ダブルクロスThe3rdEdition身内キャンペーン番外『英雄の背中』

@haimura

第1話

 日本の某県K市で起こった全世界を巻き込んだプライメイトオーヴァードに関する大規模事件。日下部愛はUGNの在り方に悲憤を抱き、世界そのものを書き換えるため、オーヴァードの上位存在ともいえるプライメイトオーヴァードになろうと暗躍した。

 あぁ何故だ。何故レネゲイドに関する事件は秘匿される。嘆き悲しむ彼らを見るだけで心が軋む。我らは彼らを傷つけている。嘘に塗り固められた世界など所詮は互いに傷つくヤマアラシの世界。それに気づかぬUGNのなんて愚昧なことか。UGNの在り方のなんて痴愚なことか。

 変える。世界の在り方を変える。嘘のない世界に。

 そう願って、縋って、貫き通した結果……彼女は彼女の嫌悪するUGNに阻まれた。

 大神七郎。太陽を破壊する者。無言で拳を振るう嵐の獣。彼によってこの事件は、首謀者である日下部愛と輪廻の獣レイバンの死、という形で幕を引かれた。

 この事件も情報操作によりオーヴァードに関係のない人々からは隠されたものとなった。奇跡的に死傷者なし。怪我人が多少いた程度で、損害はK市内だけという最小限に止める結果となった。……大神七郎とその相方、灰村玲愛の失踪という損失を除いて。

 日下部愛と相打ちになって死んだのか、今回の事件でUGNに嫌気がさして行方をくらませたのか。UGNで有数の戦力を誇っていたイリーガル『太陽壊し(イクリプス・スコール)』のコンビは死体も上がらず、そこにいた痕跡をはじめ、なにもかもを消していなくなってしまっていた。UGNは直ちに彼らの捜索依頼を全世界の支部へ出した。

 だが、見つかることはなかった。会う意はこれも何者かによって隠蔽されたのかもしれない。

 やがて何年もの時が経ち、『太陽壊し』の存在もエージェント達の中から忘れ去られ、この世界は歪な平穏を取り戻していった。


 K市の事件より十数年。舞台は日本より離れ、ドイツ、バルツ地方。ドイツの最北端の山脈地であるこの片田舎に、灰村玲愛はいた。

 W町、メインストリートのはずれの4番地。町で唯一のパン屋『無業のパン』。そこの厨房で店支度をする女性。

 もう30代か40代だというのに見た目は事件当初とあまり変わらない若々しい、大学生ともとれる顔立ち、あまり高くはない背、青白く光を反射する銀髪。灰色の瞳には気怠さが見えるものの、概ね健康そうだった。

 「八朗、いい加減起きてきて手伝いなさい。店に売り物を出すくらいはできるでしょう」

 口からこぼれる柔らかい声。落ち着いてはいるものの、あまりの若さに彼女が一児の母であると信じる者はいないだろう。

 「八朗はもう部屋にいませんよ、玲愛さん。町の悪ガキたちを連れて『シュヴァルツベルク峠』に向かいましたよ」

 ため息交じりに焼き立てのパンを並べるのは金髪の少女、ベアトリス。十代半ばから前半の年齢で、目をぱっちりとあけた色白の美少女。長い金髪をポニーテールにしてまとめており、てきぱきと動く姿から活発的な印象を受ける。彼女はこの『無業のパン』の従業員であり、玲愛に育てられ、このパン屋の二階に玲愛達と三人で住んでいる。

 玲愛はまたか……と閉口しオーブンに次のパン生地を入れ始めた。

 「毎朝峠の崖やらで度胸試しをするのはいいんだけど、ほかの子たちを巻き込むと私に苦情が来るのよね。信用が下がって売り上げにも響くし」

 「あいつ、あんな他の人たちを巻き込むような困ったちゃんなのにあれで学校では人気あるんですよ。自然とあいつに惹かれてついていく子は男女問わず大勢いますし。悔しいですけど玲愛さんに似て見た目はいいですし」

 「あら、八朗の顔はあの人似よ。性格こそあの人と真逆で社交的で悪ガキだけどね」

 それと、と玲愛はベアトリスに向き合った。

 「そんな怒り気味の口調をしているってことは、ベアトリスは八朗が女の子たちに人気なのが気に食わないのかしら」

 「違います!!あいつのせいで私まで迷惑がかかるのが気に食わないんです!カノジョならカレシの手綱は握ってろとか、いろんなこと言われて……いい迷惑です!」

 「女は無茶をする男の手綱を握るものよ。いっそ首輪でもつけて歩き回らないようにするくらいがちょうどいいの」

 「それはやりすぎでは……」

 困惑するベアトリスをしり目に玲愛はかつての相棒に思いを馳せる。

 大神七郎という青年。『太陽壊し』の戦闘担当にして生粋の肉体派。白い狼に変化するキュマイラのオーヴァードで、眼帯を付けた不愛想な男。かつてはコンビを解消し、離れかけたこともあったが、彼の言葉に玲愛は救われてより強固な絆を築いたりもした。居場所をなくした彼女の新たなる居場所……彼の許にいて良いという許し。かつてマスターの一人と呼ばれた少女の元に訪れた救いの光。彼は玲愛の光で、玲愛は彼の影として支えていた。

