第13話 小娘、おやつタイムですよ!
「へー。城ってここまであったんだ」
私のちょうど真ん前には、杭のような黒っぽい石がコンクリートに埋め込まれている。
石の大きさはちょうど私の膝より上ぐらいだろうか。
二の丸跡地と掘られていた。
ここは駅前通りのとあるコンビニとビルとの間。
すぐ傍には大きく広げられた四車線の道路が、忙しなく行きかう車を乗せ存在感アピール中。
さすがに駅前だけはあり、交通量だけでなく何もかもが多い。
たくさんのショップが入ったビルなどの建物から、はたまた道行人々まで。
そんな場所にぽつんとある石碑なんて誰も気にもとめない。皆、素通り。
現に私も何度も通った事があるのに、大原に聞くまで知らなかった。
「正確には二の丸。三の丸となるともっと範囲が広くなるはずだ」
「え」
思ったよりすぐ近くで聞こえて来た声に、私は反射的に横に退いた。
大原は私の後ろ――歩道の近くのガードレール前にいたから、建物側にいた私とは距離があったはず。
だからもっと空いた距離から声が飛んでくると思ったのに。
「いつの間に……」
気づけばあとわずかで衣服が触れるという、ほんの数センチ傍まで彼は近づいていた。
これほどの距離を気配すら感じなかった自分の鈍感さが恐ろしい。
一体何をしているんだろうと探れば、大原は後ろから小鬼の両脇に手を添えるようにして抱え、石碑の前で上下左右に動かし調節している。
どうやら小鬼のやつ、石碑が見たいようだ。
「見えるか? 小鬼」
「はい、ありがとうございます。わざわざ悟様のお手を煩わせてしまって申し訳ございません」
小鬼は軽く大原を見上げると、頭を下げてお礼を言っている。
相変わらず安定の格差だ。
私や雷蔵のことはえらくこき使うのに大原にはこの忠犬さ。
あの口うるさく上から目線の小鬼が、礼儀正しくしおらしい可愛げのある小鬼になっている。
「今の町並みからは全く想像が出来ませんね。面影が見当たりません。この石碑がなければそれが事実だとは信じがたいです」
「そうだな」
今の風景からだと、ちっとも想像が出来ないずっとずっと昔の世界。
現代は地面や建物のほとんどがコンクリートだけど、木や土等で出来ていた過去。
そう考えると、小鬼が博物館で人間の文化に興味があるって言ったのが、今さらながら理解出来る。
人間の進化は常に想像以上の事を引き起こしているのかもしれない。
私達の生活もきっといつかの未来で「考えられない」と言われる時代が来るのだろう。
「悟様。三の丸は、どの辺まであったのでしょうか?」
「お昼ご飯食べた店を覚えてるか? 図書館の近くの」
「はい」
「あの辺りまでだと言われている。そのため道路の拡張工事などで、遺跡がたびたび出土し発掘されているんだよ」
貴方達はお父さんと子供ですか。と思わず口に出そうになった。
息子がわからない事を聞き答える父という構図のままだ。
――しかし、答える大原もすごいよね。
さっきまで図書館に居たのだけれども、そこでも大原の力は発揮された。
県立図書館なんて小学生の頃に一回しか行った事なかったけど、漫画や雑誌もあったのが衝撃的だった。てっきり堅苦しい本ばっかりあると思っていた。
他にもDVDとかも借りる事が出来き、図書館のイメージが覆された。
肝心の資料に関しては、膨大で本によっては口語訳などもあったりで、ほんと泣きたくなったが。
全てに現代語訳つけてくれればまだなんとかなったのに。
それに引き換え大原は、開いたノートにいろいろ資料を整理してまとめてくれた。
古地図などが掲載されていた物は、申請書出してコピーしてくれたり。
私が一冊読む間に、彼は一体何冊読んでいただろうか。
そういうのもあって、ほとんど大原頼りだって事は否めない。
彼がいてくれなければ何カ月もかかるだろう。
ただ、罪悪感がないかと言えばある。一人で背負わなければならないのを、大原にも持って貰っているから。しかも対して仲良くもない、ただのクラスメイトなのに……
「ねぇ、大原。今さらだけど、本当に付き合ってもらっていいの? 調べるのだって今日で終わらなかったし、時間も結構使っちゃうよ?」
「そんなの気にしなくていいよ。俺、結構楽しんでいるから」
大原は小鬼を地面へと降ろすと、両手を天高く上げて背伸びて笑う大原は、とても器が大きい。
きっと同じような状況が私の身に降りかかれば、私は愚痴を零しまくっているだろう。
「楽しいの? だって図書館で調物したり、わけのわからない小鬼の世話をしたりしているのに」
大原は屈託のない笑みを浮かべた。
「俺にとっては、そういうのが楽しいけれどもね。俺もメリットがあるし。だから気に病む事はないよ。それよりこれから先の事を計画する方を優先にしよう。大体は調べられたから、今度は曽我義弘に縁のある場所を回って、義弘が何処にいるか探さなければならないな。あちこち浮遊しているのか、それとも場に縛られているのか。とにかくいろいろ虱潰しに行ってみるしかないと思うんだ」
「うん。でもさ、ちょっと気になったんだけど、もしかしてそれってやっぱ丑三つ時に行かなきゃ駄目なの?」
「そんな事はない。ただ、活発に動く時間がそうだって言われているだけで」
「あのさ、大原」
「うん」
「もうすでにわかっているとは思うけど、実は幽霊とかそういう系怖いの。ものすごく駄目で、お化け屋敷も入れないぐらい。だから絶対に――……って、ちょっと!」
私は声を低めにあげ、頭上に押し寄せた重みに抗議した。急に飛び乗って来るから、危うく舌を噛みそうになってしまったではないか。
すぐさまあいつを引きはがしたが、今度は急に人の胸をぽかぽかと叩きやがった。
――一体なんなんだ、こいつは。
怒鳴ってやろうと手中の小鬼を見やれば、なぜか目を黒曜石の如く輝かせている。
もしかしてマゾにでも目覚めたのかと一瞬思ったが、クリスマス前の子供のようにも見える。
プレゼントがもうすぐ貰えるという幸せ感を溢れさせていた。
「何よ?」
「小娘。聞きましたか?」
「え?」
「三時の鐘に決まっているじゃないですか。さぁ、おやつの時間です」
「……それか」
私の口から出て来たのは深い嘆息。地獄の鬼が、おやつタイム。本当に地獄の住人なのだろうか。
いや、まて。今まで出会った地獄の住人が全員変わり者だったじゃないか。
「小娘―っ!」
「はいはい」
小鬼が掴んでいる私の手を再度叩き、まだかまだかと急かしだす。
別に腹減っているってわけでもないくせに。
こいつは意識の塊らしく雷蔵と一緒で食べなくてもいいそうだ。
だが、なぜかこの小鬼はおやつ――特に甘い物を欲する傾向が強い。
理由はいたく単純明快。たまたま私が食べていたチョコをつまみ食いして、その甘美に魅了されたから。その日からたびたび甘い物を食べるようになっていた。
最近やっと飽きたのか、「違うのが食べたいです」と言って、煎餅を食べているが。
おやつタイムはさておき、このような道端で長話も疲れる上に通行の妨げになる。靜かで落ち着く場所に移動するのは名案だ。
こんなに雲一つない晴天な空から公園でまったりコースでもいいが、せっかく駅前まで来ているのだからカフェでまったり休みたい気分だ。
「小娘。僕、千鶴という店に行きたいです。この間テレビでやっていました」
「は?」
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