落書き#壱(格闘シーンの練習)
丸尾累児
※タイトル通り落書きです。
【雷帝! 雷帝! 雷帝――ッ!】
それは、賛歌の
無類の強さを誇り、舞闘場の舞台に立つ燦々とした輝きを放つ少女に送る人らの熱狂の声である。
少女が片腕を上げて勝利を誓う。
すると、歓声はよりいっそう大きなものになった。さらに少女が流麗な美人ということもあってか、観衆の声は熱を帯びる。
美しき女闘士――。
そう称するのが妥当だろう。
白色の肌を持つベハル人とは異なる西南諸国に見られる浅黒い肌。
癖の強い黒髪はうなじの辺りで纏められ、広背筋の隆々とした筋肉も相まって背後から一見すると男と見間違ってしまう。しなやかな双腕もまた見た目とは裏腹に力強い筋肉を秘められており、それは脚部も同様の力だった。
しかも、見返った瞬間に合う瞳は獲物を仕留めんとするオオカミのよう――屈強な男すら怯むほどの眼力を宿している。
これが女か……?
対峙した誰しもがそう思うだろう。少女は、人々が口にする『雷帝』の名に恥じない強さを誇っていた。
対する陽太は非力そのもの。
オオカミに与えられんが為に用意された餌である。体つきも、腕力も、身長だって少女に劣っている。
155センチの身長の陽太が小さく見えるほど、少女の身長は二回りも大きかった。
だが、負けているわけではない。
幾多の戦いを経て、陽太は成長した。
師事した女性から舞闘技と呼ばれるこの舞闘城『ヴァイラドゥリオン』で生まれた技を叩き込まれ、いっぱしの
刹那、少女がなにかを呟く。
「……
いったい何を呟いたのか……?
それは、
祝詞を上げ、神に祈りを捧げるが如く、いわば舞闘技を発動させるスイッチのような代物である。
そのスイッチが入った途端、身体には精霊が宿る。
肉体や精神の強さによって強弱は異なるが、拳闘奴隷たる舞闘士たちはその力を持って戦うことを生業としてきた。
故に観客を魅了する。
【戦え、戦え、戦え、戦え、戦え、戦え――ッ!!】
ボルテージが最高潮へと達する。
奴隷同士を闘わせようなど、まさに狂った人の娯楽とも言えよう。しかし、それがこの国の人々にとって最高の贅沢なのである。
ゆえに人々は舞闘士たちに求めた。
血を、
肉を、
死を、
生への執着心を。
ベハルトゥルカに住まう者達は、己が五感で傍観することがなによりの楽しみにしている。
そんな中で、陽太は自らを奮い立たせた。
(
と言い聞かせ、内に秘めた恐怖を克服しようとしてみせる。
その間、陽太は目を瞑り続けた。
スーッと深く息を吸って、気持ちを落ち着かせる――かと思えば、突然パッと目を開いて、いざ行かんと降霊心言を口にした。
「怒りの精霊よ。我に仇なす者に
途端に怒りが込み上げる。
どこまでも深く、身体が焼き尽くされんほどの熱を帯びた憎しみと
陽太は、いまにも発狂してソレを無理矢理押さえつけた。同時に細いはずの腕がはち切れんばかりに動脈を浮き立たせて肥大する。
怒りの精霊の力で増幅させているせいだろう。
あるはずもない剛力と呼ばれる力が四肢を硬化させている。陽太は、その力で地面を激しく蹴った。
弾丸の如き勢いでみるみる加速し、舞台中央に向かって疾駆する。
目標は相見える少女。
しかし、その少女もまたいつの間にかこちらに備えていた。
それどころか迎え撃とうとしている。このまま行けば、舞台中央で激しくぶつかり合うことになるだろう。
死地へ赴く覚悟――今の陽太には、それが必要だった。
気を奮い立たせ、さらなる勢いで突撃していく。
やがて、中央に至る場所で交わったのは、双方の拳。
互いの顔を狙い、左、右と交互に拳を撃ち放つ――が、どちらも決定打には至らない。
2人揃って、頬を掠めて避けたからである。
一撃、
二撃、
三撃――。
