『ただ、その文字を聞きたくて。』

 無力な親の独り言です。

 残しておきたいと思った、ものです。


――――――――――――――――――――――――


「うあぃ、あぃ」

「……ごめんな、ごめん」

「ぅ、あぁ」

「ごめん……ごめん」


 なぜ、子が先に死ぬのだろう。


 なぜ、私の臓器を移植できないのだろう。


—————————


「11時46分です。あとで受付に来てください。失礼します。」

「……」


 私の指を弱々しく掴んだままの手を、まだ、温かい手を、どうにもできず立っていた。


 涙は我慢した。看護士が用意してくれた椅子に座りもせず、顏を見ていた。


 ごめん


 それしか言えなかった。手を握る。小さな手。生まれた日から、一緒に遊んだ日から、倒れた日、それに……精一杯がんばって一言書いた日。


 全部、覚えてる。下手な字で書いた日記につけた。


—————————


「うあい」

「ん?いない?」

「うーぁーい」

「ん? えっと、どうした?」

「……」

「お、おい!」


—————————


「はぁ、何やってるんですか」

「……」


「……聞きたかったんだ」

「……どういう、って何を?」


「たった一言なんだ」

「……」


「うあい、って何だと思う?」

「……えっと」


「……すまん、変な事聞いた」

「あ、いえ」


 ベッドサイドの小さなロッカーの整理をする。キャラもののコップやメモ用紙、愛用の指示棒まで……いかん、いかん。感慨にひたるのは、うちに帰ってからだ。1年もいれば、自室のような雰囲気がある。


 会話の代わりにと用意した「あいうえお表」を手に取り、表面をなぞる。


 初めて、これを渡した時は撫でる力が強くて「いたい」を指してたっけな。


「ん?」


 なんだろうな……「い」の所、少しへこんでるな……ほかにも―――


 看護婦たちともしていたのだろう。楽しい時間を過ごせたのだろうか。


「……そうか」


 その時、言いたかった一言を知ってしまった。


——————————


「お世話になりました、終わりましたので」

「あ、ちょっと待ってもらっても?」

「はい」

「何度かあった事なんですけれど……」

「はい」

「文字盤、あいうえおの、あれで何度か……その……」

「……なんとなくですが分かります」

「そう、で――」

「失礼します」

「――あ、あの!」




















 振り返らなかった。


 振り返なかった。


 その時は、平然とすることなど出来なかったから。


 走った。


 運転席に座り、勢いよくドアを閉め、



 泣いた。



「ごめん、ごめんな、馬鹿でごめんな」


 たった一言、ずっと言っていたんだな。何度も、何度も、何度も―――





















 ―――、と。




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