山岸真姫
「お母さん!」
スーパーの買い物の帰り道。偶然にも下校中の娘に遭遇した。
友達にお別れの挨拶を元気よく言うと、真姫は私の方へ振り返るとそのまま駆けてきた。流れるようにレジ袋の中身を確認すると、唇に人差し指を当てる。
「今日の晩御飯当ててあげようか?」
「今日の晩御飯は難しいぞ~。真姫ちゃんに当てられるかな」
レジ袋の中に入っているのは、ムール貝にエビ、しめじにパプリカ、そしてトマト缶だ。
「う~ん。…………わかった! パエリアでしょ!」
「正解! どうしてわかったの?」
「だってお母さんの料理全部おいしいんだもん。料理も手伝っているから、だいたいはわかるよ。それに今のうちから料理もできるようになりたいし、レシピはちょっとずつ勉強しているんだから」
「偉いのね。真姫は」
親ばかと言われるだろうが、真姫は賢く、そして可愛い娘に育った。
家に帰ってくると、学校であった出来事を楽しそうに喋ってくれる。クラスでも中心人物みたいで、学級委員も務めているし友達関係も良好そう。スイミングスクールとピアノの習い事も率先してやってくれるし、なにより楽しんでくれている。心配する要素は全くない。
最近はクラス内での恋愛話で盛り上がっているらしい。真姫は大人びたところがあるから、年頃の小学五年生らしい話をしてくれると、やっぱり子供なんだなと実感する。
今までに何度か告白されたことがあると打ち明けてくれたが、全部断ったらしい。好きな人がいるかどうか聞くと、決まってお父さんと言ってくれる。
「あっ! お父さん! おかえりなさい!」
夫の姿を確認すると、真姫は眼を
「おっと! 真姫、ただいま」
「こら、真姫。お父さんのスーツにしわが出来ちゃうでしょ」
「まあまあ。いいじゃないか」
「お父さん。今日は一緒にお風呂入れる?」
真姫は十一歳。そろそろ夫と一緒に風呂に入るのも嫌がる年頃のはずだ。大きくなったら思い出したくない過去の一つになるかもしれない。
「そろそろお父さんと一緒に入るのは止めておきなさい。私と一緒に入るのは嫌?」
「お父さんがいい」
「うーん。困ったなぁ」
夫としては娘と風呂に入るのはそろそろ止めておきたいらしい。娘の口から一緒に入りたくないと言われるよりはマシとのことだ。
「でも他の子も一緒に入っているって言ってた子いたよ」
「他の子はいいの。それに全員が言ってるわけじゃないでしょ」
「でも――」
「でもじゃないの!」
真姫はいい子だから、私たちが叱ることはあまりない。甘やかしすぎないようにたまには叱らなければいけないけど、そのせいで真姫はお父さんっ子になってしまった。憎まれ役を買わないといけないのは理不尽だから、毎回夫にも今度は叱ってくれと言っているのだが、夫の性格からして本当に真姫が悪いことをしない限りは叱ってくれないだろう。
「ケチ。……あ、そうだ。じゃあ、一緒に寝てくれたら許してあげる」
「また、一人で寝れなくなったの?」
「違うもん。お父さんと一緒に寝たいだけ」
「これじゃあ、真姫のために一人部屋のある家を買うのは、中学に進学してからでも良かったかもな」
「ショッピングセンターの近くに引っ越したいっていう私の要望はどこにいったのやら」
「嘘だって。もちろんお前のことを一番に考えて引っ越したんだよ。いつも苦労かけているからな」
「あなた……」
「まーた、お父さんとお母さんイチャイチャしてる。見せつけられてるこっちの身にもなってよね」
「こほん。ほら、晩御飯ができているから食べましょ。今日はパエリアよ」
「私も手伝ったんだからね」
「お、そうか。それはおいしそうだ」
結婚して良かった。家族思いの優しい夫と、もったいないぐらいの娘をもって、私は本当に幸せ者だ。
朝起きると、隣には夫と真姫の姿がなかった。まだ二人が起きるには早すぎる時間。眠り眼を擦りながらリビングに行くと、衝撃的な光景が飛び込んできた。
