第5話 古本屋の思い出

 昔はよく古本屋を利用した。


 学生時代はお金がないというのが大きな理由だったが、社会人になってからは普通の本屋にはない珍しい本が手に入るという宝探し的な感覚で通っていたように思う。

 しかしながら、ネットの普及によって通販サイトが充実してからは、あまり古本屋に行くことはなくなった。何しろ実際の店舗に足を運ばずとも、豊富な品揃えから目当ての本を探すことができるし、注文してからすぐに配達してくれるのである。

 かつては古本屋の棚で、あまり知られていない作家の貴重な本を見つけると、何とも言えない嬉しい気分になったものだが、今ではネットで検索すれば大抵の本は手に入ってしまう。


 便利な世の中になって有り難いのは当然なのだが、ちょっと物足りない気分になってしまうのは感傷だろうか。

 そのせいか、今でも古本屋を見かけるとふらっと入って棚を眺めてしまうことがある。この頃は、どこの店でもきれいに本が整理され、値段もしっかりとつけられているのだが、昔は結構いい加減な店が多かったような気がする。


 昔は、古本を買うと中に書き込みがされていることがあった。

 前の持ち主が気に入ったのか、文章の一部に傍線が引かれていたり会話文が丸で囲まれていたこともある。中には、本の最初はびっしりと書き込みがされていたが、飽きてきたのか後半になるとぴったりと途絶えてしまうものもあった。こういったものは、前の持ち主の性格がわずかに感じられてなかなか面白かった。

 推理小説などでは、ポイントになりそうな部分に線を引いたり疑問を書き込んだりしたものがあったが、作者に騙されて見当違いなところに注目している、なんてケースもあった。

 

 本の間に妙なものが挟まっているというケースもあった。

 前の持ち主が栞がわりに使っていたのか、レシートが挟まっていたり何故か買い物のメモが入っていたこともある。買い物メモには「卵、ハム、流しの三角形のヤツ」などと生活感あふれる品物が書かれていたが、無事に買い物ができたのだろうか。珍しいところでは、映画の半券が栞がわりに挟んであったこともあった。

 一番不思議だったのは、退職金の明細書である。これは雑学関係の本に、折り畳まれた状態で挟まっていたのだが、住所氏名から会社、退職金の額までしっかりと載っていた。大事な書類ではないのかと思うのだが、どういう経緯があって本に挟んだまま売ってしまったのだろうか。


 現在では、古本を買っても中に妙なものがまぎているようなことは少なくなったが、ときどき昔のことを思い出して懐かしくなってしまうのである。

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