絶望の海

 記憶の残滓ざんしを求めて深い霧の中を手探りで歩いているようだった。ときどき拾えるのは、小さな欠片。放っておくと足下のそれすらすぐに見失ってしまいそうである。

 諦めかけたその時、大きな石に躓いた。手に取ると思い出す。


 もう用済み──

 新しく生まれ変わって楽しむんだな──


 なんだろう、このモヤモヤした感覚。それでも気休めになるかもしれないと思い、パメラに伝えようとした。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 エラー音が響き渡る。

 ポールは我に返った。作業中であることを忘れていたのだ。襲い掛かる悪寒。すぐにでもここを離れようと駆け出すポールの手をパメラがぐっと引っ張った。


「そっちはダメ! 鉢合わせになるわ! こっち!」


 何故そんなことが判るのかポールには理解できなかったが、鬼気迫る表情だったので素直に従う。


 背後を気に掛けながらも物陰へと避難した。避難できたつもりだった──物陰に隠れてやり過ごせると思っているのに、鼓動が落ち着きを取り戻すどころかより一層早くなる。


 突然視界が遮られた。黒い殺意が眼前に迫っている。


 咄嗟にパメラの手を掴んで逃げ出した。振り降ろされた鉈が近くの岩に当たり、小さな火花が舞う。殺人鬼は緩慢な動作で顔をあげると、二人の姿を確認して追いかけてくる。


 ある程度の距離があるから逃げ切れると思っていた刹那、左の頬を何かが通過した。一筋の血が頬を伝う。左手の斧を投げつけていたのだ。


 殺される──


 無我夢中で走った。距離はどんどん縮まっていく。死を覚悟したその時、ポールは右側へ吹き飛んだ。そして鉈がパメラに命中する。鮮やかな血が周囲を染め上げ、彼女はその海の中で俯せになって倒れてた。殺人鬼は不敵な笑みを浮かべながら負傷したパメラを悠々と担ぐと、どこかに去っていった。


 どうして庇ってくれたのだろう──しばし茫然としていたが、このままでは申し訳ない。後を尾けていこうと立ち上がり歩き出したその時、左手を掴まれて前につんのめった。

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