第2話 小説には使えないトリック1 錯覚
旅行にでかけたときの話である。
観光が終わって、帰りの電車を待つ間、暇つぶしに駅の近くにあった古本屋に入ってみた。
なんだか雑然とした店で、あまり商売熱心には見えない。本は、サイズで分類されて本棚に収められているだけで、あいうえお順になっていないどころか、同じ著者の本でさえもバラバラになっている。まったく同じ本が別々の棚にあったりするところを見ると、どうやら入荷した順に押し込んでいるだけらしい。
こういう店にこそ掘り出し物があるかもしれない、と思って一通り眺めてみたが、これといった本はなかった。そのうちに電車の時刻が迫ってきていることに気づいたので、電車内で読むための本を買おうと思って見ると、ふと目にとまったものがあった。輪ゴムでまとめられた2冊の本で「上下巻セット300円」と適当な字で書かれた値札が貼られている。
そこそこ面白そうなタイトルだったので、それを買うことにした。300円なら、たとえハズレでもそれほど損をした気にはならないだろう。
電車の中で読み始めてみると、なかなか面白い。
内容はいわゆるデスゲーム物で、閉鎖空間に閉じ込められた主人公たちが命がけのゲームに挑むというものである。ストーリーはテンポよく進み、気がつけば上巻の最後まであっという間に読んでしまっていた。上巻のラストは、主人公たちがゲームそのものを左右するような大きな決断を迫られるというものであり、続きが気になってすぐに下巻を手に取った。
下巻を読んでみて、アレっと思った。
上巻のラストからずいぶんと時間が経っており、主人公たちの決断の結果についてもはっきりとした描写はない。登場人物の回想で、どうやら失敗に終わったらしきことが断片的に示される程度である。上巻のラストの部分が盛り上がっただけに、なんだか釈然としない気持ちになったが、こういう手法なのかなと思い直した。答えをすぐには示さず、読者に何があったのか想像させながら情報を少しずつ開示していくというのは嫌いではない。
まあ、読み進めるうちにわかるだろうと下巻を読み進めることにした。
ところが、最後まで読み切っても、上巻と下巻の間にあったであろうという出来事について、はっきりとは説明されなかった。物語の本筋にあたる部分は無事に解決しているので、ストーリーとしては問題ないのだが、すっきりしない気分が残る。
それでも十分に面白かったので、作者の本は他に出ていないのかとネットで検索してみた。
当然、先程読み終えた本も検索でヒットしたのだが、それを見た私の目は点になった。
「上中下 全3巻」とあったのである。
慌てて手元にある本を調べてみると、巻末の既刊リストにも上中下3巻となっていた。単行本が文庫化するときに、2冊になったというわけでもない。つまり、私は上中下3巻の本を、上下2巻と思って読んでいたのである。
下巻でずいぶんと話がとんでいると思ったが、中巻を読んでいないのだから当然である。
むしろ、なぜ気が付かなかったんだ、という声がどこからか聞こえてきそうだが、いくつか理由、言い訳がある。
古本屋で上下2巻セットで売っていたので、それが全てだと思い込んだのが第一点。
次に、これは私個人の話になるのだが、私は小説を読む時に目次は見ない主義である。これは、章のタイトルなどによって先の展開がネタバレしてしまうのが嫌だからという理由である。推理物などで「第3の殺人」という章があれば連続殺人が起こるのがわかってしまうし「裏切り」なんて章があれば、何が起こるのか想像してしまう。
だから、先程の本でも目次を見ていれば中巻の存在に気づいたはずだったが、目次を読まない私はそれを見落としてしまったというわけである。
いかがだろうか。雑な古本屋と注意力が著しく欠けた読者の組み合わせによって発生した、いわば錯覚トリック。
私にとっては衝撃的な出来事であったが、もしこんなオチをミステリィで使ったら読者から抗議が殺到するに違いない。
むしろ、大半の人にとっては、私のような見落としをする人間が存在することのほうがミステリィだろう。
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