はなにを言ってるんだろう。二十三にもなって、よくも永遠なんて言えたものだ。尊敬に値する。もちろん、悪い意味で。
「永遠とはなんぞや」
「つまり」ピシッ、と音がしそうな勢いで、ミーコは天井を指す。あーあ。喫茶店の天井が可哀想だ。ミーコの小芝居の道具にされてるみたいで。
「つまり?」
なかなか返事がなかったので問い詰めると、彼女は目を瞑り、ちょっぴり唇を舐めた。真っ赤な舌が、薄桃色の薄い唇を湿らせる。言葉に詰まったときや嘘を考えているときに、ミーコがよくやる仕草だ。彼女は、えーと、とか、あー、とか言わない代わりに、ナルシシズム全開な沈黙を作る。満を持している雰囲気を醸しつつ、自分の頭の中を整理しているというわけだ。まったく、どうしてこんな小賢しい子に育ってしまったんだろう、と他人のくせに親目線になってしまうのも無理からぬことである。
「つまり、永遠とは永遠。僕の言葉、分かってくれるかな? フーコさん」
「全然理解できないわ、ミーコさん」
「ナンセンス」と肩を竦める彼女は、いかにも残念な人である。滑稽と言うのは可哀想だし、腹立たしさを感じるほど距離のある関係ではない。だから、残念な人。このくらいがちょうどいい。
「で、わざわざ休日の昼日中に喫茶店まで引っ張り出した理由は、わけ分かんない告白のため?」
「オフコース」
「小田和正?」
「感性が古いよ、フーコさん」
そう指摘されると、ちょっぴり言葉に詰まる。確かに、私は若干古い、かもしれない。最近の音楽とか聴かないし、流行りのドラマも観ない。強いて言うなら、ちょっとソシャゲをするくらいか。先月も一万円分、ガチャ引いたし。そのことで散々ミーコに呆れられたっけ。ナンセンス、とか言ってたけど、人の趣味に口を挟むほうがよっぽどナンセンスだ。
「ここの珈琲は美味しいね、フーコさん」
「豆にこだわってるらしいから。それに、静かで落ち着く」
吉祥寺。喫茶店。昼下がり。窓際の席。ステンドグラス。マイルス・デイヴィス。優雅さとしては二重丸だ。ミーコと一緒、というのがなんとも残念だけれど。
まあ、玉には瑕があったほうが親しみやすい。人も空間も、完璧は息苦しい。
「フーコさんは、骨壺嫌い?」
甘えるように言わないでほしい。困ったみたいに眉尻を下げるのも勘弁。そもそも、骨壺に好き嫌いなんてあってたまるか。
「死んでまで一箇所に閉じ込められるとか、ちょっと嫌だな」
「じゃあ散骨にする? 僕とフーコさんの骨を混ぜて」
「なんで混ぜちゃうかな……。まあ、散骨は悪くないかな。海にでも撒けば、小魚の栄養になりそうだし」
「駄目。小魚に食べられるくらいなら僕が――」
「ストップ。それ以上言わないで。珈琲が不味くなる」
ぺろ、っと舌を出すミーコ。こいつ、わざと不快なことを言って……。
クールなお澄ましをして見せたと思ったら、お茶目に人をからかったりする。誰にでもこんな具合に接していれば、ミーコはきっと上手くいっていただろう。少なくとも、バイトを点々としてルームシェアという名の居候なんてしなくて済んだはずだ。
ミーコとは、かれこれ四年以上の付き合いになる。大学一回生の時に、妙な出会いをしたのだ。
神保町の喫茶店でタブレットをいじっていたら、やけに綺麗な人が相席を申し出てきたのだ。ウブだった私は、「あ、はい、ぜひぜひ、よろしくお願いします、末永く」なんてわけの分からないことを口走って、穴があったら入りたいというか、自分で穴を掘って入って埋まりたいくらいの気持ちになってたっけ。で、そんな具合に顔を真っ赤にしてあたふたしてた私を、彼女はクスクスと笑ったのだ。その笑みで緊張が解けて、色々話をしたのである。同じ大学に通っていることに驚き、学食の目玉焼きが美味しいだの、文学部に現役アイドルがいるだの、去年の文化祭で食べた『せんべい汁』なる青森のご当地グルメにがっかりしただの、主に大学の話をしたように思う。
話の間も、彼女は終始上品だった。相槌も、ちょっとした仕草も、カップとソーサーを持ち上げる所作も、話題ごとに変化する目付きも。なかでも印象に残っているのは、その喫茶店について触れたときの返事だ。多分私は、「珍しいよね、地下が煉瓦で、落書きが沢山あるって」とか言ったように思う。現にその喫茶店は、煉瓦造りの壁の至る所に、白字で名前やらメッセージやらが書いてあったのだ。話題としては、ありふれているように思うが……彼女が返したのは、たったひと言だ。「記憶に残らないのなら、物に刻まなきゃ」
その日の帰路も、彼女と一緒だった。実はお互いに錦糸町に住んでいたのである。それで、仕送りやらバイトやら洋服やら、金銭の絡む下世話な話をした際に、彼女が提案したのがルームシェアである。フーコさんとは気が合いそうだし、錦糸町に女性ひとりは怖いから、と。すっかり打ち解けた私にとって、断る理由なんてなかった。
そして、ルームシェアは卒業後もなあなあで続くこととなったのである。今は錦糸町を離れ、吉祥寺に住んでるわけだけど。
「フーコさん、考えごと? 分かった、僕のことを想像してるんだね。エッチ」
「ミーコの妄想力には頭が下がるわ」
「お褒めにあずかり、光栄です」
「褒めてない。皮肉よ」
「皮肉、って食べられそうよね。ほら、皮と肉。皮の近くの肉かな。鳥皮みたいな」
「はいはい」
