2
そいつはとってもつぶらな瞳でじっと増島を見つめている。
むしろトカゲ、というよりはミニサイズのイグアナのようにも見えた。
何故それが目を引いたのかというと、色合いがショッキングピンクだったから。
「触ってみた?」
そう増島に聞くと、彼女は頭を横に振った。
「いや、だって見た目は可愛いし大人しそうだけどもし毒があったら嫌じゃん」
そうだ、私もそう思う。
「こんな熱帯魚みたいな色合いのトカゲ見たことないや」
私がそう呟くと増島も頷く。
「外来種って奴かな?誰かが勝手に放したか、それとも家出でもしたのか」
「もしそれなら保健所とかけーさつに届けないといけないんじゃないの」
「確かに、野良猫とはわけが違うよね」
二人でどうすべきかああだこうだ言い合っている間も、そのトカゲは微動だにせず私達をじっと見上げていた。
私はそのトカゲもカメラに収めた。フラッシュを焚かぬよう、気を付けながらシャッターを切る。
つぶらな瞳がキラリと光る。
「どうしよう」
「どうしよう」
「気付かなかったフリして帰ろうか」
「でもなんだかこのまま帰るの気味悪くない?」
そう不毛な会話を続けていると、突然後ろから「お嬢さん達、どうしたんだい」と声を掛けられた。
振り返るとそこには知らないおじさんが立っていた。
しかし立ち上がった増島が「ああ、川端先生」と反応を示した。知り合いらしい。
「このおじさんは家の裏に住んでる川端さん、川端先生」
増島にそう紹介され、私も立ち上がって頭を下げた。増島はその川端さんに向かって「この子は私の高校の時の友達、高木。池上に住んでるんだよ」と話した。
「そう言えば川端先生、ちょっとこれ見てよ、なんて生き物?」
増島は花壇の中のトカゲを指差した。
川端さんは目をパチパチさせながらそのトカゲに顔を近づける。
「あのねタッキー、川端先生は高校で生物の先生やってるんだよ。息子さんがうちの弟と同じ年だから昔っからお世話になってるんだ」
成る程。
川端さんはしばらくそのトカゲを観察していたが、全く声を出さなかった。
しばらく考え込んだ後にようやく「………これは珍しいなあ」と呟いた。
「これって保健所とかに届けた方がいいのかな」と増島が問い掛けると、川端さんはハンカチを取り出してそっとそのトカゲを摘まみあげた。そしてポイッと持っていたお弁当箱に入れた。
「うん、これは私が連絡して届けておこう」
夜遅く、二人で真剣にスカートの型紙を起こしている時だった。
不意に増島が手を止めて「そう言えばタッキーさあ、シンゴジラって見た?」と聞いてきた。
「お兄ちゃんが大好きで、去年一緒に名画座に行って見たよ」
そう答えると、増島も「私もさ、公開した時は受験生だったから映画館では見られなかったんだよ。でも家族と後で一緒にDVDで見た。蒲田が押し潰されるって言われたら気になるじゃん。少し難しかったけど面白かった」と言う。
「でね、もしあのピンクのトカゲがゴジラの………怪獣の素だったらさあ、タッキーはどうする?」
増島は型紙をキリの良いところまで仕上げた後、すっと立ち上がりカーテンを半分開いて窓を更にその半分開けた。
「一晩中クーラーつけてるのも勿体無いから、少し涼しい日は窓開けてるんだ」
すると増島は窓の外に目を向けると、突然驚いたようなひしゃげた声を上げて動きを止めた。
「どうしたの、なんかあるの」
そう問い掛けながら立ち上がると、増島は窓の外を指差した。
「………丁度この窓の下が川端先生の家の裏庭なんだよ」
私は促されるまま窓の下を覗きこむ。
するとそこには信じられない風景が広がっていた。
あのピンク色のトカゲが子供用のビニールプールに入って水浴びしていたのだ。
それはそれは気持ち良さそうに。
明らかにそれは、小学校低学年程度の子供と同じ位に大きくなっていた。たった数時間の間に。
まるであのタイヤ公園のタイヤ製の怪獣のように、これからどんどん大きくなっていくような気がした。
何よりも驚いたのが、川端家の人達が皆裏庭に出て、ランタンを片手にその巨大化したトカゲを観察していたことだった。
ホースで巨大トカゲに水を掛けながら、こちらを見上げて笑顔で手を振ってきた。
私は目の前の風景が全く理解出来なかった。
隣に立つ増島も、無言で目を見開いて立ち尽くしていた。
「ねえますじ、あの怪獣が巨大化して襲って来たら、裁ち鋏で殺せるかな?」
「それはちょっと気が早いんじゃないかな」
夏とは思えない涼しい夜風が私達の目の前をしゅーっと走り抜けた。
「区役所に電話したら保健所に連れて来られないか、って言われたんだけどねえ。これは車に乗せるのも難しいでしょう」
翌朝川端家を訪問すると、川端さんはそう言った。
怪獣は、サイズは昨晩に比べてそれ程大きくはなっていなかったが、背中に小さな羽が生えていた。
「なんていうか、もうトカゲなんかじゃなくて恐竜みたいっすね」
増島弟が頭を掻きながらそう呟く。
まさにそれだ。
これは恐竜だ。
「害獣を捕まえたけどサイズが大きすぎて持っていけない、って言えば良いんじゃないですか」
私がそう提案すると、川端さんは「もう一度電話してみます」と言って家の中に入っていった。
そして待つこと1時間。
川端家裏庭に通された保健所職員の呆然とした顔を私達はずっと忘れないだろう。
「首輪が必要かなって」と言って増島が用意したレースのリボンを首に巻かれたトカゲは大人しく子供用プールに入っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます