第8話 夏休みの自由研究でトリック検証
夏に親戚が、小学生の子供を連れて帰省してきたときの話である。
私の住んでいるところは、田舎なので自然には溢れているが、娯楽施設や商業施設などは全くない。それでも、都会暮らしの小学生には山や川が珍しいのか、元気にはしゃぎまわっている。せっかくの夏休みだからと、地元のお祭りやカブトムシを捕りに山へ連れて行ってあげると大喜びであった。
夏休みという言葉を聞くと、大人となった今でも懐かしい気分が蘇ってくるものだが、思えば小学生の頃が一番楽しかったかもしれない。
田舎で元気よく遊んでいた親戚の子供であったが、帰る日が近づくにつれて現実的な問題が立ちふさがってきた。それは夏休みの宿題である。
最初の頃は、せっかく田舎に来たのだから、と大目に見ていた両親もだんだんと厳しくなってくる。こうして子供たちには、課題をこなすノルマが課せられるのであった。
しかしながら、大抵の小学生がそうであるように課題は遅々として進まない。母親などはだんだんとイライラしてくるし、子供は田舎に来たのにどうして今宿題をしなくてはいけないのか、と不満たらたらである。
大変だなあ、と他人事のように思っていると、思わぬ事態がふりかかった。
何故か私が、子供の自由研究を手伝うことになったのである。
仕方なく課題のプリントをざっと眺めてみたが、これがなかなか難しい。小学生の自由研究だから、大したことはないと思っていたのだが結構本格的だった。自由研究のやり方のプリントには、1研究のテーマ、2研究のきっかけ、3実験方法、4実験結果、5実験からわかったこと、6感想などと箇条書きで細かく指定されている。正直なところ、小学生が1人でこなすのは難しいのではないかと思ったが、子供が言うにはみんなきちんとやっているそうである。
私が小学生だった頃は、自由研究と言っても、せいぜい朝顔の観察日記程度だったような気がするのだが、最近の学校は勉強熱心なのかもしれない。
理科の教科書やらネットを使って研究テーマを考えたのだが、これがなかなか難しい。小学生の学習レベルに合わせたものにしなくてはならないし、あまり手間がかかるものは面倒である。しかも、子供には自分なりのこだわりがあるらしく、面白くなさそうな研究や地味なものはあっさりと却下されてしまった。
あれこれ考えているうちに思いついたのは、あるミステリで使われていたトリックだ。
それは黒いゴミ袋をバルーンとして利用するというものである。
まず、黒いゴミ袋に空気を入れて口を厳重に縛る。それを日の当たるところに置いておくと、太陽の熱によってゴミ袋の空気が暖められて膨張し、やがてふわふわと飛んでいってしまうというものである。私が読んだものでは、ゴミ袋に証拠品を括り付けておいて犯行現場から飛ばして遠ざける、というような使い方がされていたように思う。
子供も面白そうだと賛成してくれたので、さっそく準備に取り掛かった。黒いゴミ袋を膨らませると、口を縛って紐を巻き付けた。紐を巻き付けたのは、ゴミ袋が飛んでいって近所迷惑にならないようにするためである。いろいろと検討した結果、日がよく当たるのが洗濯物を干すスペースだったので、物干しざおにゴミ袋をくくりつけておく。
あとは、夏の太陽が仕事をしてくれるはずなので、子供を連れて買い物に行くことにした。
数時間後、実験結果にわくわくする子供を連れて家に帰ってきたのだが、そこにあったのは地面に転がった黒いゴミ袋だった。言うまでもなく実験は失敗である。
自分なりに失敗の原因を考えてみたところ、どうやら袋が小さすぎたようだ。ネットで調べてみると、ゴミ袋を利用したバルーンは、ゴミ袋を切り開いたものを何枚分かつなげて大きな袋にして実験していた。ゴミ袋が浮き上がるには、ある程度の大きさがないと駄目なようである。ただ、ゴミ袋の大きさや材質、温度などの要因も関係してくるのではっきりしたことは言えないが。
小説のトリックを実際に再現してみるというのは難しいものである。もちろん、小説のトリックが間違っているなどと言うつもりはない。あくまで、小説の世界の中で成立していれば十分だと私は考える。それに、実際のところは私が何かヘマをやらかしただけで、うまくゴミ袋を浮かすコツがあるのかもしれない。
私にとっては、興味深い実験であったが、夏休みの自由研究としてはよろしくなかった。子供が言うには、実験が成功していないと提出するときに格好が悪いということである。
仕方がないので別の実験を考えることにした。どうせなら、空気の膨張という現象を利用しようと思って、百円ショップで風船を購入した。この風船を、ペットボトルにかぶせるのである。あとは、ペットボトルをお風呂につけると、空気が暖められて風船が膨らむという実験だ。
幸いにして、こちらは成功した。子供も面白がってくれたようで、成果は上々である。
なお、子供の親が言うには、ミステリのトリックなどよりも科学知識に興味を持ってもらいたい、ということであった。
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