 二人で一人の存在。彼は事件でいなくなってしまった。死んだわけではないことは頭脳を司るノイマンの力で推理し、生存を確信していた。しかし行方までは追えるものではない。

 だが、玲愛は腐るわけにはいかなかった。八朗がいた。この子を放っておくわけにはいかない。玲愛でなければ、『親』という唯一の居場所にはなれない。親がいない玲愛だからこそわかる。子は親がいなくてはいけない。どのような形でもいい。子供が返ってくる最後の居場所でなければならない。

 だから、きっと。

 ――これは私に訪れた、人並みの生活を送る、あの子を送らせる、チャンスなのだ。

 ――そうよね、大神君。



 「なぁ~んちゃって☆おかしくって腹痛いわぁ」

 銀髪の少年、八朗はシュヴァルツベルク峠の崖下に他の少年たちを蹴落としながら言った。右手には拳銃。他の少年たちに突き付けて笑う。

 「汚えぞ八朗(アハト)!決闘ごっこに武器は禁止だろ!それにそれ本物の銃だろ!」

 「母さんの机から見つけたんだよ。それに俺はこの銃を決闘で使っちゃいねぇぜ?お前らが勝手に逃げてるだけだろ?」

 ケタケタと笑いながら一人一人に銃を順番に向けていく。その度に他の遊び仲間たちから恐怖の声が上がった。

 「お前こんなことして何が楽しいんだよ!」

 一人の少年がそういうと八朗は肩を震わせながら叫んだ。

 「楽しいわけないだろッ!楽しいかよ!」

 一転、先ほどまでのクレイジーさは抜け落ち、瞳に涙を浮かべ、銃を下す姿がそこにあった。

 突然の豹変ぶりに戸惑う少年たち。八朗がまじめなことをいう時は、決まってこんな震えた声色なことを彼らは知っていた。

 「最近はこんな片田舎だけどよ、いろんな事件とか起きてるだろ……この前も肉屋のモールさん家の犬がバラバラにされる事件があったろ……。俺たちは俺たちで身を守る力がいるんだよ!」

 静寂。

 確かにそうだった。この町では最近猟奇事件だの不審者だのという話が話題になっている。他の町では女の子が行方不明になった。警察もあわただしく走り回っている。

 「お前らだって守りたい奴ぐらいいるだろ!ウチには母さんやベアトがいるんだ!こんな程度でビビってたら……他の奴を、大切な奴らを守れるかよッ!」

 「「「「八朗……」」」」


 ……パァァン!

 発砲音。少年の一人のほほに切り傷。遅れてやってくる痛み。

 「えっ……ア、アハト?」

 吹き出す汗、硝煙の香りが鼻をつく。

 「うっそでーす」

 再び肩を震わせる。もちろん、違う意味で。

 「お前ら、信じていたのか?俺のさっきの話を……ククク。

 あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!あああああああああああっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!

 騙されてんじゃねえぞブァーーーーーカ。マジな顔してんじゃねえよ。この程度で感動したってか?お前ら本とか物語は読んだことあんのかよ。こんな薄っぺらい話してるやつには大抵裏があんの」

 そう言って今度こそ拳銃を下げ、灰村八朗はニヤリと笑った。


 灰村八朗。性格は最悪。拳銃は持ち出し、友人たちも巻き込んで大暴れを繰り返す不良として地元では有名な少年。何故か日本人の名前の白人少女な風貌の母親がいて、同じ屋根の下で一緒に住む少女がいたりするが、普通の中学生である。オーヴァードであるかは不明。銀髪灰色の目の少年。ついたあだ名はアハト。ドイツ語の八の他にächten、無法者からそう呼ばれている。

 

「あーーーーーーーーっひゃっひゃっひゃひゃひゃ!」


 ドイツのバルツ地方地方、W町。日本からかけ離れたこの町から始まる、十数年前の再演。

 狼は再び目覚め、太陽を追う。

 世界は再び、新たな時を刻み始める。

 これは、二代目『太陽壊し』の結成と、『英雄』の物語である。


 続く。

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