第3話 小説には使えないトリック2 メタ展開

 私が高校生の頃、1990年代の話である。


 当時、高校へは電車で通学していた。

 学校へは片道で約1時間ぐらいだったから、往復となると電車待ちの時間も含めて結構な時間がかかった。おまけに田舎から通っていたので、友人たちとは路線が違って、一人で電車に揺られることがほとんどだった。

 当然のごとく一人の時間を持て余すようになったのだが、まだ携帯電話も普及していない時代だったから、退屈を紛らわせる手段として選んだのは読書だった。


 幸運なことに、乗り換えをする駅の近くに古本屋があったので、電車待ちの時間によく途中下車して通っていた。

 当時、よく読んでいたのは推理小説で、少し前に綾辻行人がデビューして森博嗣や京極夏彦が活躍し始めるという、好きな人にはたまらない時代であったように思う。高校生だった私も、それらの作者の作品をよく読んでいたのだが、悲しいことに高校生のお金には限度があった。

 しかも本以外にも、友人と遊んだり部活でのどが渇けばジュース買ったりと、出費は結構かさむのである。だから、なんとか格安で本を手に入れようと、毎日のように古本屋でノベルスが入った棚とにらめっこしていたように思う。


 さて、ある日のことである。

 学校帰りに古本屋に寄った私は、いつものように本棚を眺めていると、某作家の比較的新しい本が入荷しているのに気づいた。パラっと中身を確認すると、登場人物表に加えて、舞台となる屋敷の見取図がついているという、いわゆる本格ミステリーである。

 これはついていると、私は値段を確認してからレジへ本を持っていった。


 帰りの電車の中でさっそく読み始めたのだが、これがなかなか面白い。

 内容は新本格と言われるもので、奇妙な館に風変わりな主、何かしら事情がありそうな招待客、そして遅れてやってくる名探偵と私の好みにぴったりと合致している。集中して読んでいると、第一の殺人が起こったところで駅に到着した。

 慌ててページに栞を挟むと、本を鞄に放り込んで電車から慌てて降りたのだった。


 帰宅してから、続きを読むことにした。

 本来は、通学途中の電車で読むための本なのだが、続きが気になるのだから仕方がない。自分に言い訳をしながら本を開くと、ページに挟んだ栞に何やら文字が書いてあることに気づいた。

 何やら名前のようなものが書かれている。よく見ると、それは読んでいる本の登場人物の名前のようだった。しかも、それだけではなくて、名前に斜線が引かれていたり名前全体が丸で囲われていたりするものがある。

 前の持ち主のメモだろうか?と訝しく思っていると、ふと気づいたことがあった。斜線が引かれていた名前は、先程の第一の事件で殺害された人物のものだったのである。

 そして、名前が丸で囲われていた人物の名前の横には、小さな字で「犯人」と書かれていたのだった。


 これに気づいた私はひどくがっかりした。

 おそらく前の持ち主は、栞をメモがわりにして推理をしていたということなのだろう。思わぬところでネタバレをされてしまったわけだが、誰かに文句を言うこともできない。

 そもそも、古本として格安で購入したのだから、こういった事態も値段のうちともいえる。次からはできるだけ新刊を買おう、そう心に誓いながら私は先を読み進めることにした。

 まあ、名作と言われる推理小説は、たとえ犯人やトリックが分かっていたとしても十分に面白いのである。


「間違ってるだろ」

 小説を読み終えた私は、そう口走らずにはいられなかった。

 なぜなら、犯人は栞に書かれていた人物ではなかったからである。栞に書かれていた名前は、どことなく疑わしい人物として描写がされていたのだが、小説の中の名探偵が指摘したのは別の人物だった。どうやら本の前の持ち主は、作者のたくらみにまんまと引っかかってしまったようである。

 小説を読み終わった私は、しばらく呆然としていたように思う。

 

 さて、古本を買ったら前の持ち主によって犯人をミスリードされるという、小説外からのトリックだったわけだが、いかがだっただろうか。実際の小説に応用することは難しいだろうが、実現できれば読者に大きなインパクトを与えられるだろう。

 ただし、面白さは保証できない。何しろ実際に騙された私にとっては、驚きよりも釈然としない気持ちが勝ってしまったからである。


 皆様も、古本を利用される際はくれぐれもお気をつけて。

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