脱出するための作業

 ポールは見様見真似で機械を調整する。


 画面に映し出されるプログラムの断片をかき集め、正しい配列へと組み替える作業──


 パメラは手を動かしながらこう説明した。

 左側には正解と思しきソースコードが表示されている。これに一致するように修正を施すのだが、なぜか端末が複数設置されていた。その数は4。


「ここには4人が閉じ込められているの」


 分担されたところを作業しつつ、周囲への警戒を怠らない。不意に響き渡る鴉の不気味な鳴き声が、非日常を嫌というほど演出している。うす暗いこの場所は何処なのか。どうして此処に居るのか。このようなことをしなくても遠くへ逃げおおせるのではないのだろうか──

 考え事をしながら作業していると、いつかミスをしそうである。それでもポールは思考を停止させることはなかった。


「こんなことをしないと、本当に逃げられないの?」

「ええ。周囲を高い塀に囲まれているの」


 そういえばさっき殺人鬼をやり過ごしたとき背後に壁があった。もやの向こう側にそびえていた気がする。記憶の糸を手繰り寄せようとすると、ある一定のところでプツっと切れていた。そこから先へはどう頑張っても思い出すことができない。 


「どうして僕らはこんなことをしているんだろう」


 彼の疑問にパメラは手を止めて見つめる。


「私もよくわからないわ。此処に来る前の記憶がごっそり消えてるもの」

「僕もなんだ」

「気が付いたらこんな場所に放り込まれてて。私の他に3人居たわ」


 悲しそうな眼で機械を見つめている。


「でも、貴方と出会う少し前に亡くなったの」

「え……」

「入れ違いってことね。彼から脱出方法などを教えてもらった」


 どうやら、此処には殺人鬼以外常に4人が存在しているらしい。

 殺された人が出ると補充するかのように、新しい人が送り込まれる。ポールはパメラの口にした先輩の後釜のようなものだった。殺人鬼による殺害と途切れることのない追加。この狂った世界に閉じ込められたという絶望感。


「記憶を辿ろうとはしないの?」

「諦めたわ」

「え?」

「どう頑張っても思い出せないの。深い霧に覆われてて、どれだけ駆け寄っても一向に晴れてくれない。貴方は思い出せそう?」


 期待の眼差しがポールに向けられる。しかし、彼は悲しそうに頭を左右に振るしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る