夫が半裸で椅子に縛り付けられていた。口にはタオルが
暗がりから真姫がゆっくりと姿を現した。
「ねえ、お母さん。お願いがあるの」
「え?」
「お父さん、ちょうだい」
「何を言ってるの?」
「私、お父さんを愛しているの。物心ついたときからずっと愛しているの」
真姫から明らかな敵意が私に向けられる。こんな目をするような子ではなかったはずだ。
「ほら、こんなにも愛しているんだから」
真姫は大きく口を開けて、夫に
次に鼻、耳の順番で
「独り占めしたくてたまらないの」
「あなたおかしいわ! 遊びならすぐにやめなさい!」
「遊び? ここまでして冗談だと思っているの?」
大の大人を椅子に縛り付けて拘束しているのは遊びと言われても流石に信じられない。冗談であってほしいと願っている。これは娘と夫による悪戯だと思いたい。
「それにね私、処女だって捧げているんだよ」
真姫は寝間着を上に捲り上げると、股から太ももを伝う血と白濁した液体を見せつけた。
絶句した。夫の方に目を配ると、くぐもった喚き声を出しながら、必死に夫は首を振っている。
「お父さんは知らないのも無理はないよ。だって寝込みを襲ったんだから」
「真姫! あなた自分が――」
「うるさいなぁ! もう! しょうがないでしょ! 我慢しきれなかったんだから。それにね、お母さんが隣で寝ているのに、お父さんの上で息を殺しながら腰を振っていると、最高にゾクゾクしたよ」
頬に両手を当てて
「初めては痛かった。お父さんのは大きかったよ。お母さんも痛かったんでしょ? あ、でもお母さんのはもうガバガバだよね。お父さんと何回でも愛し合ったんだから。もう満足したでしょ? だから私に渡してよ」
真姫の指が秘所に近づき、くちゅくちゅといやらしい音を立てる。上気した頬で喘ぎ始めた。
「はぁん。こうやって、んっ! ちょっとずつ慣らしていったのっ。初めてお父さんとエッチしようとしたときはっ、あぁんっ、入らなかったから」
「止めなさい!」
「そう? つまんない。あのね、もうそろそろ大丈夫かなって。そういう時に一緒に寝たいって言ったんだよ。内緒でエッチするために。寝ているお父さんに何回も何回も試して、今日やっと入ったんだから」
「そんな……」
「だからもうお母さんはいらないの。邪魔。恋敵にもならない。目の上のたんこぶ。お父さんと一緒になった時のために色々と勉強してきたけど、もうお母さんから学ぶことは何もないから。これからは私がお父さんを癒してあげるの」
一旦間を置いた方がいい。こんな狂った真姫はもう見たくない。これは一時の迷いで、明日になったらきっと正常に戻るはず。またいつも通りの日々が帰ってくる。
でもそうじゃなかったら。そうじゃなかったら仕方がない。病院に連れていくしかない。私たちが知らなかっただけで、精神疾患か何かを患っていたのかもしれない。
「何かしようと思ったって無駄だからね。虐待されたって警察に言うから。それにね、お父さんはもう認めてくれたみたいだから。私を! これから愛するって!」
「あなた!」
夫はもう諦めたようにただ
「他にも色々と準備してあるんだから、どうにかできるとは思わないでよね」
「……悪魔」
自然と口から漏れていた。
幸せな家庭を望んでいた。いや、幸せな家庭だった。なのにどうしてこんなことになってしまったのだろう。何を間違えてしまったの?
私はただ悲しく、娘が怖くて仕方なかった。もう関わりたくないほどに。
気づいたら泣き出して、家を飛び出していた。
その日の夜。母は帰ってこなかった。
真姫は今日の結果を、全てをお膳立ててくれた人物に報告することにした。
「やったよ、私」
「それはよかった」
「お父さんを縛り付けるの手伝ってくれた人にありがとうって言っておいて」
「わかった」
「お父さんとこれからいっぱい愛し合うんだ」
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