第6話 俺っ!?
――……娶る? それって嫁にするってことなのかな。
大原の方に視線を向ければ、お互いの視線が混じり合った。そして終始二人共無言のまま見つめ合う。
大原とはアイコンタクトをする仲ではないが、相手の言いたい事がわかったし、大原にも私の言いたい事がわかったって思う。
きっと「なぜ、そんな突拍子もない話が出て来るんだ?」って思っているはず。
私も思っている。
なぜならば交際なんてしていない上に、まともに話したのがつい先ほど。そんな間柄なのに、結婚なんて……
「貴方達の縁は、今現在なぜかすでに結ばれてしまっている状態です。それはまだ薄く実に脆い。運命の赤い糸と呼べるには弱すぎる。ですから悟様。まだ間に合います。今すぐこの女と距離を置きまし……――ぐぇ」
「ちょっと小鬼。あんたさっきから、まるで大原が私と結婚すると可哀想みたいに言うわよね? なんなのよ、それ」
がしっと小鬼の頭を掴み、UFOキャッチャーの如く、私の瞳の前に連れ去り、空いている手の人差し指で頬を突く。ぷにぷにとした肌。悔しいことに相変わらず触り心地だけは上等だ。
口の悪ささえなければ少しは可愛がってやっても良いと思えてしまうぐらいに。
だがしかし、なぜ私は初対面の時からけなされ、大原は持ちあげられるのだろうか。
一体何が違うというのだろうか。
「月山。だから乱暴な事は辞めなって。小鬼だって生きているのだから、可哀想だろ」
「大原は黙って」
大原の手がこちらに伸ばされるが、私はそれを手で遮り弾いた。
だが、彼の素早さには勝てなかった。
大原は右手で私の手首を掴むと、空いている左手ですぐに小鬼を救出されてしまう。
「悟様―っ。怖かったですよ~。本当になんと野蛮な小娘なのでしょうか。大和撫子魂とはもう死んでしまったのですか」
小鬼は大原の腕の中で喚きまくり、こちらに対し豆粒のような瞳を細めている。
どうやら睨んでいるらしいが、恐怖に駆られない。むしろまだ触らせろと言いたい。
「人間如きのくせにこの僕にこんな真似を。閻魔様に言いつけてやる」
「言えば? ほら、早く荷物まとめて地獄に帰りなさいよ」
「えぇ、こちらも出来るなら早く帰りたいですよ。でも、貴方がさっさと仕事を終わさないから帰る事が出来ないのでしょうが。さっさと終わらせて下さいよ」
「終わすも何もどうやって該当者の魂を閻魔大王の元へと届けろというのよ。いろいろ不可能でしょうが」
「出来ないんですか」
小鬼に鼻で笑われてしまう。
「出来るわけ無いでしょうが。私、霊感とかないんだっつうの。それにどうやって魂を送れというの? まさか、話合いでもしろっていうこと? 第一、私の身の安全はどうなるのよ。未成仏魂って、つまり幽霊でしょ。祟られたりしたら危ないじゃん」
「――悟様がいらっしゃるでしょうが。手伝って貰えば可能なはずです」
「……あぁ、たしかに」
出会って初めて小鬼の言葉がすとんと胸に落ちる。
これほどまでに小鬼の言葉に同意することはあるだろうか。いやない。
私一人より、二人の方がなんとかなりそうだ。
それに、大原ならなんとかしてくれそう。
霊感ある上に、家が拝み屋。そんな事を思いながら大原を見れば、引き攣った顔をした彼と目があった。
「ちょっと待って。俺っ!?」
「これも何かの縁ということで。ほら、話も大体聞いちゃっているから事情わかるし、小鬼にも懐かれているし。それに大原って幽霊に耐性あるからさ」
「あのな、事がそう簡単に行くとは限らないんだ。人間に害がある連中だっているんだよ」
「じゃあ雷蔵にも協力して貰っても駄目?」
「雷蔵か……」
大原の言葉は徐々に弱くなっていき、最後はかき消えそうなぐらいになった。
「俺は力になるぞ。桜」
「ありがとう。雷蔵っ!」
私はもふもふっとした雷蔵の首元に飛びつくと、その顔にキスを落とした。
すると、雷蔵の大きなラムネのビー玉のような目が大きく見開かれ、真っ白の綿毛のような体がほんのわずか桃色に染まった気がする。
「……それで? その書状は何処?」
「協力してくれるの?」
雷蔵から身を離し、大原を見あげると、彼は眉間に皺をよせ深くため息を吐きだしてしまう。
「月山が困っているなら力になりたいし、守りたいと思う。たださっきも言ったが、俺だけだと力不足の時だってある。だから爺ちゃんにも協力して貰う。それは構わない?」
「うん。さすが大原~」
大原と雷蔵が居れば心強い。
「ありがとう」
ついさっきの雷蔵の時と同じように大原の首元に抱きついてしまうと、声にならない言葉が耳元で聞こえてきた。
私はやっと自分の過ちに気付く。後悔というものはどうしてこうも襲ってくるものだろうか。
消滅することはおそらく私の中からはないだろう。
――……やばい。大原だった。
つい勢いで抱きついたのはいいけど、こちらは人間。しかも今日初めて話したクラスメイト。
それを意識したと同時に、急速に沸騰したように血液が回り出してしまった。
当然だろう。仲の良い友達じゃなく、顔は知っていてもほぼ初対面の相手なのだから。
「ご、ごめんね」
慌てて離れなんとか距離を置くが、なかなか肌の火照りは収まらない。
心臓が今まで聞いた事がないくらいに早鐘だし、聴診器で聞いたかのようにはっきりと聞こえてしまっている。
ここは密林ジャングルかというぐらいに蒸し暑く、湯入りの沸騰した薬缶に負けぬぐらいに湯気が出そうだ。
「本当にごめんね。こうなんていうか、その……」
「いや、いい。ごめん、俺が過剰反応しすぎた」
言いながらずれた眼鏡や衣服を直す大原も顔が紅色。
互いがこんな感じなのを誰かに見られれば、きっと誤解されてしまうだろう。でも、幸いと空き教室。誰にも見られなくてよかった。と、ほっと胸をなで下ろしかけたが、あの煩いのがそれを許さなかった。
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