第9話 山で起こった奇妙な事件

 私が大学生の頃に友人から聞いた話である。

 ただ、友人も別の友人から聞いたという根拠が不確かな話なため、正確な時期や詳しい部分は不明なのでご了承願いたい。


 あるところに、登頂するのに麓から2時間ぐらいかかる山があった。登山道が整備されているわけでもなく、特に眺めが良いわけでもないのだが、登る人はまあまあいたそうだ。かつて山には戦国武将が築いた城があったそうで、今でも石垣の一部や堀の跡などが残っているのを、歴史好きの人が見に行くのだそうである。

 友人は高校時代に数人の仲間と登ったそうなのだが、その時に仲間の一人から奇妙な話を聞いたそうだ。


 なんでも、山頂の城跡に通じる道に謎の人物が出現するらしい。その人物は、覆面をした姿で現れて、登山客に向けてエアガンを発射してくるそうだ。被害にあった登山客は、驚くばかりで謎の人物を捕まえるどころではなかったという。

 謎の人物は遠くからエアガンを発射してくるだけなので、大した被害はなくただの悪戯と思われていた。しかし、同じような事件がたびたび起こるので地元の人達は対策を講じることにした。消防団や林業に従事している人など山に慣れた人間を集めて、謎の人物を捕まえようというわけである。


 ある日、体力自慢の十数人の男たちが山へとパトロールへ出かけた。これだけの人数がいれば謎の人物も恐れをなして姿を現さないだろう、と男たち一行は考えたそうだが、予想に反して謎の人物は現れたのである。

 不意にエアガンを撃ちかけられた男たちは一瞬ひるんだものの、謎の人物を捕らえるべく勇敢にあとを追った。しかしながら、謎の人物は、城跡の地形を巧みに利用して男たちを翻弄し、急峻な斜面を飛ぶようにして逃げ去ってしまったそうだ。

 山には、かつて城があったというだけあって合戦に備えた秘密の抜け道が無数にあって、謎の人物はそれを利用して地元の男たちを振り切ったらしい。


 謎の人物はそれからも何度か山に出現したが、ある時を機会にぱったりと現れなくなり、現在に至っても犯人も動機も不明なままだという話である。

 特に話題になったのは、地元の人間すら知らないような秘密の抜け道をどうして謎の人物が知っていたのか、だそうだ。目撃した人の話によると、謎の人物はまるで忍者のように城跡を駆け抜けていったそうである。


 後日、私も現場となった山に登ってみたことがあるのだが、なかなか苦労した。斜面が急な上に、道がくねくねと蛇行していて視界が悪いのである。確かに、上の方からエアガンを撃ちかけられても、犯人を追うなんていうのは相当体力がないと難しい。

 山頂の城跡から景色を眺めると、今まで登ってきた道がよく見えた。なるほど、戦国時代に作られただけあって、防衛にはもってこいなようである。謎の人物もこうして城跡から登山道を見下ろして、襲撃するタイミングをうかがっていたのだろうか。

 

 それにしても妙な話である。実際に登ってみてわかったが、ただ登るだけでも相当に体力を使う。まして、地元の屈強な男たちから逃げるのなんてもっと大変だっただろう。しかも、逃走に際しては秘密の抜け道も頭に入れておかなくてはならない。入念な下見だって必要だっただろう。

 城跡を利用して巧みに立ち回ることができるほどの体力と知力を持った人物が、わざわざエアガンで登山客を撃つというつまらない悪戯をするものだろうか。どうも、犯人像がうまく浮かんでこないのである。

 まあ、世の中には大抵の人間にとって下らないと感じることを、異常なまでの執念をもってやる人物がいないわけでもないのだが。


 この文を書くにあたって、改めてネットなどで情報を調べてみたが、特に情報は得られなかった。やはり謎の人物の正体は謎のままである。ただ、私としては目撃者の一人が言ったという「忍者」という言葉が妙にしっくりとくるのであった。

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