第7話 連絡方法はとても簡単っ!

「そうはいきませんよ、小娘」

「またか……」

 そのため頬の熱を冷ますべく掌を団扇のように扇ぎつつ足元を見れば、小鬼が右手を腰にあて左足を私の膝の上に乗せ、団子のような手で私を指していたところだった。


 地獄では人を指で指してはいけませんと教えられなかったのだろうか。

 人間界的教育とばかりに、私は向かっている小鬼の指を下げ、固定させてやった。

 だが、どうやらそれが奴にとって火に油を注ぐような行為だったらしい。



「今度は僕に媚を売ろうって魂胆ですか」

 と、とんちんかんな事を言いだし初めてしまったのだ。


――まさかこいつ、私が小鬼の手を握ったと勘違いしているのか? 勘弁して。


 宿題終わったと思ったのに、まだ残っていましたってぐらいに気分がダダ下がりじゃん。

 しかもこれ止まらずまた面倒な事を言う気だよ。

 わかりたくもないのに、小鬼が何を言うか私には理解出来てしまうのが嫌でしょうがないんだけど。

 以心伝心とか小鬼とは無理。絶対疲労感に体を蝕まれてしまうもん。



「別に私は大原に色気使ったり、小鬼に媚売ったりしてないよ。使う色気も売る媚もないもん」

「やはりそうだったんですね。僕の感は間違っていなかったです」

 リアクション芸人並みのオーバーアクションで台詞を吐きだすと、小鬼は目を見開いた。

 かと思えば、今度はそれで鋭いつもりかという疑問を持つぐらいに、目を細めこちらを捕えようとしている。


「僕の目が黒い内には、悟様には手出しは一切させません。この清き魂は僕が守ります」

 がしっと小鬼は大原の腕にコアラの如くしがみ付き、こっちを威嚇している。

「私は悪者か」

 こいつは一々人が突っ込まなければならない台詞ばかり言って。

 一日何回ツッコミ役やれば解放されるのだろうか。

 きっとそれから救われるのは、小鬼と別れる日だろう。それが一秒でも早く来てくれる事を祈るだけである。



 しかし、地獄でもこういう話し方なのだろうか。

 人の神経逆なでするような言い方。もしかしたら、それで厄介払いされたとか。

 閻魔様も閻魔様だ。もう少し違う者を寄こして欲しかったのだが。

 人の話は聞かない上に、大原と私では対応の差がありすぎる。


 これはクレームの一つや二つ入れなければならないレベルだろう。電話とかメールで。

 とは思うが、そのような事が実現されるはずが無い。現代のツールである、電話回線なんて地獄に無いはずだから。


――あれ。でも、連絡手段なかったら小鬼の奴地獄と連絡とれないよね?


「ねぇねぇ、小鬼」

 私が声をかければ、小鬼は目の上に皺を作りこちらを見あげた。


「なんですか、小娘」

「あっちの世界にって、どうやって連絡を取っているの?」

「何を言うかと思えば、そんな事ですか。愚問ですね。本当に小娘は物を知らなさすぎますよ」

 嘲笑う小鬼に、米神や口元の筋肉が勝手に痙攣をおこし始めるが、堪えた。我慢だ。


下手に腰を低くしよう。


「普通の人間は知らないよ。教えて欲しいなぁ」

「仕方が無いですねぇ。じゃあ、仕方がないので見せてあげます」

 小鬼は告げると、私と大原から離れ左壁方向へと移動し始める。

 そこはロッカーやゴミ箱なんかが置かれていて、前方は椅子も机もないため、かなりのスペースが空いていた。


 しゃがみこんだあいつは、地面に向かってまるで扉をノックするかのように拳で叩きはじめた。

 リズミカルにきっちりと三回。その後何かあるかと思えば、立ち上がり一歩後ろへ下がって終了だ。



「え……?」

 行動は、真っすぐ投げたボールが自分の元へ戻って来たような衝撃。

 てっきり呪文とか魔方陣とか、そういうオカルト的な要素を期待した私には、拍子抜けだった。


 それなのにこれで終わりって簡単すぎる。メールや電話だってボタン押したりしてもっと操作は必要なのに。


「……繋がったな。月山、立って」

「え?」

 小鬼に釘付けになっていると、大原に立つようにと促されてしまった。

 何故かわからないが、やたら難しそうな顔をした大原は私へと手を差し出している。


 どうやら立たせてくれるらしいが、理由が皆目見当がつかない。

 だが、一応彼の指示に従い、手を取り膝に力を入れ立ち上がった。



「もしかしてそろそろ一次限目始まるの?」

 結構あれから時間が経ったはずだ。

 右側の教壇の方にある黒板。上部には時計が飾られてある。

 それを見ようと顔をあげた瞬間、異変に気付いた。


 目の端を掠めたのは、一部分だけ赤い色をした床。他は全てグレーだからそこだけ絵具やペンキが零れたかのよう。ついさっきまでなんの異常もなかったのに。


「な、なんなのよ……」

 見たくないけれども、目が捕らえて離さない。だがそれを確認してしまった後で、やはり気づかなければよかったって思った。


 なぜならそこには綺麗にコンパスで描いたかのような完璧な円があったのだから。


 直径が一メートルぐらいあるだろうか。

 しかもその中にマグマが煮えたぎっている。


 そのような何の前触れもなく出現した異空間。目の当たりにして、良い予感がするほど私はポディティブじゃない。


 朝の占いで最下位を取ってしまった時でも、こんなに真っ暗な海に沈む気分にはならなかった。

 そんな私とは違い、小鬼はそこへと手を振り自由すぎる。



「むっくん、やっと来た」

 まるで待ち合わせ場所に遅れた友達の如く、小鬼がその穴に向かってしゃべっているのを聞いて私は願った。


 頼む。ハズレてくれ。むっくん、来るなと。


 だが私の祈りは届かなかったらしい。ぽっかりと空いた火口から、目を背けたくなるモノが現れたのだ。

 それは大小の白い棒状の物が集合している物体。――つまり人骨が生えたのが見えたのだ。


「月山。大丈夫か?」

「無理」

 生まれて十五年も立てば、人の骨格を何度か見る機会がある。図鑑しかり、科学室の骨格標本しかり。

 だからすぐに見れば、「あ、骨」というぐらいに判断することは容易い。



――もう嫌だ。絶対にアレ全身出てくるし。



 ホラー映画の予告じゃないけど、ここまでくれば出てくるのが何なのか予想がつく。

 鳥肌の立つ肌に耳障りな音を鳴らす歯。

 私の体はこれからやってくるであろう者に対し、最大に警戒するようにと呼びかけている。


 少しでもそれがマシになるようにと、私は自ら視界を閉ざした。


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