ミドルレンジから打ち合う。
それでもそれでも痛恨のダメージには至らず。陽太は、焦燥感から高やかと足を蹴り上げた。
だが、それを見抜いた少女に同様の手段で防がれてしまう。
2人の脚は中空で交わり、鈍重な衝突音を響かせる。
さらに互いの足でもっての
片方が足を大きく蹴り上げ、もう片方が対角線上にある足を上げるいう攻防。高々と上げられた双方の脚が叩き付けられては絡みつき、ぶつかる度に衝撃波を放つ。
拳、
脚、
不意を打って、バックステップからの肘打ちによる強襲。
少女がそれを交わして、陽太の腕を押さえつけて投げ飛ばす――が、陽太が瞬時に振り払って後方へと逃れた。
一瞬遅ければ、小さな肢体は地面に叩き付けられていただろう。
反攻して、身体を高速で回転させる。
遠心力を得た身体から突き出した片足は増強した鉄の筋肉を帯びて、少女にフルスイングで叩き付けられる。
しかし、致命的な一撃とはならず。
陽太の渾身の一撃は、交差させた少女の双腕に防がれてしまった。
効果があったことと言えば、少女が勢い負けして足を擦りながら大きく後退したことだろう。
好機と見るや否や、陽太は右の拳で少女の顔面に強く殴打した――が、クリーンヒットした感触がない。
少女が首をひねって軌道をずらしたからである。
つまり、少女はわずかに当たった一撃に苦痛に歪ませながらも、ダメージを和らげていたのだ。
刹那、少女が脱兎の如く舞台中央から離れる。
すぐに陽太も猛烈な勢いで追撃を試みる――が、それは少女の仕掛けた罠だった。
そのことに気付いたときには、すでに遅し。
素早く左に回転した少女の脚が陽太を強襲する。とっさに腕でガードを試みたが、脚は大槌のようにスルリと狭間を抜けて顔面にヒットした。
脳が激しく揺さぶられ、左頬がグニャリと大きく変形する。
身体がそのまま地面へと倒れ込む……。
誰の眼にも勝負あったと思っただろう。
だが、陽太は寸前のところで右足で踏ん張った。そのことがまだ決着が付いていないことを理解させる。
突然の出来事に観衆が「オオッ」というどよめきを上げる。
その様は、口にした瞬間にジュワリと広がるスパイスのようで、次の一挙手一投足を気にしているかのようだった。
魅入る衆人の中、陽太が反撃を繰り出す。
少女の顔面に拳が痛打する。
それでもなお、渾身の一撃にはならない――両者、一歩も譲らず。
このまま膠着状態が続くかと思われたが、矢庭に陽太がきびすを返して舞台袖へ走り出したことで状況は一変した。
少女も不意打ちの行動に驚かされたのだろう。チラリと見た後方を一瞥すると、慌てて追走してきているのが見えた。
思考を巡らせつつ、末端へと到達する。
陽太はすぐさまへりの部分からジャンプした――めがけて飛んだ先は、舞台と観客席を隔てる壁。
その壁を使い、即座に反転して大空へと飛び上がる。
身体は竜巻のような回転力を得て、錐もみしながら空を飛ぶ。
わずかに窺えた後方では、少女が自らに宿した雷の精霊の力で地面を蹴って飛翔していた。
こちらの空中戦に応じるつもりなのだろう――。
二対の影が隻脚を交えて、高らかと空に舞う。
「瞋恚式舞闘技『烈波』!」
「雷電式舞闘技『雷波』!」
回転する勢いをそのままに。
少女は迅さを――。
陽太は力強さを――。
渾身の技に象徴として顕現させて、己が敵に一撃を放つ。しかし、どちらも互角の力を有していたのか。
両者は観衆の前で墜落することなく、太陽を遮る影となる。
その様は、対を為して争う
アヘネ暦716年……。
この年、1人の少年が運命に導かれて
落書き#壱(格闘シーンの練習) 丸尾累児 @uha_ok
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