怪獣とタイヤの話。

タチバナエレキ

1

増島と私は高校の同級生だ。

都内のとある女子高で3年間同じクラスで過ごした。

当時は特に仲が悪いとかいうことはなかったが、それでもそれぞれなんとなく違うグループに属していた。

増島はちょっとだけ派手な子のグループで、私はちょっとだけ地味な子のグループ。

しかしいざ卒業してみると、高校の時のクラスメイトで最も頻繁に遊ぶようになったのは増島だった。

当時の同級生には不思議がられる摩訶不思議である。

理由としては先ず、家が一番近かったからというのが大きい。

増島は蒲田に住んでいて、私は蒲田から池上線で2駅のところ、池上に住んでいた。

それから部活が同じだった。揃って美術部に籍を置き、更に言えば卒業後に選んだ進路が少しだけ似通っていたのである。

増島は服飾関係の大学に、私は芸術系の大学に進んだ。

他のクラスメイトは9割が文系の大学、残りの1割弱が理数系の進路を選び、芸術とかファッションとかデザインとかそんなアーティスティックな進路を選んだのは私と増島だけ。

増島は派手な女性らしい服が好きで、私はいわゆるロリータ服とコスプレが好きだ。

たまに一緒に蒲田を歩いているとドンキホーテに買い物に来たヤンキーと、そのヤンキーにカツアゲされているアニメイト帰りのオタクにしか見えない。

私は増島のことを「ますじ」と呼ぶ。増島は私のことを「お前は高木だからタッキー」と呼ぶ。


これは丁度お互いが大学2年生になった、夏休みに入ってすぐの頃の話である。

増島は学校の課題のために、私は夏のオタクイベントでのコスプレ準備をするために、一緒に蒲田のユザワヤへ行くことにした。

この辺りでは最も大きな布屋だ。羊のマークが可愛らしい。


昼過ぎにユザワヤ近くのマクドナルドで待ち合わせる。

私の顔を見て増島は「相変わらず暑そうな服着てるねタッキーは」と言って笑う。

今日の私はバイト代を頑張って貯めて買ったヒラヒラでフワフワのスイーツ柄をあしらったスカートを履いていた。今日はこれでも控え目な方だ。なぜなら暑いから。

「正直今はそういうロリータファッションて下火だと思ってたらさ、大学には結構いるんだよね」と増島は綺麗に巻いた髪をなびかせながら言う。

今日の増島は適当に着てきたと思われるシンプルなTシャツとデニム姿だが、そのデニムはズタズタのダメージデニムで、ヘアメイクはばっちり決まっている。そのまま渋谷にだって行けそうだ。自転車で駅までかっ飛ばして来たというから靴は流石にピンヒールではなかったのだが。

今日はこのまま増島の家に泊まるつもりで私はお泊まりセットも準備してきていた。

重みのあるカートを引きずりながらだらだらと夏の日を歩く。

私の自宅にも小さなミシンはあるのだが、増島が少し手伝ってくれるというのでその好意に甘える事にしたのだ。

人の服作るのは自分の勉強にもなるから、という一言だけで。

なんと美しい友情なのだろう。大好きだ。

見た目は本当にドンキホーテで買い物をしている姿に違和感が無い位にいかつい増島だが、仲良くなってみると実はとても面倒見が良い。

増島は下にひとり弟がいる。私はその弟に「姫様」と呼ばれていた。全てはこのロリータ服が理由だろう。

そして美容師だという彼女のお母さんは増島に似て派手な美人だが、やはり気さくで優しい人なのを私はよく知っている。


増島も増島の家族も好きだと言うシュークリームを駅ビルで買って、夕方頃には沢山の布を抱えて増島の家に向かった。

増島の家に行く時はいつも線路沿いにあるタイヤ公園の前を通る。

丁度五時の鐘が鳴る時間で、子供達が散り散りに家に帰ろうとするところだった。

「ちょっと待ってて」と増島を呼び止めると、私はデジカメでタイヤ公園に鎮座するタイヤ製の大きな怪獣の写真を撮る。


私は大学で写真の勉強をしている。

普段は武器のような大きい一眼レフが相棒だが、それを持ち歩くには邪魔な外出の時はサブのつもりで小さなコンデジを使っている。


増島は私を待っている間、ずっとすみっこのタイヤで遊んでいた。

タイヤの怪獣をある程度撮影して気が済んだので「ますじ!ごめんねもう終わったよ」と大声で呼ぶと、増島は花壇の前でしゃがみこんでいた。まるで隠れて煙草を吸っている中学生に見える。

その華奢な背中に近付いて「どうしたの」と改めて声を掛ける。至近距離で呼ばれてようやく顔を上げた増島は無言で花壇を指差した。私もしゃがんで増島の指し示した辺りを見てみる。


そこにはトカゲのような、なんとも言えない不思議な生き物がいた。

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