適任者

「分かってるとは思うが、こいつは新入りのポールだ」

「はじめまして」

「はじめまして、私はクリス」


 柔らかい手をそっと握る。


「三人で作業した方が効率がいい」

「でも、割と早く奴が此処に現れるかもしれないです。それから救助に向かっても助けられないかもしれない。僕は助けたい」


 初めてトミーに意見した。

 怒られるかと思ったが、そうはならなかった。


「そうだな……なら」

「なら私が行きます」


 言い終わらないうちにクリスが穏やかに告げる。


「地形もある程度把握している私が適任だと思うの。二人は作業を完了させて、脱出口に向かって走ってください。もしも助けた時に作業完了の合図がなかったら、庇いつつ囮になるわ」

「その役目は僕がやります」

「え?」

「三回捕らえられたらお終いですが、僕はまだ一度もあの中に入っていません。みんなで逃げ延びるなら……」


 クリスはトミーと目を合わせた。

 この理不尽な世界に放り込まれて、ここまで早く順応する人も珍しい。任せることで自分たちが生き延びられる可能性は格段に上がるが、お願いしてしまってもいいのか。

 しかし、ポールは一度パメラを救出したという実績がある。


 トミーはすでに二回捕まっていた。何度も囮となり、そして救助してきたその結果だ。次はない。そのことをよく知っているクリスは彼にお願いすることはできなかった。だからこそ自分がと申し出たのである。

 彼女も二度救出されてる。それでも手を挙げたのは、トミーのことを護りたかったからだ。


 ポールは二人の葛藤を知らない。

 真っ先に自分が助けに行くと言い出しそうなトミーが言い淀んだということから察することができる。

 クリスについては確証を持っていたわけではなかったが、その眼差しや仕草からの推測だ。


 自分には特異な危機察知能力がある。接敵さえしなければなんとかなる──


 根拠のない自信だった。

 みんなそのことは承知している。


「細心の注意を払って行動してくださいね」

「見つかったらアウトだと思え。だが、自分を信じろ」

「はい」


 萎縮させてしまってはうまくいかい。それはトミーが一番解っていた。そのせいで、助けることができなかったという辛酸をめさせられたからこそ、しっかり救出してほしいという想いからだ。


 三人は無言で頷いた。

 それが作戦の合図となる。

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