皮肉が食べられそう、って……。まったくもってファンタジーというか、発想力豊かというか。そういうところも含めて、生活能力のなさを示しているみたいだ。
ミーコは炊事も、洗濯も、掃除も、全部やろうとする子だ。そう言うと聞こえはいいけれど、極端に飽きっぽいのですぐに別のことをやり出す。洗濯機には硬く縮こまった衣類がドーナツ形に固まっていたりするし、トイレに掃除機が放置してあることもしばしば。電子レンジのなかにいつ温めたのか分からないハムカツが入っていたときには、さすがに叱ったっけ。しょんぼりしていたものの、たびたびやらかすので慣れてしまった。
勉強はできるみたいだけれど、キチンと働く気がないらしく、ついぞ就活すらしなかった。「僕はフーコさんのお嫁さんになるから、いいのだよ。永久就職。オッケー?」なんて馬鹿なことを言うミーコに「同性じゃない。それに、私だってお嫁さんになりたいのよ」と返したら、「じゃあ、僕が旦那さんになろう」なんてほざき、翌日男装を始めた彼女には呆れて物も言えなかった。その情熱を自立に使えばいいものを……。
また過去に浸っていると、唐突にミーコが言った。「僕は、フーコさんと一緒にいられて幸せだ」
「なによ、突然」
「突然じゃないさ。いつも思ってる。そして君を想ってる。ラヴィ」
「あ、良かった。いつもの阿呆ミーコだ」
「罵られるのも気分がいいね。ところで、阿呆の語源を知ってるかい?」
「知らないわよ」
「僕も知らない」
なんだそれ。まったく、ミーコと話してるといつもこうだ。ゆらゆらと翻弄される。無理にダンスを踊らされてる感じ。ま、ダンスなんてしたことないけど。
「ときにフーコさん。お仕事の調子はいかが?」
「上々。企画が通れば、チームリーダーになれる、ってさ」
アプリ開発。それが私の仕事だ。うちの社は、企画から開発、果ては運営まで自社で賄っている。アウトソーシングの多い業界なので、同業の知人にはやたらと珍しいだの羨ましいだの言われるが、私自身はあまり重視したことはない。一番大事なのは、自分のアイデアが形になる、ということなのだから。
「いいじゃないか、リーダー。向いてるよ」
「ありがとう。そうなったら、なかなか帰れなくなるかも」
「……働き過ぎは良くないな。フーコさんは無敵じゃないんだ。マリオのスターだって、時間制限付きだし、落下したら死んじゃうし」
「一丁前に心配してるみたいだけど、大丈夫よ。私、今の仕事が好きだから」
「なら……いっか」
ミーコは、ほんの少し、唇を舐めた。それをわざと、見ないようにする。
「そろそろいい時間ね。スーパーで買い物してから、家に帰りましょ。今夜は――」
「ハンバーグにしようか、フーコさん。僕がこねるよ」
「その手付きやめて。なんか変態的」
「お褒めにあずかり――」
「皮肉よ」
「焼き鳥買ってく?」
「……はいはい。じゃあ今晩は焼き鳥とハンバーグね」
「わーい」
ニコニコと微笑むミーコを眺めて、なんだか、柄にもないことを考えてしまった。絶対に口には出さないし、意識もしたくない。
外は、初夏にしては蒸し暑かった。喫茶店のドアを開けた瞬間から、うんざりしてしまうくらい。暴力的な日差しがアスファルトに反射して、遠くの景色をぐにゃりと歪ませている。
「ねえ、フーコさん。手を繋いでもいい?」
「やだ」
「どうして」
「そういう関係じゃないし」
「そういう関係になればいいさ」
なりたくない、と思ったが口にしなかった。代わりに軽口をこしらえる。「いっそ無関係になってみる?」
「そしたら僕は捨て猫になろう。フーコさんの部屋の前に段ボールハウスを作って、ニャーニャーしまくる。猫の鳴き真似は得意なんだよ? いいかい、僕がいかに艶美な声で鳴くか――」
「分かった分かった。ほら、暑いからさっさと歩きましょ」
ミーコの手はほっそりとしていて、思いきり掴んだら折れてしまいそうだった。そして夏なのに、ひんやりしている。私の体温のほうが高いということだ。こうして手を繋いでいると、段々温度が移っていく。私は冷えて、ミーコは温まる。
いつまでこうしていられるんだろう。いつまでこうしているつもりなんだろう。自分自身に問いかけても、なかなかパリッとした答えは出てこない。でも絶対に、口にはしない。
たまに、ミーコが羨ましくなる。私があしらうから、彼女は気軽にプロポーズなんてできるのだ。誰かが自由になれば、別の誰かは不自由になる、なんて達観してはいないけど、多少考えるときもある。
「空を見上げてご覧。見事な飛行機雲だよ」
「ほんとだ……」
「真っ直ぐだねえ。あ、ちょっと端っこが薄くなってきちゃったな」
「うん」
「こうして炎天下のなか、空を見上げる。うーん、絶妙に青春だねえ」
「いや、もう青春感じてる齢じゃないし。どっちかと言うと、青春の終わりでしょ、二十三って」
「命短し恋せよ少女」
「誰の言葉?」
「さかなクン」
「ちょっと、笑わせないでよ、もう!」
これでいい。私たちは、これでいい。いつか終わるとしても、そのことを考えずに生きていこうじゃないか。ズルい考えかもしれないけど、文句なんて誰にも言わせない。記憶にも物にも残らない時間を、二人で過ごす。これは、強がりなんかじゃない。自己暗示でもない。
唇を舐めると、垂れた汗が舌に滲みた。
who,me クラン @clan_403
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